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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妹と浮気していた婚約者が婚約破棄を突きつけてきました……その人、私と入れ替わってた隣国の王女様だけど

作者: 玖遠紅音

「あっ、あなた! いったい何をしているのですか! ミリ――私という婚約者がありながら、あろうことか妹と浮気をするなんて!!」


 彼女(・・)は、受け入れ難い現実に酷くショックを受け、動揺していた。

 だがそれも仕方のない話だろう。

本来()の婚約者であるはずの青年――第三王子セルキー殿下が、妹であるマリィと抱き合いながら口づけを交わしていたのだから。


「あ、あらっ! お姉さまったら! 人の情事の邪魔をするなんて! は、はしたないですわよ!!」


「そ、そうだぞ! お前にはその、関係ないことだ!!」


 セルキーの煌く金髪も。マリィの鮮やかな紫髪も。

 どちらも溢れる冷や汗で台無しになるくらいに激しい動揺を見せた二人。

 当然だろう。この王国では、一夫一妻が基本であり、浮気は重罪である。

 無論王族もその例外ではなく、発覚すればただでは済まないだろう。


「なにが関係ない、ですか! 最も大切な存在であるはずの女性を前に、よくもまあそんなセリフが言えたことですね!!」


 状況を何とか理解した彼女は憤慨した。

 そのあまりの迫力に二人は一瞬気圧されそうになるも、すぐに鋭い目つきを彼女へとぶつけ、威嚇する。


「う、うるさいっ! 公爵令嬢とは言え所詮は貴族の娘! 王族であるこの俺のプライベートに口出しする権利などないぞ!!」


「そ、そうですわよ! セルキー殿下はこの国を治める偉大なる陛下のご子息。この程度の行いが許されないはずがありませんわ!!」


「何を言うかと思えば、この国の法では浮気は重罪ですよ! 王侯貴族が率先して法を守るからこそ、臣民もまた法に従うのです! 人の上に立つべき王族であるあなたがこのような行いをしては――」


 二人は王族であるセルキーの威を示すことで、自らの行いを正当化しようとした。

彼女はそれがどうしても許せなかった。

 

「ああもう、うるさいうるうさい! お前との婚約は破棄だ! これでいいだろう!!」


「なにもよくありません! このことは陛下に報告いたしますからね!!」


「やってみるがいい! お前と俺、どちらが真実となる(・・・)報告が出来るか思い知らせてやる! 覚悟しておけ!!」


「あっ、ま、待ってください殿下! お供いたします――」


 その身を震わせながらも盛大な捨て台詞を吐いて去る王子。

 そして子犬のように慌ててそれについていくマリィ。

 彼女はその光景をただ唖然としながら見送ることしかできなかった。


「はぁ……なんてこと……まさかミリアと入れ替わっている間(・・・・・・・・・)にこんなことになるなんて……」


 そう言って長い紫色のウィッグを取り外すと、美しい白銀の髪を揺らして大きなため息をついた。

 彼女の名前はヴェネット=アーケンブルグ。

 このシグリア王国と友好関係にある大国の第一王女その人だった。


「ひとまず、ミリアとお兄様のところへ行かなくては」


 この後の予定はすべて中止だ。

 とても残念だけれど、大切な友人のためならばと彼女は大急ぎで飛び出した。


 コンコン、とドアがノックされる。

 私がどうぞ、と言うと、美しい白銀の髪を持つ高貴な青年が部屋に入ってきた。

 

「あっ、ヴェルス殿下! ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れて申し訳ございません!」


「やあやあ、ミリア嬢。ごめんねー、今日も(ヴェネット)のワガママで不自由な思いをさせて」


「いえいえ! 大事な友達の頼みですから! これくらいなんでもありません!」


「へぇ。友達、かぁ」


 私はすぐに、己の失言に気づき冷や汗を流した。

 今目の前に立っているお方はヴェルス=アーケンブルグ殿下。

 友好国であるアーケンブルグ王国の第二王子であられる、私よりも身分の高いお方だ。

 そして彼の妹であるヴェネットもまた、同様の身分である。

 それなのにいくら公爵家令嬢である私でも、気軽に友達などと呼ぶのは――


「も、申し訳ございません! ヴェネット殿下にはとても良くしていただいておりましてつい――」


「いや、いいんだよ。むしろ嬉しくてね。籠りがちだったあの子にも友達と呼んでくれる子が出来たんだなぁってね。今後ともよろしくしてやって欲しい」


「あ、ありがとうございます!」


 私がそう言うと、ヴェルス殿下は二つあるうちのソファの一つに腰を掛け、私にも対面へ座るよう促してきた。

 彼とお会いするのはこれで3度目だけど、未だに緊張の糸が解けない。

 身分の差もあるけど、神が作った人形のように美しく整った顔立ちにその内面の器の広さを現すかのような穏やかな表情の組み合わせを前に間違い(・・・)を犯してしまいそうな自分を抑えるのに必死なのが大きい。


(いつ見てもかっこいい人だなぁ……これでいて学芸に優れ人望も厚いだなんて、天は二物を与えずという言葉を疑っちゃうよ)


 しかし私は婚約者を持つ身。

決して変な気を起こすことはないよう、今一度自分に強く戒める。


「それにしてもこれで何度目だい? キミとヴェネットが入れ替わるのは」


「今回で五回目、ですかね。ヴェネット殿下もお忙しい身故に気軽にはこちらへ来られないようですが、来た時は必ず一度は入れ替わっておりますので……」


「まあ、そのうちの二回――今回を含めたら三回は僕が付き添いで来ているからそれくらいだと思ったけど、すっかり満喫しちゃってるね。はは」


 最初は今から3年前。この奇妙な関係のはじまりはあまりに唐突だった。

 それまではたまたまアーケンブルグ王国からの使者の方をお目にかかる機会があって、その時に少しだけお話ししただけの関係だったのに。

 何故か私はその後秘密裏に呼び出されて、


「お願い! 一日だけ私と入れ替わってほしいの!!」


 そう、ヴェネットに頭を下げられたのだから、激しく動揺したのを今でも覚えている。

 そこにはヴェルス殿下もいて、彼にも同じようにお願いをされたのだから余計にね。

 どうやら私とヴェネット殿下は容姿がとても似ているらしく、お互い髪をちょっと変えるだけで見分けがつかないほどだったらしい。


 一度王族として扱われない状態で街を歩いてみたかったらしく、私はその夢を叶える適任だったそうだ。

 ヴェルス殿下としても溺愛する妹君の願いを叶えてあげたかったものの、平民に任せるには少々不安だったところに現れたのが公爵令嬢である私だったということで、この機を逃すまいと思っていたと後で聞いた。


 それからというものの、ヴェネットはこちらへ来る際には必ず予定に余裕を持たせて私と入れ替わる生活を楽しんでいる。

 その間私は基本的に貸し与えられた部屋で読書などをして過ごしているという訳だ。


「ところで私は少々小腹がすいたのだが、もしよければこの辺りに美味しい甘味処などがあれば是非付き合ってはもらえないかな?」


「甘味処、ですか? ですがその、今はヴェネット殿下のお姿を借りている状態ですのであまり外に出るのは……」


「なぁに。兄が妹をお茶に誘うのは何ら変なことではないだろう。少しくらいなら問題ないさ。それにキミもずっと部屋に籠っていたら気分も鬱屈としてしまうだろう」


「そ、そういうことでしたらぜひ……」


「あぁ、案内よろしく頼むよ」


 そう言ってにこやかに笑うヴェルス殿下。

 この人は多分、裏で女殺しとか言われてるんだろうな。

 お付きのメイドさんなんかの心情を察すると、少し不憫に思えてきた。


 そしてヴェルス殿下が立ち上がったのを見て、私も立ち上がったのだが。

 ドタドタドタと激しい靴音が廊下を駆けるのが聞こえてきた。

 何事か!? と身構えていると、バアンと激しくドアが開けられた。


「ヴェネット……?」


「はぁ、はぁーっ! 大変です! ミリア! お兄様!」


 大きく息を切らしながらも、鋭く真剣なまなざしをこちらに向ける私――の姿をしたヴェネットがいた。


「まったく。誰かと思えば……ヴェネット。お前はもう少し品のある行いをだな……」


「あ、お兄様。失礼いたしました――じゃなくって!」


 ヴェルス殿下はヴェネットの姿を認めると、小さくため息をつきながら彼女に近寄り、ドアをゆっくりと閉めてから懐に忍ばせていた手布を差し出した。

 ヴェネットはそれを受け取ると軽く汗を拭きとり、そのまま私の下へと歩いてきた。


「ミリア! 大変よ! 緊急事態が発生したわ!」


「はい……?」


 何のことだかさっぱり分からない私は、ぽかーんと口を開けたままだ。

 一方でミリアは鋭くもその奥に激しい怒り、いや悲しさ(?)を秘めた青色の瞳をこちらへぶつけてくる。

 いったい何があったの……?


「実は――」


 そこからヴェネットは、先ほど自分が目撃した信じがたい光景について詳細に語ってくれた。

 それは彼女が一度家へと戻り、再び出かけようとした時の事。

 私の婚約者であるセルキー殿下と我が妹マリィが、大胆にも屋敷の奥の部屋でひっそりと情事に夢中になっていたと言うのだ。

 

「うそ、ですよね? 私へのドッキリか何かですよね? そうですよね! ヴェネット!?」


「……私があなたにこんな下らない嘘をつく女に見える? 認めたくないけど、真実よ」


「そんなっ……!!」


 セルキー殿下との婚約は、正直に言ってしまえば両家の親が決めた政略結婚だ。

 子供のころから特別親しかったわけでもないし、そこまで好みのタイプでもなかった。

でも。それでも16歳になったときにいきなり婚約を言い渡されてから3年間。

 私は少しでも彼のいいところを見つけて、彼を好きになろうと努力はしたつもりだ。


「相手を選ぶ自由は無くても、幸せになる道を選択する自由は必ずあるわ。どの道を選ぶかは、あなたの頑張り次第。だから、精いっぱい幸せになりなさい」


 あの日、お母様に言われた言葉だ。

 実際ヴェルス殿下はちょっとプライドが高くて難しい性格をしている方だけど、複雑な心情だった当時の私のことをいろいろと気遣ってくれたし大切に扱ってくれていた……と思う。

 確かにここ一年ほど、あんまり私と積極的な関わりを持とうとはしてこなかったけど、まさか裏でそんなことをしていたとは思わなかった。


「なんということだ……彼がまさかそんな不義理を働くとは……」


「まったくです! ミリアという素晴らしい女性を婚約者にしておきながら、こんなことをするなんて許せません!」


「あぁ。これは見過ごすわけにはいかないな」


 ただ、どちらかと言えば呆然としている私以上に激しい怒りに震える二人を見ていると、ほんの少しだけ気分が柔いだ気がした。


 二日後の夜、私は当主であるお父様と共に王城へと召喚された。


 ヴェネットとの入れ替わりは一時中断となり、あの後ようやく事態を呑み込んで涙を流してしまった私に静かに寄り添ってくれていた二人も「やるべきことができた」と言って私を見送ってからどこかへ行ってしまった。


 現在の私のメンタルはボロボロだ。

 裏切られたショック。王族との関りが無くなってしまったことへの申し訳なさ。セルキーの逆切れ報復への恐怖など、様々な感情が織り交ざって胸が苦しい。

 お父様は「大丈夫だ。お前は悪いことをしていないんだろう?」と慰めてくれたけど、それでも吐きだしそうな自分を押さえつけるのに精いっぱいな私には響かない。


 今からどんな目に合うのか。どんな未来が待っているのか。

 それを考えるだけでまた泣いてしまいそうだった。


 王城へと足を踏み入れると、私とお父様はそのまままっすぐ謁見の間へと通された。 

 荘厳な光景と、玉座に座る初老の国王陛下の威圧感も相まって、私の心臓は今までにないくらい激しい鼓動を刻んでいる。


 辛うじて頭に残っていた作法に従い、お父様と共に膝をつく。


「面を上げよ。此度は我が息子セルキーと、そなたの娘ミリアの婚約に関して重大なる問題が発生したと聞く。セルキーよ。偉大なる神の名に誓い、余と皆に真実のみを語るが良い」


「はい」


 促されるがままに、兄弟と並んでいた第三王子セルキーが前へ出る。

 その手には一枚の紙が握られていた。

 彼はそれを突き出すように構えると、大きく息を吸って語り出した。


「この度、私セルキーはこの場にて重大なる罪を告白せねばなりません」


 彼が語り始めたのは、己の罪を告白し赦しを得るための告解――ではなかった。


「我が婚約者ミリア=アルネスティアは、私が以前よりいずれ家族となる者として親交を深めていた彼女の妹マリィ=アルネスティアとの間に不適切な関係があると誤認し、私を激しく罵ったばかりか、彼女自身もまた、平民街のとある甘味処で働く若き少年と関係を持っていたことが明らかとなりました」


「……ぇ?」


 セルキーが語り出したその内容を前に、私は言葉を失った。

 彼は一体何を言っているのだろうか。

 ありえない。私は浮気なんてしていないし、彼の浮気現場を目撃したヴェネットが嘘を言っているはずもない。

 確かにあの子の買い出しを何度か手伝ったことはあるけど、いくらなんでもそれだけで浮気というのは暴論過ぎる。


「して、その甘味処の少年とやらも証人として呼び立てたはずだが、姿が見当たらぬな」


「……彼は己の罪を深く悔い、自らの身をもって償いを行いました。彼を呼び出しに向かった際には、事実を認める旨と謝罪が書き込まれた遺書を……」


 そう言って彼は懐から一枚の紙を取り出し、陛下に差し出した。

 陛下はそれを改めると、ふむ、と頷き紙を返した。


「裁きの場に現れず、罪を自ら告白することもなく逝ってしまったのは非常に残念であるが、それが事実なのであればその者の意も汲まねばなるまいな」


「はい。しかして彼女は仮にも貴族の身分を与えられた身。故にその身分をはく奪し、しかるべき地にて深く反省を促すのが妥当かと恐れながらも進言いたします」


「余も同様の処罰が相応しいと考える。ミリア=アルネスティア。我が息子に相応しき淑女だと思ったのだが、残念だ」


「では早速――」


「――お待ちください陛下!」


 私を連れていくべく近づいてきた兵士たちを見てお父様が声を上げようとしたけど、その前に大きな声を響かせた人がいた。

 セルキー殿下をもう少し大人にしたと言った容姿の彼は、第一王子殿下だ。

 次期国王と名高い人望と器を持つ彼が、この決定を良しとしなかったのだ。


「どうしたセティアよ。貴様は我が決定に異を唱えるというのか」


「恐れながら。裁きの場というのは、双方の主張を聞くべきものであります。我が弟セルキーの言い分のみではなく、このミリア=アルネスティア嬢にも事情を聴くべきかと」


 そう進言すると、セルキーの表情は「面倒なことを……」とでも言いたげなくらい苦々しいものになる。

 一方で陛下は僅かにも表情を変えることはない。


「ふむ。いいだろう。ミリア=アルネスティアよ。申してみるが良い」


「ぇ……ぁ、う……」


 セティア殿下のおかげで、私にも弁明の機会が設けられた。

 でも、もう、私には耐えられなかった。

 頭の中は深い絶望に塗りつくされ、思考は完全に停止。

 ただ無様に涙を流しながら、壊れた人形のように口をパクパクとさせることしかできなかった。


 お父様が必死に肩を揺らして呼び掛けてきたけど、もう私は……


 段々と声が遠くなり、私の意識はそのまま闇に落ちていった。


それからの私は抜け殻のような生活を送っていた。

 正式な処罰が下るまでの間は軟禁状態に置かれると言われたけど、もはやものごとを深く考える気力を失っていた私は何も感じることなく頷くだけだった。


 メイドさんがベットのすぐ横の大きな窓を開けていったので、冬明けのやや冷たい風が頬を撫でてくる。

 ここは3階。少し視線を走らせば美しい街並みが目に入ってくる。


「……わたしは」


 やってない。

 いや、本当に、そうなのだろうか。

 

 もう、自分自身すらも信じられなくなってきた。

 最初は嘘だと信じたかった。

 でも実際に現実としてそれを目の当たりにし、その上いわれもない罪を被せられて処罰が下されようとしている。


「……ごめんなさい。もう、わたし」


 窓の淵に手をかける。

 膝も載せる。

 さっきより強く、風を感じる。


 あとすこし。あとすこし体重をかければ、私は楽になれる。

 食事もロクにとっていないから体に力が入らないけれど、あと少しだけなんだから、気にする必要はない。


「うーん、流石に三階までの壁登りは厳しそう――ってちょおおおおおおっ!! あなたいったい何をしようとしてるの!? ちょっと! すぐ行くからそこで待ってなさい! 絶対よ! 絶対だからね!!」


 今までに感じたことのない不思議な風を浴びていると、下の方から聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。

 視線を落としてみると、そこにははしごやロープなどを周囲に散らせたヴェネットがいた。


 彼女は私を見るや否や、すぐに走り出して玄関の方へと回っていった。

 なんだか勢いを失ってしまった私は、彼女の言葉へ従い、転がるように自分のベッドへと体を戻した。


 そして間もなくドタドタという激しい靴音と共に乱暴に部屋の扉が開けられた。


「ヴェネット……」


「ミリア! あなた何バカなことをしようとしているの!? 久しぶりに肝が冷えたわよもう!」


 私に対して激しい怒りの感情を向けながらも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 すぐさま彼女は私の下へ駆け寄り、何かを確かめるようにペタペタと手のひらを押し付けてきた。


 そして私がまだ生きていることに深く安堵すると、彼女はすぐ近くの椅子に腰かけた。


「とりあえず! 遅くなってごめんなさいっ! 迎えに来たわよ、あなたのこと!」


 そう言って唐突に差し出された右手。

 私がどうしたらいいのかわからず戸惑っていると、彼女はその手をさらに伸ばして強引に私の手を握りしめた。

 

「さあ、反撃の時間よ! こんなところで寝ている場合じゃないわ。いきましょう!」


 気づけば私はベッドから追いだされ、ヴェネットのペースに飲み込まれていた。

 王城の一室。

 

 ヴェネットに言われるがままについていくと、そこにはヴェルス殿下とセティア殿下、そしてセルキーが待っていた。

 ちなみに道中で聞いた話によると、一度彼女は正面から私への面会を求めたそうなのだが、まともに会話できる状態じゃないとお母様が追い返したらしい。

 それでもどうしても私のところへ来たかった彼女は裏道を探していて、その時にたまたま私が飛び降りようとしている場面に遭遇したのだとか。


 その後は緊急事態だからとごり押しで屋敷に入り込んで私の部屋まで来たと言っていた。


「ヴェルス殿。今回は極めて重要なお話があるとのことでこの場を設けましたが、そちらのミリア嬢は何故あなた方とともに行動を?」


「貴重な時間を取らせてしまい申し訳ない。セティア殿下、この場を設けてくれて深く感謝する」


 まずはこの場におけるトップの二人が挨拶を交わし、ヴェネットがその後に続く。

 セルキーは私の存在が不愉快なのか露骨に居心地の悪さを表に出していたが、セティア殿下には逆らえないのか、表立って文句を言ったり逃げ出そうとしたりはしない。

 ……いや、違う?


 どちらかと言えば私の右側に座るヴェネットの存在が気になっている様子だ。


「まずこちらのミリア嬢だが、この度謂れのない罪により裁きを受けていると耳にした」


「……それはどういう意味でとらえればよろしいか。我が父、国王陛下が決定された裁きを偽りと口にするのであれば問題になりますよ」


「勿論。何の根拠もなくこのようなことは口にしません。ではまず、こちらを」


 差し出したのは複数枚の紙。

 それを受け取ったセティア殿下は即座に記された文字に目を走らせると、


「これは……」


 その内容に酷く驚き、何度も何度も読み返している。

 そしてそれが間違いでないことを理解すると、くしゃっと髪を握りつぶし、思いっきり机に叩きつけた。


「セルキィィィィ! やはり私に嘘をついていたようだなああ!!」


「ヒィッ!?」


 顔を真っ赤にさせ、セルキーの胸倉を思いっきり掴む。

 セティア殿下の方が普通に体格的に上なので、セルキーは碌な抵抗も出来ないでいた。


「あに、うえ……くるし……」


「黙れ!」


「……これは僕の方でやらせた聞き取り調査の報告書だ。サインもしくは印を押させたからそこに嘘の証言はない。皆口々に言っていたよ。ミリア嬢の浮気現場など目撃したことはないとね」


「むしろあなたとマリィとやらが共に行動していたという目撃情報はたっぷり上がっていますわね! あなたが口封じに殺した(・・・)少年の父――甘味処の店主も、涙ながらに二人で店に来たことがあると証言してくださいましたわ」


 ヴェルス殿下とヴェネットは、次々とセルキーの矛盾点を指摘していく。

 どうやらあの後すぐに彼らは動き出したらしい。

 特にヴェルス殿下は「このままでは彼女の名誉に大きな傷がつく可能性がある」として、あらゆる手を尽くして情報を集めてくれたようだ。

 その時はまだ、私に関するうわさが広まっていなかったので皆正直に答えてくれたのだろうとヴェルス殿下は言う。


 私は目まぐるしい状況の変化についていけずただ混乱していただけだったけど、セルキーの胸倉をつかむセティア殿下の力がどんどん強くなっていくのは理解できた。

 セティア殿下は次期王に相応しい人格者と名高く、例え身内であっても不義理を働いたものは絶対に許さない。

 今回もセルキーに不審な点があるとある程度見抜いており、「もし私に嘘をついているようなことが発覚すれば、その時は今白状するよりも重い罰を与える」と脅したうえで裁きの場に望んだそうだ。


 陛下は王家としての体面を守りつつ不要なリソースを割かないためにも、怪しいながら私を犠牲にする形を選んだ。

 そのためセティア殿下は表立って動くことが出来なかったそうだが……


「貴様……私との約束を違えたことを深く後悔させてやるからせいぜい覚悟しておくんだな! ふんっ!」


「ぐげっ!?」


 セティア殿下はそのままセルキーを床に叩きつけると、すぐさま私の下へ来て深々と頭を下げた。


「この度は我が弟の行いによってその心身と名誉に深く傷をつけることとなってしまったこと、この第一王子セティアが王家を代表して深く謝罪申し上げる。本当に申し訳ない……」


 王族が貴族に頭を下げるなど、本来あってはならないこと。

 でもこの場でそれに突っ込みを入れる者は一人もいなかった。

 

「……それで、これからどうする?」


「無論、これらの資料を父上へお渡しし、再度正しき裁きを下していただく。その後はミリア嬢の名誉回復に努め、この馬鹿には重い処罰を与えることになるだろう」


「ひっ……」


「ぜひそうして欲しい。だけど僕から一つ提案がある。聞いてくれるかい?」


 そう言ってにこやかに笑うヴェルス殿下は、ちょっとだけ怖かった。


「ふふっ、これでしばらくの間一緒にいることが出来ますね!」


 そう言って隣で笑うヴェネット。

 その隣には満足そうに頷くヴェルス殿下もいた。


「あ、あの、今回はその、ありがとうございました……なんかその、良く分からないうちに終わっちゃいましたが……」


「もう、友達を助けるのは当たり前の事でしょう?」


「ヴェネット……」


 私は今、王族用の超豪華な馬車に乗せられている。

 どうやら私はこれからアーケンブルグへ向かうらしい。

 何故そんなことになったのかというと――


「ここで僕から一つ提案だ。今回の件でミリア嬢は心に深い傷を負った上、噂が消え去るまで居心地の悪い思いをすることになるだろう。それに一度遠い地にて反省を促すという準備がなされていたとも聞く」


「それならばミリアの身は我がアーケンブルグ王国で預からせていただきます!」


「……そうすれば互いに今回の重い事件を薄めることに繋がるだろう。悪くない提案だと思うんだけど、どうかな?」


 その結果がこれという訳だ。


 一応表向きは留学ということになっているが、向こうでどんな生活をしたらいいかはまだ考えていないらしい。

 この流れは8割以上ヴェネットのごり押しで決定したらしく、これを機に私ともっと友達らしいことをしたいと言っていた。


「せっかく私たちの国に来てもらうんだから、こっちの方が居心地がいいって思わせて見せますよ! 連れていきたい良いところがいっぱいありますからね!」


「そういえばミリア嬢とのお茶も流れてしまったことだし、今度は僕の方がいいお店へ連れて行こう。楽しみにしていてね」


「あ、ありがとうございます……」


 そう言ってヴェネットには手を強く握られ、ヴェルス殿下には後光が見えそうな優しい笑顔を向けられた。


(……私はきっと、幸せ者なんだろうな)


 深い絶望に包まれていた時は顔すら思い出すことが出来なくなっていたにも拘らず、私に代わって深く怒ってくれて、助け出してくれた二人。

 私が飛び降りようとした直後のヴェネットの辛そうな顔が頭から離れない。

 全てが終わり「もう大丈夫だ」と優しく私を撫でてくれたヴェルス殿下のことも。


 まだ心の整理はついていないけれど、きっと私はやり直せる。

 この二人が一緒にいてくれれば、また前みたいに明るく生きることが出来る。

 

 今はそれを信じてみよう。



ここまでお読みいただきありがとうございました。


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[気になる点] アホな元婚約者とミリアのバカ妹がどんなざまぁがあったのか、知りたかったです。 [一言] 面白かったです。
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