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最終章・生贄

龍の玉の正体を知った時生は

ある覚悟をする



時生は今自分の手の中にある、

血で染まったように赤く妖しく輝く玉をじっと見つめた。

三年前のあの日、出先から電話を受けた時生は

深く考えもせず、玉を売ってしまった。

妻は売ることに気が進まなかったから、私の同意が欲しかったのだろう。

後で玉の出所を聞いた私も、あまり気分が良くなかったのを覚えている。


玉は、まだ妻が幼い時に中国人の男が持ち込んだらしい。

父親は少し外国語が話せる人だったので、

その男とも北京語でやり取りしていたそうだ。

店で遊んでいた凛々子は、そのみすぼらしい暗い感じの外国の男が怖かった。

男が何度も「ドラゴンアイ」と言っていたのも覚えている。

父親はその身なりに同情したのか、相手が要求する高い値段で玉を買い取り、

金を受け取った男は、外で待たせた少女と共に、駅の方へ歩いていった。


数十分後、けたたましいパトカーのサイレンと救急車の音に

何事かと父親と凛々子がすぐそばの駅に向かうと、

さっきの少女が呆然とホームに立っているのが金網越しに見えた。

どれほどの苦しみがあったのだろう。

男は子供の目の前で、ホームから身を躍らせたのだ。

辺りに漂う、生臭い臭いとただならぬ雰囲気に

凛々子はその晩、食事も睡眠も摂ることができなかった。


翌朝、恐々店を覗くと、例の玉は朝日を浴びて血を吸ったように

真っ赤に燃えていた。

あまりの不気味さに泣き出した凛々子を

父親が優しく抱いてくれたのを今でも鮮明に思い出す。

少女のその後は誰も知らなかったが、

それ以来、玉はコロル堂にとって特別な品となり

売ってはいけないような気がしていたと語った。


そんな事情を知らなかった私の軽率な同意が

何人もの命を奪ったというのだろうか。


子供は欲望に忠実で、大人よりも残酷だ。

おそらく小学生ふたりの間で、玉の奪い合いでもあったのだろう。

どんなやり取りがあったのかは、解らない。

が、瓦礫の中に潜んだ玉が時生に最悪の状況を暗示する。


この辺りの昔のお屋敷には、たいてい井戸があった。

なぜあの時、工事現場の敷地内をよく調べなかった?

なぜこの玉はこれほどまでに人の血を欲しがる?


聳え立つ巨大なマンションを見上げた。

その下に埋め込められてしまった少年達を

最早救う手立ては無い。

年間1000人を超えるという子供の行方不明。

そのうちの二人がおそらくここに居る。


今 私の手の中で燃える「ドラゴンアイ」


この玉が戻ってきたのは、偶然なのだろうか。

龍・・・中国人・・・もしかしたらこの玉は九龍から来たのか?

今までいったい何人の血を吸ってきたのだろう。

九人に達せば、呪いは解けるとでも?

ならば私の命も差し出そうか。


ずっと先、愛する妻は私を残して逝ってしまうだろう。

そして自分は再び永遠に続く孤独を味わう事になる。

この寂しい人生を終わらせられるなら

龍に命をくれてやろう。

どんな死にざまでも構わない。


時生は熱に浮かされたように、手の中の玉にそっと口づけをした。

自分で命を絶つ事が許されない私には

この龍の玉が、救いにさえ思えてきたのだ。


気が付けば熱い空気のまま夕暮れが深くなっていた。

気味が悪いほど静まり返った公園に

のしかかるようにマンションの陰が濃い。

ふと、二つの視線を感じたように思い

時生は再びぶるっと身震いした。


「あ、俺だけど。遅くなっちゃったよ。

これから帰るからね」


凛々子は心配性だ。そしてとても臆病。

スマホをポケットにしまい、

玉はハンカチに包み鞄の内ポケットにそっと隠した。

きょう一日の出来事は、私だけが知っていればいいのだ。

誰にも何も語ってはいけない。


店に戻るころには、辺りはすっかり暗くなっていた。

コロル堂のぼんやりした橙色の灯が目に入った時

心底ほっとした。


「ただいまー」


扉を開けると、凛々子も安心したような笑顔を向ける。

ただ何故か、飼い猫のミルクだけは私に向かって


「クコォーーー!シャァーーー!」

と盛んに威嚇してくる。


「ミルクどうしちゃったの?トキちゃんでしょう。判らないの?」


凛々子も不思議がってミルクを抱き上げ宥めるが

爪と牙を剥きだし、興奮しパニックになっている。


「荷物、片づけてくるよ。何か気に障る匂いでもしたんだろう」


私は慌てて奥の部屋へ向かった。

アレのせいだ。

鞄の中のもの。

猫は血の匂いでも嗅ぎ取ったのだろうか。


夜が来て、いつものようにふたりで静かな夕餉をとった。

胸の奥で赤いものが疼いていて、あまり食欲は湧かなかった。


「トキちゃん、気分でも悪い?

無理して食べなくていいんだからね」


「あぁ、ちょっと疲れすぎちゃったみたいだ。

暑かったしな」


片付けが終わり、凛々子が風呂に入ったのを見計らい

私はスコップを手に庭の隅にある祠に向かった。

日本の屋敷神やしきがみの力を借り、

玉を封印しようと考えたのだ。

禍々しい「モノ」。

お前には暫く眠っていてもらおう。


汗だくになりながら50㎝ほどの深さの穴を掘り、

玉を葬り土をかけようとしたその時だ。

左の親指に強く掴まれたような痛みが走り

上半身に悪寒が走った。

家の窓から漏れるわずかな明るさの中でも

ざっくりと切れた手の傷と

そこからだらだら血が流れているのが分かった。

土の中に茶碗の欠片が見えた。


そうか、そんなに人の血が欲しいのか。

その時が来たら、たっぷりと吸わせてやる。

それまで俺の匂いを忘れるなドラゴンアイよ。

決して俺以外の人間には手を出すな。


暗い穴の底から飢えた龍の咆哮が聞こえた気がした.。

一日に何百という秀作の中から

この作品を見つけ、最後まで読んでくださった皆様に

心より感謝いたします。

夏向きに、ちょっと胸くその悪い話になってしまいましたが

ご感想など戴ければ嬉しいです。

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