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4 冷やし桜 後編

 夕方になって、俺と綺仙洞と久子は、離れに集まった。


 久子が用意した線香に火をつけ、俺が百番の蝋燭から順番に火を灯していった。ちゃぶ台の上はますます針山地獄めいてきた。縁側の一番にまで火を灯すと、俺は線香を用意した器に立て、ちゃぶ台の脇に座った。


 「私から始めます。江戸時代のお話です。遊女達が百物語を始めました。ところが、百を越しても何も起こらなかったので、話題はお客を騙しておちぶれさせた話になりました。お客がおちぶれた後の非情な仕打ちについて、あまりにも冷酷だったわが身の行為を遊女達が悔いていると、四方の隅から青雲が立ち重なって、うわさをしていたお客たちの霊が現れました。遊女達が思い思いに詫び言をしても、霊によって家の中が荒れるのは静まりませんでした。その時、頭の働く遊女が『あなたがた、揚屋の勘定の残りは?』と声高く怒鳴ると、とたんに幽霊たちは姿を消したのでした。めでたしめでたし」


 俺は一番と書いてある蝋燭を吹き消した。


 「それは怪談か?」


 綺仙洞が不満そうに言った。


 「幽霊が出てくるから、怪談話には違いないでしょう。ちなみに、井原西鶴の『諸艶大鑑(しょえんおおかがみ)』に出てくる」

 「好色二代男じゃないか」


 ますます不満そうに綺仙洞が呟く。久子が俺達のやりとりを見ていて、くすりと笑った。


 「次は、綺仙洞さんにお願いします」


 気取って綺仙洞を指名した。久子の表情を見、綺仙洞もそれ以上文句をつけるのは止めて、怪談を始めた。

 綺仙洞の次には久子が話した。この間話した話でもよいか、と聞かれたので、参加している人が違うから、一向に構わない、その時聞いた話でも構わない、と答えた。


 俺、綺仙洞、久子の順に次々と話を続け、百番目に俺の番になった。蝋燭は、ちゃぶ台の中心にある長い一本だけが灯っている。部屋の中は、くすぶった蝋の臭いが篭り、消された蝋燭の山が百番目の蝋燭に照らし出されて、ますます針山地獄めいてきた。

 俺は百番目の怪談を話し始めた。


 「百物語の妖怪がおりました。百番目の怪談が終わると出てきて、人々を驚かすのが習いでした。ある時、出番が来たのですが、誰も妖怪に気付きませんでした。妖怪は仕方なく機会を窺って、一人ずつ驚かしました。ところが、まだ全員を驚かさないうちに、新たな百物語が始まってしまいました。妖怪は順番がわからなくなり、困って首を括って死んでしまいましたとさ」


 “そうはいかないぞ”


 暗闇から声が聞こえた。部屋の温度が下がった。久子が目を剥いた。俺は構わず、百本目の蝋燭を手に取った。


 べきっ


 蝋燭をへし折った。火が消えた。


 「ああ~」

 “ああっ”


 綺仙洞の声と暗闇の声が重なった。久子が気を失った。



 帰りの車の中では、綺仙洞がやたらと話しかけてきたので、眠る暇がなかった。後部座席には、久子から引き取った百物語蝋燭セットが鎮座している。俺の膝の上には、久子がお礼として譲ってくれた水脈さんの水墨画が筒に収められてあった。


 「で、結局どういう事だったのか、説明しろ」

 「蝋燭に憑いていたんだよ」


 俺は説明した。


 「蝋燭を作った時に封じ込められたのか、蝋燭を使っているうちに憑いたのかはわからないが、あの百番目の蝋燭に憑いていて、百物語の役目を果たしていたんだ。多分、水脈さんが手に入れた時にはもうお札が剥がれていたのだろう。札が剥がれた途端に、憑いていた奴は自由に動き回れるようになったのだが、百物語の条件が整うと、つい出てきてしまうんだな。で、役目を果たそうとしたのに、その時には間に合わなかったと思うんだ。それで、律儀にも後から役目を果たそうとして爺さん達を驚かしたら、何しろ爺さんだから皆死んでしまった訳さ」


 「ちょっと待て」


 丁度信号待ちで、綺仙洞は車を止めて俺を見た。


 「じゃあ、そのままにしても久子さんは死ななかったというのか」

 「俺の見立てが間違っていなければ、ね」

 「何だ。じゃ、蝋燭へし折ることはなかったじゃないか」


 あの時、綺仙洞が声を出したのは、俺が骨董品の価値を損ねたからであった。骨董が関わると、他のことには非情になる。


 「でも死んだら困ると言ったのは、お前じゃないか。それに、九十九本揃っていれば、好事家には充分だ。お前が売った道具で、死人が出たら、商売上がったりだろうに」

 「完全に揃っていないと、価値が半減するんだよ。それに、水脈さんの水墨画は売れないし」

 「売ったって、わかりゃしないよ」

 「形見として取っておくんだ」


 珍しく、綺仙洞が殊勝なことを言った。



 寺に帰ってから、俺はへし折った百番目の蝋燭を裏の墓地で焼きながら、憑いていた奴などの供養をした。蝋を燃やすのは結構時間がかかる。煙ばかり出て、俺は噎せた。蝋燭から出た煙は、桜の木に絡みながら、澄んだ空へ昇っていった。桜の木は、ところどころ赤や黄色に染まって目に鮮やかだった。


 もう、秋が近付いてきている。

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