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  作者: あおいさかな
8/21

貘 1

 占いと言ったら、暗幕のかかった薄暗い部屋で、黒いローブを着たおばさんが水晶玉を前に座っているというイメージが強い。気分の悪くなるような香がたかれて、不気味なインチキ占い師が悲観的な言葉ばかりを並べ立てる。

 占い館という名称の貘という店も、そんな胡散臭いところなのだろう。そんなふうに思っていた。

 ところが、貘という店は、そんなイメージとは全くかけ離れていた。

 夢の中でもらった一枚の紙切れは、俗に言うチラシだった。それも、妙なうたい文句と店の住所や電話番号が書いてあるだけの、簡単なもの。家のすぐ近くという住所は気になるが、そんな店は聞いたこともなかった。

 そもそも占いなんて信じられないし、運勢を診断されたところで、何の解決にもならない。雷は、チラシをゴミ箱に向かって投げた。はずれ。ひらりと舞った紙切れは、ゴミ箱の脇に静かに落ちた。貘という文字が目に映る。

 貘って、悪夢を食べるっていう生き物だよな。

 雷は、もう一度チラシを拾い上げた。

 得体の知れない占いに頼るなんて、自分も相当まいってるな。雷は、自嘲気味にそんなことを思った。しかし、結局その妙なキャッチフレーズと、貘という店名が気になって、雷はいつの間にか学校もサボって店の前まで来てしまっていた。

 町外れのさびれた雑貨屋と民家に挟まれた真新しい建物が、貘という店だった。

 一見、洋風のしゃれた喫茶店のような感じの店で、占い館という名称にそぐわない、大きな窓がついていた。窓は開かれていて、白いレースのカーテンが風に揺れていた。扉には、オープンと金色の英字で書かれた深緑のプレートがぶら下がっている。

「開いてるんだよな…?」

 雷はプレートを見つめたまま、呟いた。

 辺りには、人影はない。店の中もしんとしていて、本当に営業中なのか疑ってしまうほどだ。

 入ろうか、それともこのまま帰ろうか、迷ってしまう。たかが夢見が悪いってだけで占いに頼るなんて、男のくせにそれもいかがなものか…。やっぱり今からでも学校へ向かおうか。

 しかし、入り口で考え事をするのは、危険だった。

 雷が腕を組み、首をかしげた瞬間だった。

 しんとした店の扉が、突然内側から開いた。木製の硬い扉は、当然のごとく雷の額を強打した。

 鈍い音が思いのほか大きく響く。雷が額を押さえてよろめいたのと同時に、甲高い叫び声が上がった。

「ごっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

 顔を上げると、雷の目の前に一人の女の人が立っていた。

 大人っぽい顔立ちだが、どこか落ち着かない雰囲気の人で、セミロングの茶色の髪を後ろで一つにまとめている。ジーンズにティーシャツというラフな服に、店のロゴが入った紺色のエプロン姿。

 エプロンには、岸田楓と書かれたネームプレートがつけられている。店の従業員であることは間違いないだろう。

 彼女は、慌てた調子で弁解を続けている。

「あの、本当にごめんなさい。声が聞こえたから、誰か来たのかなって思って…。お怪我、ありませんでしたか?」

 あの小さな呟きが、聞こえたのか…。

 雷はそう思いながら、額に当てた手をちらりと見た。とくに血が出ているわけでもない。派手な音の割には、威力は小さかったようだ。雷は両手を顔の前で振ってみせた。

「大丈夫です。俺のほうこそ、すいません」

 良かったぁ。従業員は、そう呟いた。そのとき、店の奥から声がした。

「岸田、客か?」

 男の声だった。岸田楓が、その声に答える。

「はい。お客さん…ですよね?」

 後半は、雷に向けられていた。

「あ、はい。客…です」

 楓はにっこりと笑い、どうぞ、と店の中を示した。

「お、おじゃまします…」

 雷は軽く会釈をして、中に入った。

 外見と同じく、店の中もまるで喫茶店のようだった。

 小さな木製のテーブルと椅子がいくつも並び、正面にはカウンターまで備え付けられている。普通の喫茶店と違うのは、店の中が静寂に包まれている点だった。音楽もラジオの音もない。

 楓が扉を閉めるかすかな音がやけに大きく感じられた。

 店の一番奥に、他より少しだけ大きなテーブルがあり、向かい合わせにソファが置かれていた。壁際に置かれたソファで、一人の男が新聞を読んでいる。さっきの声の主だろう。南向きの窓から入ってくる光が、男を照らしている。

 妙な男だった。長い足を組み、二人掛けのソファのど真ん中に座っている。傷みきった髪は色素が抜けて、みすぼらしい茶色をしている。長い前髪の間から見えるのは、据わった目。がりがりに痩せているのに、頼りない感じが全くしない。歳は二十代半ばといったところだろう。

 男は読んでいた新聞を畳んでテーブルに置くと、扉のそばで立ったままでいる雷に目を向けた。

「どうぞ」

 男は空いている方のソファを指差した。雷は軽く頭を下げると、男の向かいのソファに腰を下ろした。

「占い師の紫藤久遠だ。よろしく」

 男が静かな口調で名乗る。

「はぁ…」

 雷は、久遠が差し出してきた手を握った。

「ここに来た用件は、占いか?手相の診断からタロット占い、水晶占い、夢占い…。何でも承っているが。それとも」

 久遠の目が光った気がした。

「あんたが、瑞葉の言っていた奴か?」

 瑞葉。みずは。久遠は今、確かにそう言った。

「あの、みずはって…」

 雷は慌ててポケットを探り、貘のチラシを取り出した。

「あの。俺、このチラシ見て来たんです。最近妙な夢が続いていて。実は今朝、夢の中でみずはって人に会ったんです。それで、目が覚めたらこのチラシがあって。悪夢を解決しますってあったんで、来てみたんですが…」

 途中から、自分が何を言っているのかわからなくなった。

「あの。言ってることめちゃくちゃで、すいません」

 雷が俯くと久遠は、言いたいことはわかった、と呟いた。

「やっぱりな。瑞葉のやつ、勝手に仕事を引き寄せてきやがって。人手不足だって言ってるのに」

 まあいい。客は客だ。久遠は長い脚を組みかえると呟いた。

「貘の依頼か……」

「え?」

 貘って、店の名前だよな。久遠の言葉の意味がわからず、雷は首をかしげた。そのとき、軽い足音がした。振り返ると、楓が飲み物と菓子皿を運んできた。

「コーヒー、大丈夫ですか?」

 頷いて礼を言う雷の前に、カフェオレが置かれる。久遠には、ココア。久遠が菓子皿に乗ったチョコレートの包みに手を伸ばしながら、楓に言った。

「岸田。竜二、戻ってるか?」

「今日は来てませんね。連絡、とってみます」

 楓は笑顔で答えると、カウンターの脇のドアへと消えた。

 久遠はココアを一口飲むと、雷に視線を戻した。


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