変わった体、変わらない心
第1章:突然の変化
2年前、山下徹はどこにでもいる普通の高校1年生だった。野球部に所属し、放課後は仲間と汗を流し、夕暮れのグラウンドを後にして家路につく。そんな平凡な日々が、彼の人生を一変させる出来事で終わりを告げた。
その日、いつも通り午後7時に練習を終え、薄暗い住宅街を歩いていた。背後でかすかな足音が聞こえた瞬間、頭に鋭い痛みが走り、意識が途切れた。次に目を開けたとき、徹は見慣れない部屋のベッドに横たわっていた。体が軽い。妙に軽い。そして、胸に違和感を覚えた。
「…え?」
鏡を見た瞬間、絶句した。そこに映っていたのは、長い黒髪と華奢な体つきの少女。自分の顔のはずなのに、どこか柔らかく、女性的な輪郭。徹は混乱した。叫びそうになったが、声すら高く、まるで自分のものではないようだった。
「な…何これ…!?」
その日から、徹の人生は一変した。戸籍も名前も「山下徹」として処理されたが、体は完全に女性のものだった。医者も警察も原因を特定できず、背後から殴られたこと以外の手がかりはなかった。犯人の正体は、今もなお謎のままだった。
第2章:戸惑いの日々
高校1年生の残りの日々は、徹にとって試練の連続だった。女子の制服に身を包むたびに、鏡に映る自分に違和感を覚えた。男子トイレに入るわけにもいかず、女子トイレに入るのは恥ずかしさで気が狂いそうだった。野球部の練習も、以前のような力強いスイングができず、チームメイトの視線が気になって仕方なかった。
「徹、大丈夫か?」
そんなとき、いつもそばにいてくれたのが、園田翔だった。翔は徹の幼馴染で、野球部でも一緒だった。女体化した徹の事情を知ると、驚きつつもすぐに受け入れてくれた。
「なんか…変な感じだけど、徹は徹だろ。変わんねえよ」
翔のその言葉が、どれだけ徹を救ったか。学校で孤立しがちだった徹を、翔はさりげなくフォローした。休み時間に話しかけ、放課後に一緒に帰り、女子のグループに囲まれたときは自然に間に入ってくれた。徹は翔の優しさに感謝しつつも、自分の新しい体に慣れるのに精一杯だった。
だが、心のどこかで、翔に対する感情が少しずつ変化していくのを感じていた。男だった頃には考えもしなかった、胸のざわめき。翔が笑うたびに、なぜかドキドキする。徹はそれを「恥ずかしい」と感じ、必死に押し隠した。
第3章:慣れと新たな感情
高校2年生になると、徹は少しずつ女の体に慣れ始めた。鏡に映る自分を「まあ、悪くないかな」と思える日も出てきた。制服のスカートにも抵抗が減り、女子のグループと話すことも自然になってきた。だが、野球部は体力の低下で続けるのが難しくなり、泣く泣く退部した。グラウンドでの汗と笑顔が恋しかったが、仕方なかった。
翔はそんな徹を気遣い、放課後は一緒に図書室で過ごしたり、帰り道で他愛もない話をしたりした。翔の存在は、徹にとって心の支えだった。だが、その支えが新たな悩みを生んだ。
「翔、なんでそんなに優しいんだよ…」
ある日、帰り道で徹が何気なく呟くと、翔は少し照れたように笑った。
「だって、徹が大変そうだからさ。放っとけないだろ」
その笑顔に、徹の心はまた揺れた。男だった自分が、男である翔にこんな気持ちを抱くなんて。恥ずかしさと混乱で、徹は顔を赤らめて下を向いた。
第4章:高校3年生、18歳の春
高校3年生になった今、徹はすっかり「女の体」に順応していた。長い髪をポニーテールにまとめ、制服も自然に着こなしている。帰宅部になり、放課後はのんびり家に帰る日々。だが、心の中は穏やかではなかった。
翔への気持ちは、日に日に強くなっていた。授業中に翔の横顔を盗み見るたび、胸が締め付けられる。翔が他の女子と話しているのを見ると、なぜかモヤモヤする。男だった自分がこんな気持ちになるなんて、と思うと、恥ずかしさで逃げ出したくなる。
一方、翔もまた、徹への気持ちに気づき始めていた。女体化した徹を支えるうちに、その強さと優しさに惹かれていた。徹が恥ずかしそうに笑う姿や、時折見せる男っぽい仕草に、翔は心を奪われていた。
ある春の夕暮れ、桜並木の下で、二人はいつものように並んで歩いていた。徹は意を決して口を開いた。
「なあ、翔。俺…いや、私、さ。お前のこと…」
言葉が詰まる。翔は静かに徹を見つめ、優しく微笑んだ。
「徹、俺もだ。お前のこと、ずっと見てきた。男だろうが女だろうが、関係ねえよ。俺はお前が好きだ」
その告白に、徹の目から涙がこぼれた。恥ずかしさも、混乱も、すべてが吹き飛ぶような瞬間だった。徹は初めて、自分の新しい体と心を完全に受け入れられた気がした。
第5章:未解決の謎
それから二人は付き合い始めた。翔は相変わらず徹を気遣い、徹は翔のそばで自分らしくいられることに幸せを感じていた。だが、心の片隅には、2年前のあの事件の影が残っていた。
徹を殴打した犯人は、今も見つかっていない。警察の捜査は進まず、なぜ徹が女体化したのか、その原因も不明のままだった。時折、徹はあの日のことを思い出し、背筋が寒くなる。だが、翔の手を握るたびに、どんな謎も乗り越えられる気がした。
「いつか真相が分かるよ。それまで、俺がそばにいるから」
翔の言葉に、徹は頷いた。未来はまだ見えないけれど、翔と一緒なら、どんな自分でも愛せる。そう思えた。
エピローグ
高校卒業の日、徹と翔は校門の前で写真を撮った。徹は笑顔で翔の肩に寄りかかり、翔はそんな徹を優しく抱きしめた。女体化した体も、過去の自分も、今の徹の一部だ。犯人の謎はまだ解けないけれど、徹は前を向いていた。
「これからも、よろしくな」
翔の言葉に、徹は笑って答えた。
「うん、よろしくね」
桜の花びらが舞う中、二人は新しい一歩を踏み出した。