二話
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姉と両親に無理矢理に王宮にまで連れてこられた挙句、強制的に婚約者を探すパーティー的なものに参加させられる事になった。
それが私、アンナ・フェデリカの今置かれている状況であった。
「……そもそも、貴族との婚約とか嫌なんだよなあ。陰湿な奴多いし。前世では結婚から逃れる為に宮仕えの魔法使いになったっていうのに、今度は地盤を固める前に強制的に、ってわけですか」
逃れられる術は……どうにかしてパーティーをすっぽかすくらいなものではなかろうか。
そんな事を考えていた私は、王宮へと共にやって来ていた家族の目を掻い潜り、庭園へと訪れていた。
私には、前世の記憶があった。
それも、幼い頃からずっと。
アンナ・クロイツとして生きた記憶が鮮明に私の中に存在していた。
「特に、私やクロに散々嫌がらせして来たヤツらと縁を結ぶとか割と本気で反吐が出そう」
幸い、私を前世の記憶を持ったまま転生でもさせた神様は優しい人であったのか。
フェデリカの家は、私が関わった政争において我関せずと静観を貫いていた貴族のうちの一つであった。
だからか、余計に刺客とか放ってくれやがったお家の連中を見ると反射的に睨むか、全く目が笑ってない愛想笑いをするくらいには敵愾心がメラメラと燃えちゃっていた。
転生してから早、十五年。
十五年経っても消えないのだから、多分もう一生消える事はないんだろうなって諦めの境地である。
「……にしても、どうして私もついて来ちゃったかなあ」
王宮に向かう事自体、もうそれは物凄いくらい駄々をこねればなんとかなりそうな感じはあった。
でも、私はあえて、一回だけですからねと言って元々半強制的だったとはいえ、真面目について来てしまった。
貴族の顔なんて叶うならば見たくもない。などと、心の底から思っている私らしくもない。
そう思ったのも刹那。
赤色に染まった花が咲き誇る庭園を前に、不意に胸にすとんと落ちる。
赤色の花が赤髪を連想させ、そして、
「……クロの顔を、見たくなったのかなあ」
口にしてしまうと、それが正しかったのだと言うように、無性に納得が出来てしまった。
「とは言っても、クロだって私の事なんてわかる筈もないのに」
転生である。
私が逆の立場だったら、百パーセント信じない。
だから、会うなんて事は論外で。
……だけど、それでも、私は本当に少しの間だけだったけど、世話を焼いた弟分のような存在の顔を見たかったのだろう。
元気にしてるのか、知りたかったのだと思う。
きっとだから、姉や両親の誘いにこうして乗ったのだろうし。
「寂しがり屋だったけど、元気してるといいな。まぁ、本当に国王陛下になっちゃってる事はびっくりなんだけれど」
クロを追い出した連中が、全員揃いも揃って自滅したのだと知った時は呆れて言葉も出なかった。
そして、厄介払いにと早々に追い出したクロを迎えざるを得なくなった、というのが現状だ。
笑い話にしても笑えない。
「赤色の花、か」
花は好きだった。
なんとなく、心が癒されるような気がして、好きだった。
「クロの髪の色だね」
元々、クロード・アルセラートという人間は、生きる理由を持ってない少年だった。
厄介払いに、殺される事を許容し、だったらさっさと楽になりたい。
そんな考えを抱いていたクロを、どうにか説得しながら私ががむしゃらに助けた人だった。
名前はクロなのに、髪色は赤色。
おっかしいねって笑ったんだったっけ。
などと昔のことを懐かしみながら、私は花の側でしゃがみ込む。
「パーティーには参加したくない。でも、クロの顔はちょっとくらいは見ておきたい。……うぅん。どうしたものやら」
曰く、パーティーにさえ参加すればクロには会えると姉と両親は言っていた。
なにせ、パーティーの主賓である。
それが当然だ。
しかしながら、一部の貴族諸侯を目にすると反吐が出てしまいそうになる宿痾を背負って生きる私にとってパーティーの参加は至難のわざ。
何より、一度参加してしまえば途中で抜ける事は多分出来ないだろうし、立ち入ったが最後、私にとっては長い長い地獄の1日が始まりを告げる。とてもじゃないが耐えられる気がしなかった。
「ちょうどばったり、散歩中のクロと出会う事があればいいんだけど……そんな偶然はないよねえ」
今の状態の私がクロにしてやれる事は何にもないとは思うけど、世話を焼いた名残りなのか。
はたまた、助けるだけ助けておいて、一人先に逝って残してしまった事に対する負い目か。
……自分でもよく分からないけど、遠くからでも良いから一目、見ておきたかった。
やがて、花をじとーっと眺める事数分。
宮仕えであった前世の知識を活かし、王宮の執務室があった場所の付近にいこう。
そうすれば、偶然を装ってクロに会えるかもしれない。
そう思って立ち上がり、姉や両親の存在に自分が気付かれていないかと周囲を見渡した————その時だった。
「————クロ?」
口をつくように、反射的に声が出た。
随分と成長してはいたけれど、窓越しに此方を眺めていた赤髪の青年に、私は覚えがあった。
厳密には、その姿にクロの面影を感じた、が正解であるんだけれども。
そして私の見間違いか。
クロらしき人物も、何故か私を見て驚いているようであった。
……まさか、私の知らない間に庭園が立ち入り禁止になっていたとか……?
そういえば、全く人いないし……可能性あるぞこれ。
などと、パニックを起こし、どうしようどうしよう、謝った方が良いのかな、これ。
右往左往する私をよそに、いつの間にか窓越しに映っていたクロらしき人はいなくなっていて。
「————名前は」
いつの間にか庭園へと向かって来ていたクロらしき青年が、私に向かって不意にそう問い掛けてくる。
ぜぇ、ぜぇ、と小さく息を切らしていた。
きっと、慌てて降りて来たのであろう。
……処罰をする為に名前を聞き出すつもりなのだろうか。なら、ここはその場逃れに偽名を……。
などと本気で思っていた私であったけれど。
「あんた、クロって言っただろう。俺の顔を見て、クロって言っただろ」
続けられたその言葉のお陰もあって、なんとなく、違うような気がした。
ただ、近くで見ると余計に思う。
きっと、クロが成長したら、こんな感じになってたんだろうなって。
でも、あの部屋は私の記憶が確かなら王族の人が使う執務室ではない。ならば、目の前の人はクロではない誰かの可能性が高かった。
「あぁ、えっと、その……」
ここで馬鹿正直に、私の知るクロの面影がある人だったから反射的にクロって言っちゃいました。と、言うわけにもいかなくて。
真剣な眼差しで此方を見つめて来るクロらしき青年は、しどろもどろになる私の姿を前にした事でようやく我に返ってくれたのか。「……ぁ、いや、すまない。取り乱していた」と、謝罪をされた。
その尋常でない様子から、わざわざ下にまで降りて来た理由が私を咎める為ではなく、私が反射的に口にしてしまった「クロ」という言葉を読んでしまったからなのだと理解する。
「……いえ。私は全然構わないんですけども」
「そう言ってくれると、助かる。ちょうど、〝あいつ〟の話をしていた直後に〝クロ〟と呼ばれたものだから、つい、我を失ってしまった」
————あいつはもう、何処にもいない筈なのに。
普段から、鈍いとか姉や両親から散々言われる私でも分かる、悲しげな表情であった。
きっと、私が何気なく口にしてしまった言葉のせいで、彼の中にあるトリガーを引いてしまったのだろう。
そう思うと、クロの面影がある容姿も相まってか、放ってはおけなくなってしまって。
「……悩みでしたら、お聞きしましょうか? 人に話すと、気が晴れるかもしれませんし」
別に急ぎの用事があるわけでなし。
だったらと、そう提案してみると、彼は若干、驚いた表情を浮かべはしたけれど、やや悩んだ後、私のその申し出に頷いていた。
「あ、そういえば、名前を名乗るのを忘れていましたね」
初めに聞かれていたのに、言葉を捲し立てられていた事もあって名乗り忘れていた。
だから、折角だしと思いつつ、
「アンナっていいます。アンナ・フェデリカです」
若干、何故か私がアンナと名乗った際に目を見開いていたけれど、何か思うところでもあったのだろうか。
ただ、フェデリカと言うとその驚愕の色もすぐになりを潜めてはいたが。
「知っているとは思うが、一応、俺も名乗らせて貰う。だが、かしこまる必要はない」
かしこまる必要はない。
そう前置きをするほど偉い人なのかなと思ったのも刹那。
「俺はクロードだ。クロード・アルセラート」
…………。
…………んん?
私の気のせいだとは思うけど、めちゃくちゃ覚えのある名前が出てきた。
「一応、国王ではあるが、ただの代役のような国王だ。かしこまる必要などない」
私がクロード・アルセラートの名を聞き、身体を硬直させた事を見てか、再度言葉を繰り返す彼であったが、悲しきかな、彼の言葉は私の耳に全く届いていなかった。
確かに。
確かに、クロっぽいなあとは思ってたけど、本人とは考えもしていなかった……!!
というか、あそこ執務室じゃないでしょう……!
しかし、混乱に混乱を重ねる私をよそに、悩みを聞くと言ってしまった手前、悩みを聞かざるを得ない状況であって。
さらに、その言葉に甘えると言わんばかりにクロの悩みがぽつぽつと語られる事になった。