第2話 運命の出会い
「……行くあて無し、か。まさかこんなことになるなんて」
協会を去り、帝国の空を眺める。
清々しい程の曇り空だ、もしかしたらこの不幸を示唆してくれていたのかもしれない。
そういえば、私が抜けた事で四天術師は3人になってしまったわけだが、補充要因はいるのだろうか? 私の代役が務まれば良いが、それほどの魔術師がこの世界にいるだろうか? 自分で言うのもなんだけれど
まぁ私を外した奴らの事なんか考えても無駄だ。
「とりあえず、滅びた故郷に戻ってから考えよう、家の焼け跡くらいは残ってるだろうし……はぁ」
ため息をつき、帝都の門に向かって歩みだす。
私の滅んだ故郷はここから数キロ程離れた集落だ。よそ者が来ること自体が珍しいような場所にあるため、帰郷するのも一々面倒である、もう廃れたも同然の場所だし。だから今までは協会の部屋で寝泊まりしていたのだが、もうそれをすることはできない。
「帰郷できる金は……まぁあるよね。金までとられたら本格的に暴動起こしてたかも」
全財産は、34500G。帰郷の時に使用する馬車の運賃等を考えると、まぁ余裕で足りる。馬車の運賃も精々500G程度だ。
といっても、それは帰郷する時の話であって、今後の事は何も考えていない。
協会を離れ無職同然。いっそのこと冒険者になって、傷を負った者の治療やサポート役を求めているパーティの仲間にでもなるか。
「どれも私には合っていない。そもそも戦いとか嫌いなんだよなぁ」
故郷に戻る時には決めていないといけない、滅んだ故郷に働き手などないのだから。
「……あれ? こんな店、あったっけ」
ふと、帝国大通りの横にあるボロボロの店が視界に入る。
『Doll House』と書かれた看板がかけられた建物。ガラス張りの壁からは、中には綺麗な人形が棚に納められていた。
「人形……店?」
幼い頃昔、お金がないにも関わらず親から誕生日に人形をプレゼントしてくれた事を思い出す。
その時は、とても可愛いいとか言って、一日中じゃれて遊んでいたっけ。
「ちょっと、見てこようかな」
もう恐らくこの帝国に戻る事は無いだろうし、一つの思い出作りには良いかもしれない。
もしかしたら、今の私に宿るこの曇った気持ちも、その可愛さで癒してくれるかもしれない。
私は誘われるかのように歩みだし、その店の戸を開けた。
〇
「うわぁ……」
戸を開き、私の眼に広がったのは、様々な人形の数々。
小さい綿で作られた人形もあれば、特殊な粘土で作られたリアルな人形も置かれていた。
そのどれもが、非常に完成度も高く、ついつい見入ってしまう程の可愛さやカッコよさをしていたのだ。
「客か、いらっしゃい」
「あっ、どうも。帝国を歩いていたら、この店を見つけた物で」
「ほお、数ある店からワシの店を選ぶとは、お主も物好きじゃの」
店主と思われる領主は暖かな表情をし、うんうんの頷く。
それほどこの店には客が来なかったのか? 人形なら子供に人気がありそうだが……。
私はあえて聞かない事にした。
「それにしても、素晴らしい技術の数々ですね。顔も全て可愛らしく。カッコいいのもありますね」
「じゃろう、お主はわかってくれるか。ここ最近は魔道協会の連中が、魔道獣と呼ばれる機械人形を生み出しての。あれは顔がなっておらん。じゃが、皆は動く魔道獣ばかりに目が言ってしまう。故に、このありさまじゃ」
「魔道協会……あいつら、そんな事まで」
魔道協会は自らの持つ高位な魔術を使い、世界に安寧と幸福をもたらす事を使命としている。
その魔道獣とやらも、子供たちの娯楽目的で作られたのだろう、それによってこの店主のように苦しむ人がいるとも知らずに。
何故だろう、無性に腹が立った。
「おじいさん。私に人形一つ売ってくれないかな。金は……多分足りるだろうけど」
「お前さん、ワシの人形が欲しいのか」
「昔、人形が好きだったんだ。久しぶりに今、この人形たちをみたら何だか心まで癒されてきちゃって。欲しいなぁって」
「おお……そうかそうか」
おじいさんは我が子を見るかのように涙を流しながら笑った。
「ど、どうしたの?」
「いやいや、お主みたいな子を見るのは初めてでの。お代はいらぬ、好きな人形一つ与えようじゃないか」
「それは不味いんじゃ……いや、ここはお言葉に甘えようかな」
よくよく考えたら今の人形の金額なんて分かったもんじゃない。こんな素晴らしい技量で、しかも帝国に店を出すくらいなんだ。相当な金額はするだろう。
今は職もなく、未来さえも分からない状態なんだ。せめてものサービス位はもらっておこう。
「えぇ~でも、どれにしようか迷うなぁ」
どうせ持ち運ぶのなら小さい物がベストだろう、私は小さい人形が並べられた棚を順々に見て回る。
笑っている表情をした物、少し悲しんでいるような表情をした物、無表情な物、そのどれもが素晴らしくついつい迷ってしまう。
「どれにしようかな~……っとと?」
そんな時、ふと私は何かに小さくぶつかる。紫色の布で覆われた何かが、壁際の方に佇んでいた。
布のシワ具合から推測するに、これも人形だろうか? それもかなりでかい、私と同じくらいあるような。
「これは……よっと」
好奇心が勝り、店主の反応を待たずに布を取り去った。
そこには、銀色の綺麗な髪を背中まで垂らした綺麗な女性の人形。眼は左右で色が違う所謂オッドアイをしていた。
「おじいさん、これは?」
「それはな、幼い頃に亡くなったワシの娘の髪を使った人形でな。娘は病気で余命いくばくもなかった」
「そんな」
「じゃが、あいつは死に際こういった。ワシの作る人形が好きじゃと、もし私が死んだら、私の髪で人形を作ってほしい、そして人形の可愛さが真にわかる者に売ってほしい、とな」
「人形の可愛さが……」
店主は私の横に歩みだし、その人形の顔に触れる。
「娘にも見せたかった、この美しい人形を」
「……」
確かに、この髪からはどこか暖かい生命力を感じさせる。人は死んでも、身体のどこかに小さな生命力を宿すというが、その娘さんは髪にその生命力を宿したのだろう。
おじいちゃんの人形が好きというその想いが、ここまで暖かい生命力を紡ぎだすんだ、という事に私は一種の感動を覚えた。
綺麗で、美しい。私は一瞬で、その虜になってしまった。
「ねぇ、おじいさん。この人形、売ってる?」
「本来は売り物じゃない。娘は人形の可愛さが真にわかる者に売ってほしい、と言っていた。それに、ワシの大切な娘の生き映しみたいなもんじゃからな。だが……」
店主は再び私に暖かな笑顔を見せる。
「お主を見ていると、不思議と娘の事を思い出すのじゃ。……お主になら、娘も納得するじゃろう」
「じゃあ」
「うむ、その人形、お主に託そう」
「……ありがとうございますっ!」
私はその日、運命の出会いを果たした。
それはカッコいい男でもなければ、未来の将来を約束してくれるような上司でもない。
それは、一つの綺麗な人形でした。
そして私はこの時思いもしなかった。
この人形が、私の生涯のパートナーになるという事を。