友達
竜には一人だけ遊び相手がいた
境遇のかけ離れた二人だったが・・・
「陽ちゃん、お茶にしましょう。
きょうはアップルパイ焼いたのよ」
「ありがとう、すごく美味しそうだね」
僕は満面の笑みを返した。
いつだって三時きっかりに、部屋におやつを持って現れるママ。
ノックもせずに入ってくるママに最近とてもイラつく。
ぼくももう10歳になる。
いい加減ママの理想の息子を演じるのは卒業したい。
それに手作りのお菓子なんてもう飽き飽きなんだ。
他の友達みたいに、好きなものを買って食べてみたい。
ママは体に悪いからって言うけど
友達の竜ちゃんなんか、好き勝手してるのに
丈夫じゃないか。
そう思ってまたママの目を盗んで
手作りおやつを隠した。
竜ちゃん喜ぶかな。
ポケモンカードが入ったあのお菓子と交換してくれるだろうか。
僕の名前は佐伯陽一郎。
竜ちゃんとは3年生の時に一緒のクラスになってから
ずっと友達だ。
竜ちゃんはちょっと変わっていて
僕の知らない世界をみせてくれる。
竜ちゃんの家は僕の家とは違って
二階なんかないし、部屋も二つしかない。
奥のほうの部屋には何故か大きな本棚があって、
見るからに古いものだと判る、ボロくて厚い本が
ぎっしり並んでいた。
その窮屈な部屋には、竜ちゃんのおじいさんが
寝かされている。
っていうか放置されている。
僕らはいつも、その部屋で
ママに禁止されてるマンガを読んだり、
ゲームをしたりする。
マンガは僕が買って竜ちゃんちに置いていく。
お小遣いでマンガを買ってるのがバレたら
マズいからだ。
マンガやゲームで盛り上がり、僕らがどんなに騒いでも、
おじいさんは薄っぺらい布団の上で、
ぽっかりと空洞のような口を空けたまま
寝ているだけだ。
最初見た時は、死んでいるのかと思ってすごく怖かったけど、
白く濁った目はどこも見ていないし
僕らが耳元で大きな声を出しても
ピクリともしない。
骨格標本に皮を張り付けたものが、
横たわっているだけ。
今はもう慣れちゃって、何とも思わない。
いつだったか、ハエがおじいさんの口に入っていった事があったんだけど
おじいさんはそのままモグモグと口を動かし食べちゃったんだ。
ぼくはすごくびっくりしたけれど、竜ちゃんは
「栄養摂ってるんだぜ」って笑ったから
僕もなんだかすごく可笑しくなってしまって二人で大笑いした。
それから時々おばあさんが留守の時に
おじいさんに栄養をあげたりした。
クモだったり、アリだったり。
ぺちゃぺちゃ食べるとき漏れる息がクサかったので
竜ちゃんと顔をしかめながら。
でもあれは楽しかったなあ。
竜ちゃんは学校では絶対に笑わない。
めったに口を開かないし、いつもひとりだ。
クラスメイトが髪の色も目の色も薄い竜ちゃんを
少し気味悪がっているのを知っているのかもしれない。
ビニール袋に入れたアップルパイを塾のバックに隠し
僕はいつも通り学習塾へ向かう。
きょうも課題をさっさと終わらせて、竜ちゃんちへ行こう。
勿論ママにはちゃんと話してある。
あまり勉強が得意でない竜ちゃんに、僕が教えてるって言ったら
「お友達に優しくするのはとても大切な事よ」って喜んだんだ。
「こんにちはー」
「こんにちはー」
「竜ちゃーん」
玄関で何度呼んでも誰も出てこない。
「竜ちゃん居ないの?」
僕はそーっと部屋を覗いた。
夕日が、竜ちゃんの机代わりの段ボールや
穴だらけの畳やおじいさんの骨の浮き出た足を赤く染めていた。
そしてランドセルの上にまるで夕日が宿ったみたいに
真っ赤に燃える玉を見たんだ。
それは怖くなるほど綺麗で、一瞬まわりの音も景色も
何も無くなったように感じた。
僕は靴を脱ぐのも忘れて、玉に近づいた。
「なにしてんだ!」
びっくりして振り返ると、僕に見せたことが無いような険しい顔の
竜ちゃんが立っていた。
「え、いや、声かけたんだけど誰もいなくて」
竜ちゃんはサッと玉をポケットに隠すと、僕に帰れと言った。
きっとおばあさんにまた何か言われたんだろう。
いつも洗濯とか、片付けとか、おばあさんの内職の手伝い
おじいさんの世話、いろいろ言いつけられていたから。
「うん、ごめん。帰るよ」
僕にあんな顔をする竜ちゃんは初めてみた。
鞄のなかでアップルパイはぐちゃぐちゃになっていた。
少年達を魅了する玉が
ふたりの関係を大きく変えてしまう