気づくのは誰?
少年達が龍の世界へ旅立ってから3年が経った
巨大な新築マンションの一角にある小さな公園。
ひどく疲れた男は、崩れるように木陰のベンチに腰を下ろした。
遅い夏の公園には人影もなく、ただ蝉の声だけが
ワンワンと頭に響くばかり。
少し休んでいこうと、ベンチに横たわる。
背もたれの隙間から、まだ片付けきれていない建築廃材が
小山のように積まれているのが見えた。
そのがれきの山の中ほどに、何か光るものが見えた。
工事現場で使った反射鏡の欠片だろうか。
それは誘うように赤く目を射る。
妙に気になった男は、重い身体を起こし
『それ』を手に取った。
そして全てを理解した。
男の名は 佐直時生。
『コロル堂』という古本と骨董を扱う店の店主である。
今日は古本の買い付けの為にこの街に来たのだ。
依頼は二件。
両方とも近く、隣町だったので自転車で来た、
が、裏目にでたようだ。
予報より気温が高くなり、おまけに事前に知らされていたよりも
古書の量が多かったのだ。
そして両家とも、息が苦しくなるほど空気が重かった。
一件目の家は、瀟洒な作りの一目見て金持ちと判るような家だった。
玄関のベルを押すと、出てきたのは40を越したくらいの男性。
身なりは良いが、いやに生気が無いのが気になった。
言葉少なに家の中を案内し、処分したい本がある二階の部屋に通された。
どうやら子供部屋らしいそこには、
壁一面にびっしりと絵本や児童書がきれいに並んでいる。
中にはピーターラビットの初版本やマザーグースシリーズ全巻等々
かなり高価な本もあった。
長く商売をしていると、たまにこんな貴重なものに出会える事がある。
黙々と仕分けをしていると
「どろぼう!誰か来て!泥棒がいるう!」
背後で突然 女の金切り声がした。
驚いて振り返ると老女が白髪を振り乱し、つかみ掛かって来る。
逃れようとドアに向かうと、先ほどの男性が慌ててやってきた。
「真由美、やめなさい!その人は泥棒なんかじゃ無い。
陽一郎の本を預かってくれる人だよ。
本棚が空いたらまた新しい本を買うって約束したろう。」
男性がそう言うと老女は急ににっこりと笑い
「そうだったわね、ごめんなさい。私って忘れんぼさんだから。ふふふ」
「君は下で待っていなさい。」
老女が大人しく階段を下りていくのを見届けると
男性はしきりに頭を下げて謝りながら、ポツポツ事情を語り始めた。
夫婦には、それこそ目に入れても痛くないひとり息子がいた。
特に母親の溺愛ぶりは、夫の目から見ても異常すれすれだったようだ。
しかしその宝物のような息子は小学4年の秋、
全く突然に姿を消してしまった。
夜になっても帰らない息子を夫婦は半狂乱で探し続けた。
地元の警察や消防、学校の父兄、近所の人、
総出で夜明けまで探したが、足取りは全く掴めず
痕跡すら何一つ見つからなかった。
夫婦の地獄の日々の始まりだった。
初めの頃は周りの人々も心配し協力してくれていたが
日が経つにつれ、警察の捜査も縮小され、
いつしか町の人々の記憶からも薄れていった。
だがそれと反比例するように、母親の心は壊れ始め
妻から目を離せなくなった夫は会社を辞めた。
今の妻が落ち着くのは、息子の為の買い物をする時だけらしい。
どんどんたまっていく書物や服を夫は内緒で処分していたのだ。
老女と見えたのは男性の妻だったのか・・・
心労はあそこまで人を衰えさせるものなのだろうか。
時生はちょっと身震いした。
家族に深い傷を負わせた龍の玉
時生は何を考えるのか