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どうぞその愛を貫いて

作者: おもち。




 浮気——、一言で言ってもその方法は様々だと思う。

 相手と一線を越えてしまうものや、感情的なもの、はたまた精神的なもの……俺は人によって浮気の形は違うと思っている。そんな俺の今の現状は精神的な浮気に分類されるんだろうか。


 俺には現在婚約している恋人がいる。オフィーリアといってこの街一番の美人で、そして何より俺の自慢の幼馴染でもある。

 彼女に不満はない。料理上手な所も、世話焼きな性格も、冷たい印象を持たれる見た目とは裏腹に涙脆く優しい所も、その全てが愛おしいと思っている。


 でもどうしてだろう。幼馴染から恋人になって四年、俺は現状を物足りないと感じるようになってしまった。だからって訳じゃないけど、俺には現在密かに心を寄せている相手がいる。

 彼女は隣町に住むサラという少女だ。友人達と遊びに出かけた際、たまたま入った店の看板娘がサラだった。俺は彼女を一目見て強烈に惹きつけられてしまった。サラの存在は人を自然と笑顔にする、そんな不思議な力があった。俺はその笑顔に、その存在に、まるで引き寄せられるかのように魅了されてしまった一人だった。


 サラは異性によくモテた。店に来る男性客のほとんどは彼女目当てだと言ってもおかしくなかった。ただサラ自身はその誰とも特別な関係になろうとはしなかった。

 彼女の気を引きたいなら店に行って交流を持つしかない。そんな暗黙の了解が、店に通う男達の中にはあった。

 でも俺はサラと付き合いたいだとか、恋人になりたいだとかは考えていない。そこはサラ目当てで通う邪な男たちと同じにされたら困る。

 ただ彼女を一目見て、そしてその存在に癒されたいだけだった。まぁ、あわよくば友人関係になれたら嬉しいと思ったことはあるけど。でもそれだけだ。それ以上を望んだことはない、決して。


 俺にはオフィーリアがいる。俺は彼女を愛している。そう思うのにこの渇きにも似た感覚は何なのだろうか。

 サラを瞳に映せばうつすほど、俺の中のオフィーリアへの愛が霞んでいくような感覚に陥る事がある。でも俺が愛しているのはオフィーリアだけ。そう、彼女だけだ。

 だけど同時にサラに心を寄せる事を許してほしいとも思ってしまう。オフィーリアを裏切ることはしない。ただ心の片隅だけでサラを想うだけだ。

 この時確かに俺は、心の中で想うだけだからと願っていた自分がいた。

 オフィーリアには俺がサラに心を寄せている事は気づかれていない。だって俺たちの間には何もやましい事など何もないのだから。

 だからこのままずっと気付かれずに日常を送れたらいいなと願っている。




 俺はオフィーリアと過ごしながらも、足繁くサラのいる店へと足を運んだ。サラの無邪気な笑顔に癒され、同時にオフィーリアの献身的な愛に包まれた生活は、何にも変え難いものだった。

 どうにかこのままこの幸福な生活が続かないものかと思案していると、ついに奇跡が起こった。サラに俺の顔を覚えてもらうことができたのだ。

 浮かれた俺はますますサラにのめり込んでいった。元々サラの店に通う頻度は高くなっていたが、最近は休日にも何かと理由をつけて隣町へと行き、サラの元へと通った。


 時にはオフィーリアを伴ってサラの店に行った事もあった。そんな時俺は直接浮気をしているわけじゃないからと自分の行動を正当化した。俺は彼女と一線を超えたわけじゃない、サラを一目見たいと思っているだけだ。

 でもそんな事をわざわざオフィーリアに言う必要はない。オフィーリアにはこの店がこの街では一番人気の店で、友人たちとよく利用するとだけ伝えていた。

 彼女はすんなりと信じてくれたし、だからこそ俺は安心していた。


 オフィーリアとサラの店に通う事は数回あったけど、一人で通うことの方が圧倒的に多かった。それは俺の職場がサラのいる街にあるという事もあり、たとえオフィーリアに何か聞かれても仕事帰りに寄ったといくらでも説明できたからだ。

 店にいくと普段から注文している品をサラが覚えてくれていて、勝手に舞い上がったりもしたが、それでも表面上はただの客として接していたし、サラも俺に好意を持たれているとは思ってもいないだろう。

 そんな時なんと俺はサラと友人関係になることができた。奇跡だった。彼女から俺に声をかけてくれた時は本当に舞い上がるほど嬉しかったが、それでも俺はあくまでも平静を装っていたし、サラもそんな俺の態度を気に入って友人になろうと声をかけたと言われた。


 女友達はサラ以外にもいたからオフィーリアがサラにだけ邪推するはずがない。

 だって今までだってそんな事は一度だってなかったのだから。

 彼女と友人関係になってからは店でもどこでも気兼ねなく会うようになった。

 サラといると、例え仕事で辛いことがあっても自然と乗り越えられたし、同時に彼女の存在が日々俺の中で大きくなっていくのを感じた。


 ある日サラに相談があると言われ、彼女と店から少し離れたところにある公園へ向かった。

 この日は休日ということもあり、恋人や家族連れが多く賑わっていた。俺とサラは公園の奥にある日当たりの良い東屋に並んで腰掛けた。ここは以前オフィーリアと訪れた事があり、この場所が一番公園内を見渡す事が出来るのを知っていたからだ。しかも人があまり来ない事もあり、相談事にはピッタリだと考えた。それに一番の目的はこの目の前に広がる美しい光景をサラと一緒に見たいと思ったからだ。


 「サラ、何か困ったことでもあったのか?俺で力になれる事はなんでも言ってくれ」

 「困った、事なのかな。……あたしね、カイ、あなたの事が好きなの。他の男性とは違ってあなたは最初から紳士で、あたしに対して邪な目で見たりなんかもしてこなかった。そこが新鮮で友人に、なんて言ったんだけど本当は違う。あなたの事が好き……好きなのよ」

 「サラ……」


 そう言って涙を流すサラを、俺は呆然と見つめていた。


 (サラが俺の事を?何かの間違いじゃないのか?)


 「あなたには素敵な恋人がいる事も、その相手ともうすぐ結婚する事も分かってる。それでもこの気持ちは止められないのっ」

 「サラ聞いてくれ。君の気持ちはすごく嬉しい。実は俺も君をずっと想っていたんだ。でも俺にはオフィーリアがいる。俺には彼女がいるけれど、君の事を愛しているんだ」

 「だったらっ!!」

 「でも俺には、オフィーリアを裏切る事はできない。だけどサラ、君の事はずっと心の中で愛し続けるよ。嘘じゃない。君は俺を紳士だと言うけれどそれは違う。本当の俺は君に近づく数多の男達と変わりないんだ。いやそれ以上に君にとってよくない存在かもしれない。俺にはオフィーリアがいるのに、君という存在に強く惹かれるんだから」

 「カイっ」


 俺は人目も憚らずサラを抱きしめた。腕の中にいるサラも、俺を抱きしめ返してくれた。まるでお互いの心の隙間を埋めるように強く、強く。

 もしオフィーリアよりも先にサラと出会っていたら、俺はサラと結ばれていたのだろうか。いや、それでも俺は後から出会ったオフィーリアにも強く惹かれたんじゃないかと思う。

 でも今はただサラのまっすぐな想いを受け止めたい。こんなに純粋で健気な彼女が不憫な立場になってしまうのは胸が痛むが、俺達の愛はもう止める事ができない所まで来ていた。

 

 都合がいいかもしれないけど俺はオフィーリアの事も愛していた。彼女は強がる所があるから俺がいないとダメなんだ。オフィーリアは昔からそうだ。陰でこっそり泣く癖がある。そんな彼女を今まで俺は何度も探し出しては手を差し伸べてきた。そして決まってオフィーリアは花が咲くように笑うんだ。


 —・—・—・—

 

 あれから俺はサラの自宅へと移動し、長い事語り合っていたら帰宅が朝方になってしまった。きっとオフィーリアも心配しているだろう。俺はそっと玄関を開けるとまっすぐに彼女の眠る寝室へと向かおうとした。しかし家の中に入ってすぐに異変に気づく。この時間オフィーリアはまだ眠りについている筈なのになぜか彼女は起きていた。流石に朝帰りは初めての事だったので素直に謝罪の言葉を口にすると、彼女は話があるとまっすぐ俺の目を見て言ってきた。


 「朝帰りだなんて心配させてすまない。友人と語らっていたらこの時間になってしまったんだ」

 「……友人ってサラさんの事よね」

 「っそうだけど、何もやましい事はなかった。信じてくれ」

 「そう……。本当に、やましい事がなかったらよかったのに」

 「オフィーリア、一体どういう意味なんだ」


 彼女は寂しそうに微笑むと一度目を閉じ、何かを決意したように口を開いた。


 「昨日の昼間、友人と一緒に隣町の大きな公園に行ったのよ。以前あなたとも行った事のあるあの公園よ。そこであなたとサラさんを見かけて、それであなた達二人が話しているのを偶然聞いてしまったの」

 「っ!?」


 俺は咄嗟に言葉が出なかった。まさかあの場面を見られていたなんて……。


 「待ってくれオフィーリア!君は何か誤解している」

 「いいえ、誤解なんかじゃないわ。私以前からあなたがサラさんに好意を持っているのは知っていたの」

 「……それはいつからだ?」

 「あなたがサラさんの働いているお店に私を連れていってくれた時からよ。だってカイ、あなたとっても分かりやすいんだもの。ずっとサラさんを愛おしそうに目で追っている姿を目の前で見せられたら誰だって気が付くわ」


 今度こそ何も言えなかった。そんなに前からオフィーリアは気がついていたなんて……。

 でも1つ彼女は思い違いをしている。俺はオフィーリア、君も愛している。まさか君を手放すだなんて考えた事もない俺は、自分の中にある本当の気持ちを彼女に伝える事にした。


 「オフィーリア、昼間の件はすまなかった。でも俺の話を聞いてほしい」

 「……何かしら」

 「俺はオフィーリア、君を愛している。その気持ちはずっと変わっていない」

 「ならどうして、」

 「俺は君を愛しているのと同じくらいサラを……彼女を愛してしまったんだ!でも彼女と一線を越えるつもりはないし、それはこれからも変わらない」

 「私がおかしいのかしら。あなたが何を言っているのか全く理解出来ないわ」

 「オフィーリアには悪いと思っている。だけど俺は二人を愛しているんだ。だけどサラに対する想いはオフィーリアに向ける想いとは同じようで少し違う。彼女へ向けるこの感情は崇高な愛なんだ。すぐには俺が何を言っているのか分からないかもしれないけれど、君もサラと関わっていけばきっと分かるよ!サラは純粋ですごく健気なんだ」

 「……分かったわ。私はあなたがそこまで気持ちが固まっているのか確認したかっただけなの」

 「分かってくれるのかい!?」

 「ええ」


 美しい笑顔で微笑むオフィーリアに、俺は驚愕で目を見張った。まさか彼女が俺の想いを理解してくれるなんて……。こんなに簡単に説得出来るなら、もっと早く打ち明けておくんだった。


 「オフィーリア、誤解があってはいけないから伝えるけれど、俺が一番に愛しているのは、君だ。そこは絶対に忘れないでほしい。それとサラとは君に顔向け出来ないような関係になる事はないと誓うよ」

 「私に遠慮する必要はないわ。あなたはサラさんへの愛を貫いてちょうだい」

 「何を言っているんだ。俺は君とサラ、二人を愛しているとさっき君も分かってくれたばかりじゃないか」

 「私が分かったと言ったのは、あなたの言いたい事が分かったと言っただけよ。誰もあなたの考えに共感したとは言っていないわ」

 

 そう言うとオフィーリアはあらかじめ用意していたのかトランクケースを手に玄関へと向かってしまった。俺は慌てて彼女を引き止めようと後を追った。


 「待ってくれ!!俺は君と別れるつもりはないんだ」

 「私あなたがそんなに自分勝手な人間だったなんて、長い事一緒に過ごしてきたけれど全く気付かなかったわ」

 「オフィーリア、」

 「さっきも言ったけど、どうぞあなたはその愛を貫いて。私はあなたの考えを許すことは出来ない。私たち終わりにしましょう」

 

 俺の目を真っ直ぐ見つめてきたオフィーリアの表情は真剣そのものだった。彼女は先ほど冗談で俺の考えを否定したのではなく、本気なのだとこの時になってようやく理解しだした俺は、こんな状況になってもまだ彼女は最後には俺の所に戻ってきてくれると呑気に考えていた。


 「一度冷静になって話をしよう。今はお互い興奮していてきっとうまく話せる状態じゃない」

 「私は初めからずっと冷静だったわ。それに今更何を話し合うと言うの?私はねカイ、私だけを愛してくれていたあなたが好きだった。今のあなたの行動は私に対しても、サラさんに対しても失礼よ」

 「オフィーリア、」


 確かに今の俺の行動は他人から見たら不誠実なのかもしれない。だからこそオフィーリアを一番に考えていきたいと伝えたいのに、俺は口にすることが出来なかった。そんな俺の姿を見たオフィーリアは、今度こそ振り返る事なく二人で過ごした家を後にした。


 —・—・—・— 

 

 オフィーリアが家を出てから半年が経った。あれから何度も話し合おうと彼女の実家を訪ねたが、会う事自体を拒否されてしまい話し合う事は叶わなかった。オフィーリアから事情を聞いたのか、彼女の両親は決して俺を会わせようとはしなかった。

 彼女との思い出の土地や建物にも何度も足を運んだがオフィーリアの姿を確認する事は出来なかった。

 あれから何度かサラと会ったが以前のような胸の高鳴りや、彼女の笑顔を愛おしいと思う気持ちが明らかに減ってしまった。

 サラもそんな俺の態度を察したのか、最近は会う事を催促される事もなくなっていった。

 あんなにサラを愛していたはずなのにオフィーリアを失った今、俺の中でサラの存在を思い出す事も少なくなっていた。

 オフィーリアに会いたい。彼女に会って謝りたい。俺はこの時になってようやく彼女を失った事がどれだけの損失だったのか、そしてどれだけオフィーリアの存在に支えられていたのかを実感した。

 街へ出ても思い出すのは彼女との幸せな思い出ばかり。夕飯の買い出しのために二人で市場に出かけた時の事や、デートで見に行った芝居、季節ごとに出向いた花畑。今になって思い出すのは全部彼女とのかけがえのない宝物のような時間だった。

 

 心の大事な部分が欠けてしまったかのような喪失感に見舞われながら、俺は今日も生きるために仕事をこなす。

 今日は機械の故障があり別の街へ点検の為足を運んでいた。作業はそれほど難しいものでもなかったから夕方になる前には作業が終わった。真っ直ぐ家に戻っても何もする事のない俺はぶらぶらと広場に続く道へと歩みを進めた。街行く人々は家族連れや恋人同士が多く気付けば俺は自然とその光景を目で追っていた。


 幸せそうに微笑み合う恋人達に過去の自分を重ねた。少し前まで俺だってあの恋人達のように幸福に満ち溢れた生活を送っていたのに。一体どこで間違えてしまったのか。

 いや本当はもう分かっているんだ。サラへの想いは一時の感情だった事、オフィーリアとの関係に胡座をかいた俺自身に問題があった事。オフィーリアとサラも俺の身勝手さに振り回された被害者だって事も全部、全部、全部!!


 最後にオフィーリアが口にした言葉が今になって何度も俺の頭の中を駆け巡る。


 「あなたはどうぞその愛を貫いて──」


 その言葉を口にした彼女の表情はどんなだったか。あの時すら俺はオフィーリアに対して誠実に向き合う事が出来ていたのだろうか?思い出せない時点で答えは決まっている。感傷に浸る俺の横を小さい子供を連れた家族が通り過ぎる。その姿を見て俺はゆっくり瞳を閉じる。瞳を閉じれば叶うはずだった未来を簡単に想像する事が出来る。


 ──花嫁姿のオフィーリア。俺が綺麗だと伝えると恥ずかしそうに、まるで初めて出会った時のように美しく微笑む彼女の姿を。

 ──オフィーリアに似た可愛い子供が産まれ、その子供にお乳をやる姿。その姿を見て俺は感動して柄にもなく涙を流したりするんだ。

 ──子供にかかりきりになる彼女に対し、たまには俺にも構ってほしいと不貞腐れると、呆れながらも抱きしめてくれるオフィーリア。俺はそんなやりとりが嬉しくてつい彼女に甘えてしまう。

 ──子供が大きくなるにつれて手が離れ、二人で近くに旅行へ行ったり、昔みたいにデートをしたりするんだ。


 想像する彼女との未来は苦しくなるほどの幸福に満ちていた。

 本当だったら全部叶う未来だったはずだ。それを俺の愚かな行動で全てを失ってしまった。どれだけ後悔しても、どれだけオフィーリアとの未来を想像しても、もう俺の隣に彼女はいない。

 サラに対して抱いた感情が、悪い魔法で操られているものだったら良かったのに。

 でもどれだけ現実逃避をしても俺だけは知っている。サラに対する感情は俺自身が望んだものだと。

 幸せな人々の中に、俺だけが取り残されていく。犯した罪の代償はあまりにも大きすぎた。



 「オフィーリア——」


 俺の呟きは誰に届くこともなく人々の幸せそうな声にかき消されていった。







 end.

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