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一話

短編部分に少しだけ物語を書き足す形ですが、

楽しんでいただければ幸いです。

また、新規のお話は四話目となります。

「————断れ」


 シン、と静まり返った一室にて。

 設られた執務机に向かうように、椅子に腰掛ける短く刈り揃えられた赤髪の男、クロードはにべもなく、言葉を吐き捨てていた。

 しかし、即座に返事がやって来ない事に不信感でも抱いたのか、


「聞こえなかったか? 俺は、断れと言ったぞ」

「……ですが、陛下」

「くどい。これまでも幾度となく言ってきた筈だ。俺に、伴侶は要らん」


 繰り返すように告げられ、今回もまた駄目であったかと、従者らしき風貌の男、ヨシュアは瞑目し、小さく溜息を吐いた。

 ここまで情け容赦なく拒絶をされては、光明を見出せるわけもなく、今年で早、二十五歳。

 そろそろ後継者の事も考えて、良き伴侶を見つけて欲しいのですが……。


 という内心を必死に胸中までに押し留めながら、ヨシュアは「承知いたしました」と返事をした。


 ただ、鼓膜を揺らした返事に含まれた不満げな色を感じ取ってか。

 陛下と呼ばれた男、クロードは念を押すように口を開いていた。


「金糸のような髪を、長く伸ばした女性だったな」


 それは、ヨシュアがクロードの前で口にしていた縁談。その当事者であった女性の、事前に伝えられていた外見であった。


「……はい? それが、何か」

「言っておくが、アンナ(、、、)とどれだけ似た容姿の人間を連れてこようと俺は絶対に頷く事はないぞ」

「…………」


 クロードの言葉が図星だったのだろう。

 あからさまにヨシュアは表情を歪めて口籠る。


 アンナとは、かつてクロードが慕っていた魔法使いの名であった。

 まだ、クロードが幼かった頃、血で血を洗うような魔窟と宮中が化していた頃に宮仕えをしていた魔法使いの名であった。


 ただ、彼女はもう何処にもいない。

 それは他でもない、クロードが一番よく分かっている事実であった。


「俺のせいでアンナは死んだ。それだけが事実だ。分かったら、アンナを冒涜する事だけはやめろ」


 まるで、俺がアンナの容姿だけを好いていたような。そんな扱いをするのはやめろと底冷えした瞳に苛立ちの感情を乗せながら、クロードはヨシュアに向かって言い放った。


「それにそもそも、俺は仕方がなくこの地位にいるだけだ。世継ぎがいようがいまいが関係あるまい」


 国の行く末を憂いたからこそ、国王という地位にいるのではなく、血で血を洗う政争にて、勝手に兄弟が自滅し、死んでしまったが為に、随分と前に追放されたクロードが呼び戻された。

 それが事実であった。


 だからこそ、クロードからすれば縁戚の人間を据えればいいと思っている上、王位を継いだ十年前こそ、赤子同然であったものの、勝手に自滅した兄の子供を後継にすれば良いだけの話だろう。

 と、クロードは割り切っていた。


「故、王宮で催す明日のパーティーに、俺は参加するつもりは毛頭ない。政務で疲れているとでも連中には伝えておけ」


 ちょうど明日。

 ヨシュアのようにクロードに伴侶がいない事を憂いたある貴族諸侯の意向もあり、王宮内でパーティーを開催する事になっていた。

 一応、表向きは交流を深めるため。


 と言ったものになってはいるが、その実、クロードの伴侶をどうにかして見つけようと目論んだ貴族達による顔見せパーティーのようなものであった。


「……陛下。少しの間も、難しいでしょうか」

「悪い冗談はよせ、ヨシュア」


 静かな、本当に静かな呟きのような声音。

 けれど、そこに含められた怒りの感情を感じ取れないほどヨシュアは鈍くも、そしてクロードとの付き合いが浅いわけでもなかった。


「俺の境遇を知らんお前ではないだろう?」

「それ、は……」


 クロードの境遇。

 それ即ち、邪魔者であるからと真っ先に国を追われた存在であるということ。

 そして、念には念をと追っ手を差し向けられ、殺されかけた回数は数十にも上る。


 そんなクロードを、助けようとしたのはたった一人の魔法使いだった。

 他の貴族は軒並みその排除に加担するか、静観するかのどちらか。


 ただ、クロードもその気持ちは分かっていた。

 当時は、クロードの兄弟達が最有力とされ、多くの貴族を味方につけては血で血を洗う争いを行っていたと知っているから。


 しかしだ。


「この俺が、アレを経験した俺が、今更、静観か俺を殺すために動いていた連中の意見をなぜ聞かねばならない? なぜ、そんなクソどもの血を入れなければならない? 助けの手を一切差し伸べようとしなかった奴等の今更な好意なぞ、ありがた迷惑どころか、はらわたが煮えくり返るだけだ」


 粛清でも望んでいるのか?

 だったら、その行為は正しかったと言ってやろう。今すぐにでも大半の貴族共を粛清してしまいたい気分になったからな。


 クロードが捲し立てるようにそう告げる。

 その様子からして、これ以上、下手に言葉を紡げば本当にやりかねないと懸念し、ヨシュアは流石に口を真一文字に引き結んだ。


 ……ただ、最後に、


「……ですが、陛下にも心を許せる相手というものが必要でしょう。いつか、それではいつか、陛下が壊れてしまいます」

「成る程。お前まで関わっていた理由はそれか」


 ヨシュアがクロードの側仕えを出来ている理由はただただ単純なもので、己の追放及び、宮廷魔法師アンナ・クロイツの殺害に関与していない者と言える人間だからであった。


 そんな彼が、クロードの貴族諸侯に対する恨みを知らない筈はなくて。

 しかし、まるで伴侶を作ることを勧めようとしていた理由はそれかとクロード自身も漸く合点がいっていた。


「だが、余計なお世話だ」

「しかし、」

「俺の心の安寧というものになってくれる人間はいた。いたが、もういない(、、、)。それが全てだ」

「……しかし、アンナ様は陛下が苦しむ事は望んでおられなかった事でしょう」

「そうだろうな。あいつは、底抜けに優しいやつだったから、きっとそうだろうよ」


 アンナの話題を口にする時だけ、クロードの表情は穏やかになる。

 それは、クロードの側に仕える人間達にとって周知の事実であった。


 事実、アンナの名前を口にした途端、顔に浮かんでいた険が緩んでいる。


 ただ、それはつまり、それほど彼にとってアンナの存在が大きかったのだ。そして、そのアンナを殺したのが、国の貴族である。


 当時は、それが仕方がないとも言える情勢であったとはいえ、よくもまあ刺客を放ったであろう貴族、その全てを粛清せず、王位についていられるものだとヨシュアは何度思った事か。


 それ程に、クロードと貴族諸侯の折り合いは悪いの一言に尽きる。

 だからこそ、今回の縁談も、パーティーも、全てが駄目もとであった。

 そして案の定、駄目であった————と。


「だが、これはあいつが望んでいる、望んでいないの問題じゃない。それに、これは俺の罪だ。断じて苦しくなどない。何より、死者を想ったまま朽ちてゆく事の何が悪い? あいつは俺の全てだった。俺の世界そのものだった」


 ————あいつさえ居てくれたなら。


 たとえ命を狙われていようと、苦しい思いを幾度となく味わう事になろうと、俺は幸せだった。


 そんな俺の心の安寧、だ?


「……ここまで言えば分かるだろう。あいつの代わりは、何処にもいない。故、いらん気を回す暇があるなら政務でもこなせ。そんな気遣いは、俺には不要だ」


 クロード・アルセラートは、もう手の施しようがない程に歪み切っていた。

 そして、そう歪めたのは他でもないこの国の貴族である。それも、一人や二人でなく、大勢の貴族諸侯だ。それこそ、粛清されても仕方がないと言える人間はごまんといる。


 だが、何が理由なのか。


 クロードは粛清を全くと言っていいほど行おうとはしなかった。

 きっと、それはアンナ・クロイツによる何かが理由なのだろう。


 そうは思えど、誰も藪蛇を突きたくはない。

 故、理由は本人のみぞ知る。


「……失礼いたします」


 やがて、何を口にしようと言葉は届かないと悟ってか。沈痛な面持ちのまま、ヨシュアは執務室を後にする。


 残された部屋にひとり、ぽつんと残された形となったクロードは、小さな溜息を漏らした。

 そんな彼の視線の先には、護身用の剣が映り込んでいた。


「……何の躊躇いもなく死ぬ事が出来たなら、良かったのにな」


 クロード自身、自殺を試みた事は何度もある。

 それこそ、思った回数を律儀に数えるなら幾万と。


 しかし、それだけは出来なかった。

 怖いとか、そういった感情によるものではなく、ただ単純に、命懸けで救われた命を、己が寂しいからと、それだけを理由に衝動的に断ち切る事は真に正しいのか。

 それは、アンナに対する冒涜ではないのか。


 そう思うたび、踏ん切りがつかなかっただけであった。それ程までに、焦がれていた。

 クロード・アルセラートを現世に留めている理由というものは、その申し訳なさだけだ。


 それが無くなった瞬間、間違いなくクロードは生を手放すだろう。

 半句ほどの文句すら口にする事なく、笑って逝くだろう。死んだ先で、アンナに会える可能性が1%でもあるのなら、それは間違いなく。



 やがて、ヨシュアとの会話と並行して行っていた政務に一区切りがつくや否や、クロードは椅子から立ち上がり、すぐ側に設られた窓越しの景色を眺める事にしていた。


 広がる景色は、赤に染まる花々が咲き誇る庭園。


 アンナ・クロイツは、花が好きな人だった。

 それも、赤色の花を好んでいたとクロードに向かってよく話していた。

 ちょうど、クロードの髪の色のような花が好きなのだと。


「…………ん?」


 基本的に、庭園に人はあまり立ち入らない。

 わざわざ窓から庭園が見える位置にクロードが執務室を移動させた事は周知の事実であるし、溝が深い分、下手に怒りを買う事もないと彼に負い目がある貴族ほど、全く立ち入らない場所である。


 そんな場所に、一人の少女がいた。

 クロードにとって、見慣れない少女だった。


 花に誘われて来たのだろう。

 しゃがみ込み、花をじとーっと観察する様からそう予想をつける。


 別に庭園へ足を踏み入れる事にこれといった規制はなく、だからこそ、クロードは少女の存在を放っておこうと思った。

 ……思った、のだが、己の考えとは裏腹に、何故か彼女の姿を自然と目が追っていた。


「……金色の長髪に、魔法杖か」


 花を観察している少女の特徴を挙げる。

 それは、まるっきりアンナが好んでいた身格好そのものであったが為に、クロードは無意識のうちに口にしてしまっていた。


 そして、少女を窓越しに観察する事数分。

 やがてクロードの視線に気付いてか。

 二階に位置する執務室。

 その窓越しに映るクロードの姿を前に、少女は少しだけ不思議そうな顔を浮かべた後、小さく、口を動かした。


 それは偶然だったのかもしれない。

 ただの見間違いだったのかもしれない。

 けれど、クロードからすれば、そんなもので収められる衝撃ではなかった。



 ————クロ?



 声は勿論、聞こえていなかった。

 けれど、唇を読んだ限り、間違いなく彼の目の前の少女はクロ。と、そう言っていた。



『クロードじゃ、名前でバレちゃうし、何より名前が長い! だから、今から私は君の事は〝クロ〟って呼ぶ。長いと色々と不便だからさ、不敬だとは思うけど、今は許して欲しいな』



 それは、アンナ・クロイツがかつて、クロードに向かって言っていた愛称の名であった。

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