チュートリアル
「目が覚めましたか?」
「ここは・・・・・?」
「始まりの地、とは言ってもここには私しかいません。私はチュートリアルの案内人とし、ここでプレイヤーを待っています。まずはこの家を調べてください。持っていける物は淡く光ります」
そう説明してくれた女性の頭の上に文字が浮かび上がる。
〈マリ Lv.25〉
名前とレベルだ。彼女はマリ、レベルが25。この世界では名前とレベルが表示されるようだ。
しばらく周りを見渡していればマリが口を開く。
「ところで、そちらの方は・・・・」
「そちら?」
「うっ・・・。いえ、なんでもありません。私の見間違いのようです。気にせず、この部屋の中を探索してください」
その言葉に疑問を抱きながらもマリという人に言われたように部屋を見渡す。
1人用のベットと本棚、そして小さな机が置いてある。
本棚を見てみるが、僕が住んでいた世界とは違う文字のようで解読することは不可能だと一瞬で悟る。
それに、彼女が言っていた『持っていける物は淡く光る』。どの本も光は放っていない。
そのまま机を調べれば本棚に入っていたものと同じ、読めない本しか置いていない。そこで、机の引き出しを開けようとして僕はその動きを止める。
探索してみろとは言われても、あくまでもこの家はマリという女性の家で、勝手に引き出しを開けるのは流石に・・・。
しばらく引き出しの前で悩んでいれば、異変に気付いたマリが声をかける。
「どうかなさいましたか?」
「いや、あの・・・引き出しって開けても大丈夫ですか?」
「そんなことを確認したのは貴方が初めてです。問題ありませんよ」
クスクスと笑いながら答えてくれるマリに驚きつつ、それと同時にとてもNPCには見えなかった。まるで、僕と同じプレイヤーに思えたのだ。
マリに言われたように引き出しを開ければ、そこには淡く光る綺麗なハンカチが置いてあった。
「ハンカチが淡く光っていると思います。それは貴方のこれからの冒険を助けてくれる1つのアイテムになります。そのように、淡い光を放つアイテムを見逃さず、どんどん拾ってください。とは言ってもハンカチはただのチュートリアルに過ぎませんのでこの家を出る時に自然と消滅します」
「あの、どんどん拾っていたらかなりの大荷物になってしまうのでは・・・」
「アイテムは貴方の思考によって仕舞ったり取り出したりできます。そのアイテムを仕舞いたいと考えてみてください」
言われるがままに僕は頭の中で仕舞うことだけを考える。
すると、手に持っていたハンカチは消える。
「アイテムの確認も同様に行ってください。頭の中に今まで拾ったアイテムが浮かびます。ここの世界では基本的に思考によって進めていくものだと思ってください」
ここの世界では何かコマンドがあるという訳ではないようだ。
進めていって徐々に新しいことが増えるだろうからその都度覚えていけばいい。
「ここでのチュートリアルは以上です。付いてきてください」
マリの後を付いていくと僕がいた場所は2階だったことに気が付く。そういえばあの部屋には窓がなかった。
それでも違和感を感じなかったのはこの世界がゲームの世界だと割り切っていたからなのかどうかは今の僕には分からない。
「ここの扉を出たら、決して、振り返ってはいけません。ユウマ、あなたの冒険はここから始まっていきます。いいですね。これから先の未来のことをただ真っ直ぐに見て進んでください」
「分かりました。お世話になりました」
マリにお礼を告げ、僕は彼女に背を向け扉を出る。
彼女の言葉を胸に、ここから始まる冒険に少しばかりワクワクしていた。
しかしそのワクワクも次の瞬間に崩れることになる。
家を出てからしばらくすると、後ろから悲鳴と何かが崩れる音が響く。
振り向きたい衝動に駆られながらも、彼女の言葉を思い出す。
『決して振り返ってはいけません』
その言葉を思い出し、唇を噛みしめたまま前だけを向く。
まるで彼女はこうなることが分かっていたかのようにその言葉を残した。
そう思うと後ろを振り返りたくても振り返れない。
彼女を心配する気持ちと、彼女が残した言葉の間に挟まれ葛藤しながらも、ただただ前だけを向く。
これが、『ゲーム』から『本物』に変わる瞬間だと気付かずに・・・。