悪夢
「うーん」
……なんだか、体が……重い。今、何時だ……真っ暗で何も分からない。
「うーん」
うなされて声が出る。そして、熱い。寝汗が首を伝い流れていく。でも、体が……金縛りにあった時のように――動かない。
金縛りか……。
高校一年の十キロマラソン大会の夜に初めてかかった。全身が動かず声も出せなかったあの日の夜の苦しみ……忘れたくても忘れられない。急に十キロも走れば、そりゃ体もビックリするさ。怖くはなかったが、いつまで続くのかが不安で仕方なかった……。
「うーん」
ゆっくり目を開けると、案の定だ。ベッドで眠る純香が俺の上に落ちてきていた。
「うーん」
……それは俺のセリフだ。
左手はつないだままになっていたのだが、右手が痺れて……あまり感覚がない。顔の前には純香のショートボブが……くすぐったい。
どうりで熱いわけだ。俺の上に落ちてきた純香と体が密着して……寝汗で二人共ベトベトだ。
手の感覚が少しずつ戻ってくると、右手が純香の左胸に下敷きにされているのに気付いた。
――!
その感触に、愕然となる――。
信じたくはなかった。まさか、この俺が……、俺としたことが……、
おっぱい星人だったなんて――ガクッ。
……なんだこの見えない力は! 引力でもあるのではないだろうか。一度触れれば二度と手放したくない……まさに魔力だ――! 純香の胸は――手のひらサイズのブラックホールだ――! 助けてくれ―! 吸い込まれてしまいそうだ――!
……いやいや、そんな悠長に愕然としている場合ではない。こんな状態で二人重なって寝ていれば過ちが起こる。間違いが起きる。違うところも起きる。
「うーん、むにゃむにゃ。もう食べられないわ」
――寝言は寝て言って!
こっちは必死に見えない敵と戦っているんだから――!
スースーと俺に抱き付いたままで眠る純香を起こすことはできなかった。……って言うか、起こした途端に、「キャー、パチン!」とか、「いやー助けて!」などと大きな声を上げられ、お父さんとお母さんがゴルフのクラブとフライパンを持って部屋に入ってくるなんて……現実にあってはいけないことだ。
必死に心を落ち着かせて……寝たふりを決め込む。純香がゆっくり目覚めて、ベッドに戻るまで……俺は起きてはいけない。起こしてはいけない……。
「うーん」
……だから、それは俺のセリフだろ。
純香の寝汗がポタリと俺の首筋に落ちると……思わず「ヒャッ」と声を上げそうになった。
スマホから聞き覚えの無い目覚まし音が聞こえる……。
目を開けると、見慣れない白い天井と……俺の顔を覗き込む綺麗な瞳……?
「おはよう」
……ベッドの上から俺を見下ろす純香。まだ夢の続きを見ているような気分だ……。
「……おはよう」
手は繋がれたままだ。夜の間、一度も放さなかったのか……。
クスクス笑っているのがカーテンの隙間から射す朝日に照らされ、天女のように可愛い。
「あんな状態でよく寝られるわね、感心するわ」
「……」
ごめん。ちょっと意味が分からないぞ。ベッドから落ちてきたのは純香の方だぞと言いたかったが、ひょっとすると気付いていないのかもしれない。純香は度々ベッドから落ちる派なのかもしれない。そして無意識で戻っている派なのかもしれない――。
両手を上げて声を出さないように伸びをした。ゲームで夜更かしした日とは違い、なんとも清々しい気分だった。
純香の両親は、早くに仕事へと出掛けた後だった。
高校が歩いて十分のところにあるのだ。七時に起きても余裕で間に合うのが羨ましい。
「朝ごはん、食べよっか」
「あ、ああ」
リビングへとお邪魔すると、テーブルにはいくつかの種類のパンやコーヒー、牛乳が置かれていた。
二人分準備されていたことに焦る。
「これって、お母さんが準備してくれたの?」
「そうよ。いただきまーす」
って、そんなノリでいいの? そんな自然な感じで俺は純香のお母さんに認められたの?
まさか、純香がとっかえひっかえ男を連れてくるのだろうか。いや、そんな筈はない。絶対にない! 誰かないと言ってくれー!
「ひょっとして、純香は他にも部屋に泊めたことあるのか」
「うん」
なーんだ。なら安心……いやまていや俺! 微妙な気持ちになるじゃないか。
「でも、男を泊めたのなんて、初めてだからね」
少し頬を赤くしてパンを食べている横顔が……愛おしくて愛おしい。
俺は一生……純香以外の女子を好きになれないだろう――。
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この物語はフィクションです。手つなぎおねんねは……真似しても大丈夫です。