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4 冷やし桜 前編

 雲が出て、月が隠れた。辺りは真っ暗だ。


 俺は、息を殺して人が通りかかるのを待っていた。


 後ろも前も墓石で、道は目の前で行き止まりになっている。もう随分待っているような気がするが、誰も来ない。遠くの方では、微かな悲鳴が時々上がる。懐中電灯のような光も明滅している。


 酒でも持ってくれば良かった、と俺は密かに舌打ちした。

 すぐ終わります、という役員の言葉を鵜呑みにしたのが悪かった。それに、酔っ払った幽霊なんて、怖くないどころか滑稽である。

 もう暑さの盛りは過ぎていて、絵の具を塗りたくった顔から汗が滴り落ちることもないのが幸いだった。一応虫除けスプレーを白装束の上から満遍なく噴霧したので、蚊も寄ってこない。あくびが出た。


 そもそも、英二にやらせれば良かった。お化けは苦手なんです、とか何とか言っていたが、俺の弟子になって毎晩墓地を見回っているくせに、今更苦手もないだろう。大体、自分がお化けになるんだから、筋が通らない。


 地区の自治会の子供会で、肝試しをすることになり、蓮照寺(れんしょうじ)の境内を提供することになった。

 その時役員が、折角だから御住職も参加されては如何ですか、と一升瓶を差し出しながら誘ったのである。一升瓶に気を取られた俺は、つい「任せてください」と言ってしまった。


 こうして顔を白塗りにした白装束の坊主が墓地の奥に潜むことになった。


 ぱたぱた。


 軽い足音がした。来た、と俺は急に目が覚めた心持ちで、身構えた。

 足音は徐々に近付いてくる。月が隠れているので、墓石の向こうはほとんど見えない。足音が大きくなってきた。

 灯りは見えない。足音だけが近付いてくる。


 子供はみんな懐中電灯を持っている筈だが、途中で落したのだろうか。不意に灯りに照らされないよう、俺は墓石の裏に小さくなって隠れた。あとは耳だけが頼りだ。

 角を曲がったのか、足音が急に大きくなったかと思うと、急に止まった。今だ。


 「がおーっ」


 俺は両腕を上へ伸ばしながら、墓石の前へ踊り出た。人影が身じろいだ。


 「うわーっ!!」

 

 予想よりも低い悲鳴が耳に刺さった。人影はその場にしゃがみ込んだ。


 「おい、大丈夫か」


 俺は心配になって、人影に手を差し伸べた。

 雲が晴れて、月が出た。辺りが青い光に満たされた。


 「あっ。おめぇ、英二じゃねえか。お化けが怖いとか言っておきながら、ちゃっかり参加しやがって」

 「ひどいですよ、照恕(しょうじょ)さま。肝試しが終わったのに戻られないから、呼びにきたのに、驚かすなんて」


 英二は半べそである。その顔を見て、少しはすっきりした。長いこと隠れた甲斐があったというものだ。

 役員達が張り切りすぎて、怖がった子供達が奥まで来られなかったらしい。結局俺は英二を驚かすために、お化けになったようなものである。

 墓地を出ると、片付けを終えた役員達が、挨拶のために待っていた。



 翌日、綺仙洞(きせんどう)から寺の方に電話があった。綺仙洞は自ら水墨画を能くする古物商である。こいつから電話があると、ろくなことがない。


 「寺にいるところを見ると、今日は暇なんだな」

 「別に暇じゃないぞ」


 寺に居たら居たで、草むしりや寺の修繕など、何かしら用事はあるものである。綺仙洞は俺の意向には一向構わずに、話を続けた。


 「ちょっと話がしたい。近々、お前の出番になりそうだ」

 「壮行会は不要だ。出番になったら呼んでくれ」

 「冗談を言っている場合ではない。込み入った話だ。人の生死に関わる」

 「忙しいんだ。電話で事情ぐらい聞かせろよ」


 綺仙洞は黙り込んだ。電話で沈黙されると、相手の表情がわからないから不安になる。受話器を置こうか、と思ったら、話が再開された。


 「 “百物語” は知っているか」

 「蝋燭を百本用意して、一本ずつ吹き消しながら順番に怪談をしていくという、あれだろ」

 「最後はどうなるか知っているな」

 「俺はやったことがないから、本当かどうか知らんが、百話終わって百本のろうそくが消えたら、お化けが出るって聞いている」

 「どうやらそれが出たらしい」


 今度は俺が黙り込む番だった。お化けが出た後、どうなるのかまでは知らない。どうして、綺仙洞がそんなことを言い出したのか。


 「じゃ、寺へ来てくれ。酒は出さないぞ」

 「せいぜい綺麗にしておいてくれ」


 電話が切れた。



 昼餉が終わった頃に、綺仙洞が来た。律儀に手土産を持ってきたらしく、英二が茶を出すときに一緒に付いてきた。涼しげな水饅頭である。

 しばらく会わないうちに、綺仙洞は少し痩せていた。もともと血色の良い方ではないが、普段に増して調子が悪そうである。


 「で、誰が百物語をしたんだって」


 熱い茶を啜り、水饅頭を口に放り込んでから、俺は尋ねた。話を聞いてからでは、食欲が落ちるかもしれないので、先に食っておくことにしたのである。

 綺仙洞は水饅頭には手をつけず、湯呑を両手で持って手を温めている。それからおもむろに一口啜った。


 「水脈さん達だ」

 「ミオ? それ、女の名前か」


 綺仙洞はちょっとムッとしたようである。


 「雅号だよ。水墨画の仲間なんだ」


 水饅頭に手が伸びる。いつもの表情が戻ってきた。英二が茶道具を置いて行ったので、急須を取って茶を足してやる。


 「本名は水沢さんという。一昨日亡くなって、昨日葬式があった」

 「うちでは扱ってないから、わからんな」

 「知っている方がおかしい。隣の県の人だ。とにかく、水脈さんとそのお友達が、百物語を始めて、最後までやってしまった。最後のろうそくが消えた後、特に何も出てこなかったが、一週間後から参加した人達が週に一人ずつ亡くなっていった」


 俺は座り直した。


 「話をした順番か。あと誰が残っているんだ」

 「話が早いな。水沢さんのお孫さんだけだ。水墨画の仲間だけで四人集まったんだが、四は縁起が悪いからといって、急遽参加することになった」

 「何でそんなこと始めたんだよ」

 「それなんだが、百物語用の蝋燭を水沢さんが何処らか手に入れた所為らしい」


 俺は茶を啜ろうとしていて、危うく噎せるところだった。綺仙洞は話しているうちに落ち着いてきたらしく、俺の動揺を面白そうに眺めている。


 「そんな蝋燭があるなんて、聞いたことない」

 「見せてもらったけど、何時の時代のものか、はっきりとはわからなかった。百本の蝋燭に、漢数字とお化けの模様が描いてある。おそらく、江戸時代末期以降に金持ちが道楽で作らせたんじゃないかと」

 「で、俺にどうしろと?」


 答えは薄々わかっていたが、一応尋ねてみた。綺仙洞は身を乗り出した。


 「一緒に行って、蝋燭を見てくれ。このままだと、四日後には、彼女が死んでしまう」


 懐から写真を出して、俺の方へ差し出す。楚々とした美少女がにっこりと俺に微笑みかけていた。


 「まだ二十歳の女子大生なんだ」

 「明朝出発しよう」


 紹介の仕方にひっかかるものを感じたが、俺は結論を出した。どのみち、嫌だと言っても連れて行かれるのである。

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