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ザ-ウェディング

真紅の夕焼けが空を流れ、溶けた黄金と血を混ぜたように染めていた。城の大理石の階段には散りばめられた真紅のバラの花びらが、賓客のブーツの下で軋んでいた。数百本のろうそくの揺らめく光に照らされた広間の中央に、彼女は立っていた――アドリアン卿の五番目の花嫁。


「紅の魔女」


その名を声に出す勇気がある者などいない。まるで発音するだけで舌が焼け爛れるかのように。


「導かれた者か?」 誰かが囁くと、そのささやきは蛇のように賓客の間を這った。


「ああ、五番目だ」 同じく低い声で返ってきた。「レイラ、ミリサ、アイリン、セリナに続いて」


「紅の魔女め…」


「待て!」 緑色のダブレットを着た男が振り返った。「四人も妻が? この領主は人間の皮を被った悪魔か?」


隣の男は革手袋を直しながら嗤った:「初めての結婚式か? 最初の花嫁レイラは『闇の魔女』――古代語で『暗黒』を意味する名の主。二番目のミリサは『森の魔女』。王位を捨てたエルフの王女…」


「エルフだと?!」 声に露骨な疑いが滲んだ。


「笑うな。彼女は今もここにいる――柱の影に、エメラルドの湖のような瞳を光らせてな。そして紅の魔女…」 彼は花嫁の方へ顎をしゃくった。「…五番目とはいえ、見ろ。このために王国が燃える女だと思わんか?」


広間が静まり返った。遠くの隅で、金文字の剥がれた古書『魔女の婚姻』がひとりでにページを開いた…



私の物語は、煉乳の缶から始まった。


今、この宴を見下ろしながら、私は苦笑するしかない。あの日からどれほど遠くへ来たことか…私の名はアドリアン。いや違う。本名は海野うみの。東京で生まれ、五歳でロシアに移住した普通の日本人学生だ。十年を過ごし、十五で再び日本へ――学ぶために。


そして…死んだ。


英雄的に死んだと言えなくもない――少女を暴漢から守って、と。だが真実はもっと陳腐だ:三日間食事を忘れたのだ。脱水症状、意識消失…そしてここに。


異世界転生? かもしれん。だが日本の文化のせいかは疑わしい。ロシアの神秘が戯れたのか?


気づくと、地獄に近い森の中だった。巨人の捻じ曲がった指のような木々が空へ伸び、湿った腐敗と鉄臭――血の匂いがした。ポケットにはソ連製の煉乳缶一つ(ありがとう、ロシアでの少年時代)。


「この甘ったるいシロップめ…」


やがて村の灯りに出くわした。彼らだ。尖った耳を持ち、猫のように暗闇で光る目をした人々が。


「エルフ?」 と思ったが、脳が拒絶した。彼らは私の言葉を理解したが、私は何もわからなかった。


彼女を見るまでは。ミリサだ。噴水の傍に立ち、銀髪が肩を流れ、緑のドレスが木々と溶け合っていた。人間ではない。おとぎ話の存在だ。


出会いは一瞬だった。彼女の怯えた視線。私の不器用な一歩。そして…


「捕えろ!」


青い制服の衛兵に押し倒された。「何もして…」 腹への一撃。暗黒。


石床の冷たさ。独房は湿気と尿の臭いがした。水滴が時間を刻む。一日? 二日? 壁を爪で掻きながら、脳内の声が囁く:「お前は死んだ。異世界にいる。そして今…彼らの物だ」


この独房が最初の段階に過ぎないとは、まだ知らなかった。壁の向こうに紅の魔女が待っているとも。私たちの結婚が…彼女にとって最後になるとも。


だがそれは、また別の物語だ。


独房の壁は湿気に喘ぎ、水滴が生きたように時間を刻んでいた。アドリアンは煉乳缶を握りしめ、缶から滲む甘い液体を感じていた。


「この森も…この牢も…くたばれ」


ドアがきしむでもなく、空気に溶けるように消えた。そこに立つ彼女。女というより――女性の形をした暗黒の具現だ。関節の位置が不自然な長い指で古い巻物を握っている。目はない――ただ光を吸い込む二つの虚無があるだけだ。


「お前は誰?」 その声は、廃屋の軋む扉のようだった。


「アドリアンだ」


影は首を傾げ、不自然に伸びた。


「嘘をつく」


前進するが、歩かない――床が彼女の下で黒い水のように流れる。


「お前を通して見える。過去の姿も。だがこの場所は…新しい」


暗黒の触手がこめかみに触れた。


「お前は、あの森で彼が釣り上げた最初の人間ではない…」 唇(と呼べるなら)が歪んで笑った。「…前回は夜明けまでに燃え尽きた。今度はどうかな?」


心臓が狂ったように鼓動する。


「誰が…」


「これを食え」 鉤爪が缶を刺し、黒い痕を残した。


「なぜ…」


轟音。ドア(いつ戻った?)が開き、汗と鉄の臭いを放つ三人の衛兵が入った。


「この野郎!」 巨漢が指差して吠えた。「姫が確認した――噴水で襲ったのはこいつだ! 目撃者がいる!」


「嘘だ! 私は…」


「どうでもいい!」 傷痕の男が遮った。「痕跡がお前を指している。王が裁くだ」


若く青白い衛兵は剣の柄をいじっていた。


「法では…最後の食事だ」 唾を飲んだ。「何でも言え」


アドリアンは缶を見た。死が避けられないなら…


「煉乳」


「化け物共め…」 傷痕の男が呟いた。


「煉…乳?」 若い衛兵が震え出し、瞳が不自然に拡大した。


背後で影が蠢き、笑みを広げる。


缶が震えた。


その時――


世界が逆転した。


壁がうめき、溶けた蝋のように崩れ落ちる。床は黒い泥となり、叫ぶ衛兵を飲み込む。混沌の渦中、レイラだけが静止し、アドリアンを見透かす。


「興味深い…」 暗黒が囁いた。「彼女が選んだのはお前か」


アドリアンが最後に見たのは、缶が自ら開き、放たれる――


闇でもなく。


光でもない。


より古き何かが。

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