第3話 意味を求める
『娘を、どうかよろしく頼むぞ』
滅びた故郷へ向かう馬車に乗り、店主から最後に言われた言葉を思い出す。
目の前には、その娘――正確には娘の髪を使った人形が置かれている。
背中まで延ばした綺麗な銀色の髪。
緑と赤で構成された美しきオッドアイ。
白色のレースのドレス。
何も言わず、ただそこに佇むだけの美しき娘が今、私の前にいる。
きっと亡くなるその前は、可愛らしい笑顔で笑い、周囲の幸せにしていたのだろう。
確証などないけれど。
「さぞ、辛かっただろうに」
店主も自分の娘の為にもっと人形を作りたかっただろうに。運命という物はなんとも酷い物なのだろうか。
できる事なら、この娘を喋らせ、動かして、店主と合わせたい所なのだが。
それが出来たら、苦労はしないだろう。
――果たしてそうだろうか?
私の高位付与術の力は計り知れない、それは自分でも自負している。
あくまで動物の力を付与できるという曖昧な物でしかない。その力を付与できるのかどうか、それは一度試してみないと分からない物である。
もし、媒介があれば、無の存在を有の存在にできるのではないか。
娘の『意思』が残る何かを媒介とすれば、もしかしたら『娘』という生物の『意思』を付与できるのではないだろうか。
そんな物が、もし残っているのだとしたら。
「この髪」
初めて見た時から感じていたこの髪の力、どこか暖かい生命力。
娘さんの遺した言葉『髪で人形を作ってほしい、それで誰か人形の好きな人に渡してほしい』それが娘の『意思』となり生命力を与えているのだとしたら。
もしかしたら。
「ごめんなさいっ」
人形についていた娘さんの髪の毛を一本切り取り、人形の胸の方へ向ける。
「試したい」
魔術協会にいたからだろうか? 一度疑問に思った事は不思議とやってみたくなる。
危険な物、禁止、色々言われ続けた私の付与術によって、誰かを助けられるのなら、幸せにしてあげられるのなら。
暴走なんて危険も怖くない。
「……我が名はピリア=メーテルリンク。彼の者に意味を与える物」
手に置かれた銀色の髪に魔力を送ると、それは淡い光を灯しながら宙を舞う。
「我が付与術により、彼の者に捧げる物の『意思』を与えん」
「――付与!」
馬車の中が光で満たされる。御者も驚いたのか急停止し中の様子を見に来る。
「なんだなんだ、何があった!?」
光が晴れ、私は静かに目を開く。
手のひらにあった髪の毛は消え失せていた。
「おいお前さん、さっきのは一体なんだ!?」
御者の声を無視し、娘の方をじっと見つめる。
今の私の頭の中はただ一つ、成功してほしいと願う事だけだった。
…ピクリ。
「っ」
思わず身構える。暴走したという結果の前例があるからだろうか。
いざとなったら、自分を犠牲にしてでも御者を逃がし暴走を止める、それが出来るのは私しかいないから。
「……こ、は?」
「っ」
「こ、こは?」
「喋った……良かった、喋った!」
「うわぁぁ!? お前さん、それ人形だったはずじゃ!?」
「人形?」
暴走していない、不思議と目から涙がこぼれた。
娘さんが残した髪の毛に、意味を与える事ができたのだ。
「人形……ってことは私、死んじゃったの?」
「え? 待って、もしかして……店主の娘さん?」
「店主? おじいちゃんを知ってるの?」
想定外の奇跡が起きた、動き出した人形の意思、記憶が全て店主の娘と同じ物だった。
媒体として使用したのが娘の髪の毛だったことにより、意思は意思でも『娘の意思』を付与していたという事になる。
つまりこれは、実質娘さんの蘇生に他ならなかった。
「こんな事が」
「貴方、すごいのね! 人形の身体に、私の意思を植え付けるなんて」
「植え付ける……まぁ、そういう事になるのかな。付与術っていってね。力を付与できる魔法なんだこれは」
「へぇ、スゴイのね! あ、そうだ、せっかく喋れるようになったから、さ。おじいちゃんに会わせて!」
「え、あ、う、うん……御者さん、帝国に戻って!」
「お、おう、合点!」
娘さんの強い押しに圧倒され、つい御者に命じてしまった。
おじいさんとは完全に真逆だなぁ、と感じつつもどこか昔の自分を見ているような気分になった。
私も昔は娘さんみたいに色々強く言うような子だったっけ、魔術の勉強をさぼろうとした時とか……。
今となっては過去の話だけれど。
「ほら、御者さん早く早く!」
「へ、へい!?」
「こりゃ、大変だ」
私は思わず苦笑した。母もきっとこんな気持ちだったんだろう。
〇
「おじいちゃんのお店ってこっちだったよね!」
「私は今日しったばかりだよ?」
娘さんに連れられ、先ほどの人形店に駆けこむ。人形だからなのか、走る動きはちょっとぎこちなかった。
さながらそれは生まれたての小鹿のような。っていうと怒られそうだから黙っておく。
カランッと古い戸を開け、娘さんはおじいさんをまじまじと見つめる。
「いらっしゃ……お前さんは」
「おじい、ちゃん?」
「人形がしゃべったじゃと!? ……ぬ、待て、もしかしてその声、リリムか?」
「っ、おじいちゃんっ!」
人形となったリリムという娘は、店主の元へ駆け出し、ボロボロの床に躓きながらもガバッと抱き着いた。
店主も信じられないという表情をしつつも、その眼には小さな涙を浮かべ、そっとリリムの背中を抱きしめた。
「これは夢か……ワシにもお迎えがきたのか?」
「夢じゃないよ! おじいちゃんっ」
「おぉ……現実か。ワシはまた、娘の顔に触れているのか?」
私だって夢に思う出来事だ。なんだってそれは過去に亡くなった娘と今を生きる叔父が再会した瞬間なのだから。
それは、今の魔術では起こしえない禁忌である『蘇生呪法』なる物をしなければ成立しない御伽噺だ。
そんな御伽噺を、私はたった髪の毛一つで起こす事が出来た、そしてその結果二人は幸せな再会を果たした。
「リリムや、ワシはお前さんこそが生きる誇りじゃった。お前さんの為に人形を作る事が、何よりの幸せじゃった」
「私も同じ、おじいちゃんの人形があれば生きていけると思った、結果死んじゃったけど。でも、人形があったからまた再会できた!」
うわぁぁとまるで子供のように泣きじゃくる娘を店主はよしよしと言って頭をなでる。
見た目の人形が私と同じくらいの身長だから、その光景にはちょっと違和感さえも覚える。
それでも、私の付与術で一つの幸せを与える事ができたなら、それはそれでいい事だろう。
(私、場違いだね。帰ろう……)
私はくるりと後ろを向き、店から出ようとする。これから二人はあの頃得る事のできなかった幸せをここ帝国でまた歩んでいくことだろう。
それならば、もう二度と帝国に帰る事のない私は不要だ。
地位もはく奪され、忌まわしき付与術師とよばれた私が、この幸せの中にいる必要なんてない。
「ぁ、待って!」
人形となったリリムが、私の手を掴む。
「え、何?」
「えっと……ありがとう、って言いたくて。あと、何かお礼もしたいなって」
「お礼って、別になにも」
私はただ挑戦心で人形に意識を付与しただけに過ぎない。頼まれた訳でもないし、幸せを与える為にやったわけでもない。
そして何より、私の付与術で一つの幸せを与える事が出来たこの事実が、今の私にとっては微かな喜びとなっていた。それ以上のお礼なんかあるだろうか?
「じゃあさ、私と友達になってくれない? 貴方の事、もっと知りたいの」
「友達? ううん、止めた方がいいよ」
「何で、どうして?」
「私といると絶対危険な事に巻き込まれる。今日、私の魔術は危険だとか不要だとか言われてさ。もし、一緒にいたら……拍子で危険にさらしてしまうんじゃないかって」
口に出したくない言葉を私は次々と無意識に語っていた。
これじゃあ、せっかくの幸せなムードが台無しじゃないか。
不思議と、目から涙がこぼれた。
「貴方はおじいちゃんと再会できた、なら私じゃなくて目の前の幸せと一緒にいるべきだよ! 危険な私なんかじゃなく……」
「ううん、貴方は危険じゃない、私はわかる」
「え?」
この子は何を言っているんだろう、私の何が分かるって言うんだろう。
さっき出会って、さっき喋ったばかりな私の、何がわかるって……。
「初めてあった時、貴方は泣いてた。本当に危険な人だっていうのなら、涙何か流さないよ」
「泣いて、た?」
「うん、それに、今こうして私とおじいちゃんを幸せにしたんだもん! そんな事言った人は間違ってる」
「なに、を……」
私が、誰かを幸せにできる? この力で?
かつて仲間だった人を暴走させたこの力で?
皆を幸せになんて、できるのだろうか?
「一人の人を幸せにできたなら、他の人だって幸せにできるんです! 貴方の力が危険で不要な物だというのなら、それは間違いだと、世界に証明すればいいんです」
「そんな簡単に」
「私が手伝います! 貴方の力は役立つ物なんだって、世界に証明しに行くんです、私と貴方で! 貴方のその……えーっと、力を与える力で!」
「しょう、めい……」
自分は危険だと言われ、取り柄を失い、心はもう虚ろと化していた。
そんな自分に、リリムは笑って告げた。
「私と一緒に、意味を探しに行きましょう。世界に……力を与えるんです!」
「力、を?」
私は後ろを振り返り、店主の方を見る。
店主もそれを見ていたのか、うんうんと頷いていた。
私は目を閉じる。
「本当に、できるって、そう思ってるの?」
「はい、思ってます」
彼女の瞳は、決して曇らなかった。
人形だから当然と言えばそれまでだが、何故だかそれは人間の真剣な眼そのもののように思えた。
そしてそれは、彼女の意思だということも。
「例え、本当に私が危険だったとしても?」
「その時は、私が貴方を止めます」
想定外の答えだった。見ず知らずの私に、なんでここまで身体を張れるのだろうか。
無責任だ、馬鹿らしい。それでも、彼女は私の手を離さなかった。
でも、その馬鹿らしさに、私はどこか惹かれていった。
「私は、協会の『魔術で安寧と幸福を』という使命に、憧れていたんだ。カッコいいなって思った」
「はい」
「でも、その協会に危険だ不要だって言われたんだ。私に、その使命を果たす事なんてできないんだって、あの時すぐに悟ったよ。辛かったけれど」
「……」
「貴方はできるって言うけれど、今の私にはそう思えない。誰かを危険にさらしてしまうんじゃないかって、スゴイ怖くなる。その時、私はもうこの世界にはいられなくなる」
「それは!」
「でも、君が、君だけが、私をそういう風に見てくれるのなら……」
私は顔を上げて、リリムに問いかけた。
「私の傍で、その勇気を与えてくれますか?」
「ははっ、それは自分に付与できないんですか?」
「難しい……かな?」
「えぇ~? ……でも、貴方にできないというのなら、それは私がするしかないですね! 私が勇気を与え、貴方が力を与える。最高のパートナーじゃないですか」
「パートナーが人形って」
「笑わないでよ!」
私は大きな声で笑ってしまった。失礼だとは思ったが、そんなの気にしていられない程に面白かったのだ。
それでも、どこかリリムには期待してしまう、彼女の秘めたる力なのだろうか? いや、そんな訳ないか。
この与えられた勇気なら、私は常に前を見る事が出来るかもしれない。
なら、探し求めようじゃないか。
私の――この付与術の意味を。
――私の意味から見つける、異世界幸福論の旅に!
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