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脅かさないでよ、如月くん!  作者: 豚ゴリラ
2/2

Prolog 01 脅かさないでよ、如月くん!

目を覚ますとそこは異界の駅でも天国でも地獄でもなくヒノキの匂いが落ち着く木の天井が特徴的な古民家でした。

「あれ?なんで?」

「おはよう、よかった。元気そうでなにより」

そして私のよく知る有名人が浴衣姿で襖を開けるのもセットなのを見るとどうやら私の計画は、

「失敗した……」

「失敗?」

「いえ、なんでもありません。きさらぎ、くん」

真っ黒なセンター分けの黒髪に中性的な顔立ち。いかにも顔が整ってるこの人はうちの学校の有名人だ。漫画やアニメのようにイケメンだから有名人なのではなくとんでもなく変人で有名な同じクラスの変わり者。なんでも幽霊が見えるとかで黒魔術の研究をしたり飼育小屋の鶏を殺して食べたり先輩を宙吊りにして何か変な儀式をしようとしたりと色々な伝説を持つとんでもない問題児。顔が良いので何人かが会話を試みようとしたが話ができない、いや通じなかったという。成績も良くて運動神経も良いのに本当になんでだろうな。と思っていたけれどそんな私が気にするほどではなかった。でも今はどうだろう。自殺しようとした私と変人くん。意思疎通はとれるのか。いや今、一応会話できたしできるよね。うん、さっと話してさっと帰ろう。

「ねえ、夜見さんはなんで死のうとしたの?」

「えっ」

「いじめ?失恋?家庭崩壊?聞かせてよ、君の不幸自慢」

至近距離でしゃがみこんだ如月くんのアメジストの瞳がキラキラと好奇心旺盛の子どもみたいに光る。悪気はないのにこの言い草。うわ、本当に変な人だ。肌で感じる嫌な感じに身体を横へとずらす。ニヤニヤと笑った顔が鼻先まで近づいてるのにイケメンなのになにもドキドキどころか愛想笑いもできない。むしろ怖い。ここは話を変えよう。

「あの私を助けてくれたんですか?」

「うん、面白そうだから」

「面白い?」

「俺はあそこで自殺する人を沢山見てきた」

「たくさん?」

「そう。自殺する瞬間も見てたりした時もたくさんあったよ。まあ助けたりはしなかったけどね」

「え?」

なんか今、さらっと怖いこと言った?顔を引っ込めた如月くんはなんてことなさそうに畳の上で胡座をかく。頬杖をついて私を見る何を考えてるか分からない猫目で私を捉える如月くんにゾクリと背中が寒くなった。

「ねえ夜見さん。人ってさ溺れて死ぬのに大体どのくらいかかると思う?」

「え?いや、考えたことないです」

「10分」

「……」

「10分で大体人は水の中で死んで30分後くらいには浮いて出てくるらしいよ」

「へ、へえ?」

何が言いたいの。怖いんですが。これがサイコ映画だったら間違いなく私はこのあと殺される。え?待って、殺されたりする?如月くんに殺されるって……そんなことあるわけ、ないよね?話して5秒で分かるやばさに殺されてしまうんじゃないかという焦燥感と恐怖が溢れる。被害妄想も甚だしいけど彼の数々の奇行を見ると冗談と片付けられない。布団のなかに寝そべってる身体を起こして本格的に距離を取ろうとすれば畳に置いた手がひんやりとした私よりも色白で骨ばった手が重なった。

「ふふっ、ふふふふっ」

「え!?なに!?」

「夜見さんは面白いよねえ」

「な、なにが?」

「食べられるとか思ってる?」

「私を食べても美味しくないかと!」

「あ、そっちなんだ?まあいいけどさ」

そっちってどっち!?私の心のツッコミも虚しく意味深に笑う如月くんは顔を俯かせたまま笑い続ける。本当に怖いんですけど!なんで笑ってんの!?マジで食べられるかもしれない。殺したあとに食べるとか?そういう趣味!?この人なら、如月くんならありそうだ。この短い時間で話してわかる。この人、ソシオパスどころじゃない!本当のサイコパスだ。重ねられた手を振り払って開けられた襖の向こうへ飛び出す。

「え、嵐?」

というか雨の向こうに見えるのは全て見覚えのない山、山、山。でもサイコパスが追っかけてくる方が問題だ。右を見ても左を見ても続く縁側の廊下。悩んでる場合じゃない。勢いよく縁側の廊下を右へ右へと突き進むと大きな地響きがした。

「か、雷」

お腹に響く大きな音。早く玄関を探さなくちゃ。うろうろとさまよってそのうち中廊下へとやっと入って走っていく。ここ、広すぎでしょ。玄関どこにあるんだ!早くしないと!早く!あのサイコパスに追いつかれる前に!

「つーかまえた」

「ぎゃあああ!!!」

ガスッ!という物凄い音をたてて襖の障子を突っ切って掴まれた腕。細く白いホラー映画で出てきそうな青白い腕に振り払って座り込む。なんでこんなB級ホラーの主人公みたいな気分を味わってるの、私。もうなんなの、この手。ギュッと目を瞑って恐怖にガタガタと震える体に心臓が煩くて耳鳴りまでしてくる。あぁ、神様仏様妖怪様!お願いします!

「死にたくない!」

「なんだ、死にたくないんだ」

「え?」

「なら最初っからそう言えよな、夜見さん」

目を開けると開いた襖から出てきたのは如月くんだった。

「如月くん!?」

「夜見さんって結構デンジャラスだよね」

「は、はい?」

「急に湖に飛び込むし、急に出ていくし、急に悲鳴あげるし」

「それは、その……」

最初の以外は全部如月くんのせいですとも怖くて言えない。そんな私を見かねた如月くんはもう一度しゃがみこんで私と目を合わせると人懐っこそうな笑みを向けてくる。

「で、なんで夜見さんは死のうとしたわけ?くだらない理由だったりさっきみたいに逃げたりしたら追いかけ回して顔の原型なくなるまで殴るね」

「脅し!?」

「ほら、早く。10秒以内。いーち、にー、さーん、」

「いじめと家庭崩壊とSNSいじめです!!」

「失恋以外は当たってたんだ。ていうかいじめ2回なかった?」

「えっと、そうですね?」

「夜見さんって運動は普通で勉強学年最下位だっけ?」

「何故それを知ってるんですか?」

「あははっ、知らない人の方が珍しいよ。最下位の夜見さんって有名じゃん」

「ウソ!?」

「うっそー。というか夜見さん本当に最下位だったんだね」

要らんカミングアウトをしてしまったことに気づいた。くそ、私ってば。悪癖だ。悪い癖だ。ああ、そういえばいつもこうだ、要らないことを言って怒らせる。あの時もあの時だってそうだ。紙の破ける音と強い窓を叩く風の音が頭のなかで聞こえてくる。

『夜見ってさ本当だらしないっていうかキモイっていうかさ。気づかない?』

『お前は本当に余計なことしかしないよな』

『なんで生きてるんだろうね、アイツ』

『あんな失敗をするなんて恥さらしにもほどがある』

頑張っても失敗ばかりの私はとうとう怒らせてしまった。謝ってももう許しては貰えない。私は何時だって要らない子なんだと現実逃避に走ることしかできない。悲劇のヒロインぶるつもりなんかない。自分が悪いって分かってる。だからいつも思うんだ。なんでもっと上手くやれないんだろうって。独りぼっちは怖い。人の悪意は怖い。敵意は怖い。痛い、苦しい。

「しにたい」

ポツリ零れた逃げの末路と零れた大粒の涙に顔をあげる。薄暗くなった視界に柔らかい唇の感触。一瞬の出来事に呆気にとられる。甘い砂糖菓子のような鼻から抜ける甘さ。おかげで止まった涙にその行為をした主は不敵に笑った。

「うん。よし」

「え?なに、は?なにが?え、ちょっとまって。というか今なにして、ええええっ!?」

これが如月くんというちょっと不思議な同級生との衝撃のファーストコンタクトでありファーストキス。初夏の嵐のなか、私は彼にファーストキスを捧げてしまった。

「君の望み通り。これで今までの君は死んだ。だから今日から新しい夜見聖奈として生きる。ほら、よく言うでしょ。馬鹿は不死身だって」

キスで人が死ぬわけあるか!そう叫んでやりたかった。少女漫画的突拍子もない変人すぎる行動に頭を痛めながら彼のマイペースさに今までのことやファーストキスなんかもバカバカしくなってくる。肩肘張ってたのバカみたい。

「はああああ。うん、知ってた。如月くんってそういう人だよね」

「そういう人ってどういう人?」

「サイコパス」

「心外だなぁ。あ。もしかしてさっきの話全部信じたりしてる?」

「え?」

「あんな湖で自殺しようとしたのを見るのは夜見さんが初めてだよ」

強い風が止む。何時かも分からなかった暗い空が晴れて陽光が差し込んで不気味なくらい真っ黒な彼の黒髪と暗い紫が不思議なほどキラキラと光って私をゆっくり見据えた。とくん、と春の桜並木を見たみたいな徹夜明けの朝焼けの眩しさのようなチリチリと目の奥を刺激される、無邪気な笑顔。噂って本当なのかな。一瞬考えて顔のせいだろうと柔らかくなった空気に首を振って誤魔化す。

「そ、そんな。流石にそれは信じてないよ。はは、分かってたしー」

「君を食べようとしたのは半分は本気だったけどね」

「ははははっ!やだなー、如月くんってば怪談師並に冗談がお上手なようで!」

「どうかな」

「ヒェッ」

ほら、やっぱり。

「なーんちゃって」

顔のせいじゃないか。無駄に良い顔のせい。デフォルトにも見えるクラスや奇行に走った時によく見るヘラヘラとした笑顔に私もデフォルトとなっているいつも通りの焦った顔をして立ち上がった。

「脅かさないでよ、如月くん!」

私の深い暗がりに気付いて欲しくなくて、彼の本当に踏み込みたくもない中途半端な礼儀知らずな私の我儘。嗚呼、また繰り返してしまう前に離れなきゃ。



「今日、学校なのにサボっちゃったなー。誰かさんのせいで」

「如月くんいつも意味もなくサボってるじゃん……」

あれからまたやってきた嵐に如月くんは「もうちょっとゆっくりしていきなよ」と物凄く強い力で私を引きずってザルにみかんが積まれたテーブル、もといこたつだったちゃぶ台の前へと座らされた。2人で季節外れの蜜柑を食べながらテレビを見て気づく。つまらないニュースの左上。お昼時の時間を示すその画面にぎゅるるるとお腹が鳴く。死にたくなってもお腹が空くなんて不思議だ。

「夜見さんってさ料理できる?」

「え?まあ人並みには」

「採用!」

「はい!?何に!?」

「今お腹空いてるでしょ」

「すみませんね!お腹の音うるさくて!」

くそ!テレビの音で聞こえてないかと思ったのに!誤魔化しきれなかったことに顔が熱くなる。というよりも何に採用されたんだろうか。私の疑問にやっぱり今回もまた答えるつもりのない如月くんは興味津々な目で私の手をとった。

「なんか作ってよ」

「は?」

「得意なんでしょ」

「得意とはいって、ああ!ちょっと!」

本当に人の話を聞かない人だ。私の手を引いて進んだ先。和風なお家には似合わないアイランドキッチンにダイニングテーブル。床は大理石なのに周りはほとんど襖や和風な造りの壁。ミスマッチでアンバランスな部屋。親御さんの趣味なのかな。親。

『お前のために金を使うのはドブに捨てるのと一緒だ』

嫌なことを思い出した。親御さんは?と如月くんに聞こうかと思って自分で墓穴を掘る。馬鹿だな、私。そしてまた負の連鎖が心のなかから派生して起こる。嫌なことがたくさん思い浮かぶ。有り得ない絶望的な未来も全部。嗚呼、やっぱり死にたい。なんでこの人は私を助けたんだろうか。

「なんで」

「ん?」

「なんで私を助けたの」

「普通、人が死のうとしてたら誰だって助けるでしょ」

「普通じゃないじゃん、如月くん。だから聞いてる」

「なにそれ心外。俺だって普通に良心くらいあるよ。それに家の近くで死なれたら夢見が悪い」

「本当にそれだけ?」

「それだけだよ」

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