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手つなぎお風呂


「ちょっと待ってくれ、冷静に考えてほしい。入るって、どうやってだ」

 手をつないで、どうやって二人で風呂に入るんだよ!

「一緒に入るのよ。エロい想像しないでよね」

「それをこの世では無理とか不可能とかいうんじゃないのか」

「わたしに任せて。いい方法があるのよ」

 手を引かれて部屋から洗面台がある脱衣所へと移った。扉はあるが鍵は付いていない。だから今しかタイミングがないのか……。


 ……わたしは絶対にそっちを見ないから、一真もこっちを絶対に見ないでよね……。

 ……うわー、それ、すっごくいい方法だ……。


 目隠しでもされるのかと思っていた。本っ当っにそんな安易な方法でいいのだろうか。


「早く脱いで」

「あ、ああ」

 焦らさないでくれ。片手じゃ服だって脱ぎにくい。汗でシャツもくっ付くし……んん?


「――つないだ手を放さなければ、袖から上着は絶対に脱げないんじゃないのか」

「……ああ、ぬかったわ」

 ……いや、ここまで脱ぐまでに気付けよと言いそうになった。

「ここなら誰にも見つからないんだから、少しくらい手を放しても大丈夫じゃないのか」

 ただ、そうすると必然的に二人でお風呂に入る必要もなくなるのだが……。

「駄目よ。ヘッドショットされるのはわたしかもしれないでしょ」

 ……。

 俺ならヘッドショットされてもいいと言いたげなのが腹立たしいぞ。怒らないけど……絶対に。

「反対の手をつなぎましょう。そしたらこっちの手は放せるわ」

「そこまで徹底したルールなのかなあ」

「あなただって、ヘッドショットされたくないでしょ」

 ゴクリと唾を飲む。目の前が真っ暗になる錯覚に陥る。グラグラっと揺れて真っ赤になる画像……。実際に頭なんかを鉄砲で撃たれれば、どんな風になるのだろうか。


 背中合わせで反対側の手を掴み、今まで繋いでいた手を放すと、久しぶりに放した右手がまた汗ばんでいたことに気が付いた。時折ぶつかる柔らかな肌が……俺の理性をどんどん攻撃してくる。いや、駄目だ。いや、駄目だ。こんな攻撃をされて耐えられる男なんているのだろうか。


 スルスル、トン……。

 ……。

 純香は……俺の背後でもう何も身に付けていない姿になっている……。こんなところで負ける訳にはいかない。慌てて俺も最後の一枚を脱いだ。

「これで隠して」

 白いタオルを受け取った。

 よく温泉とかで貰えるタオルだが、もう字は読めないくらい何度も洗われている。

「え、なにを」

「ソレを」

「あ、ああ」

 ひょっとして、見られたのだろうか。見ていたのだろうか。

「それと……、わたしの脱いだ下着、あんまり見ないでくれる」

 ハッとして視線を逸らした。


 お風呂は決して広い空間ではなかった。

 開けられない窓が二つある。まさかこんなところから狙撃なんてされないだろうが、純香はそれでも手を放そうとしない。

「先に浸かって」

「ああ」

「ちょっと! せめて掛け湯してから入ってよ」

「ごめん!」

 タライを探すが見当たらない。掛け湯と言われても……。

 シャー。勢いよくシャワーから水が出て体に掛かった。

「冷たい!」

「最初は水だから仕方ないでしょ! 勿体ないから我慢しなさい」

 我慢する派なのか!

 純香は、シャワーがお湯になるまでの水を我慢して浴びる派なのか――!


 シャワーヘッドを純香が握ると、容赦なく冷たい水を頭からかけられた……。全身に鳥肌が立つのを、純香は少しだけ喜んでいたような気がする。表情が見えないから分からないけれど。


 風邪を引く前に湯船へと浸かった。左手はずっと手つなぎしたままだから、シャワーを浴びるのも一苦労だろう。

 純香は片方の手で器用にシャンプーを始めた。さっきから心臓がドキドキ鳴りっぱなしだ。


 これは……のぼせてしまうかもしれない。純香の家のお湯は四十三℃設定にしてあり、熱く感じる……。

 シャー、シャッシャッシャー。

 女子のシャンプーって、こんなに時間が掛かるのか……。いい香りがお風呂に充満し、気が遠くなりそうなくらい幸せな気分になる。

 まさに幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ……か。

「ちょっと、絶対にこっち見ないでよ」

「……見ないよ」

 シャー、シャッシャッシャー。

「見てないでしょうね」

「……見てないよ」

 あまり、見ないで見ないでと言われると、なおさら見たくなるのが純香には分からないのだろうか。芸人が言う、「絶対に押すなよ、絶対に押すんじゃないぞ」と同じだぞ。


「はい、交代よ」

「あ、ああ」

 頭のてっぺんまで真っ赤になるほどのぼせていた。少しシャワーから水を出して首筋へと掛けるのが気持ちいい。

「どれがシャンプーなんだ」

「ピンクのボトルだけど、あ、やっぱりだめ。青色のトニックを使って」

「ああ、これか」

 うちの親父が使っているやつと同じだ。スースーするのが心地いいが、目に入ると痛みも倍増だ。

 案の定、片手で洗うのは大変で、使い勝手が違うからシャワーも手探りという訳にもいかず、薄目を開けた途端に目に激痛が走る。くー! 苦労するじゃないか。

 シャー、シャッシャッシャー。


「ええと、洗い終わったが、どうしたらいい。もう上がるのか」

 上を向いてなるべく純香が視界に入らないように聞く。

「もう一度浸からなくていいの」

「……」

 ピッターンと一滴、湯気が雫になり湯船に落ちる音が聞こえた。

 静か過ぎて、ドキドキと心臓の音が聞こえてきそうだ。


 このバスタブに、二人で浸かると言うのか――!


 ――ブオーン!


「やばい、お父さんだわ!」

「――お父さんだって!」

 マンションの防音性に優れた壁でも聞こえてきた低く大きな排気音が……お父さんの車なの――。急に汗が引き、別の汗が額と頬から流れ出す。

「上がりましょ。急いで」

「あ、ああ」


 浴室から出ると、脱衣所でタオルを渡された。

 手をつないだままお互い見ないように背中合わせで体を急いで拭くことなんて……できない!

「ああああ……だめだ、思うように体が拭けない」

 体が拭けないと服がくっつくから、着る時にさらに時間が掛かってしまう。

「お父さん……怒ると滅茶苦茶恐いのよ」

 それって聞きたくなかった情報――。


 純香は脱衣室の電気を消した。

「どうして消すんだよ」

「これで見えないでしょ、さっさと体を拭きなさいよ」

 消して見えないからといっても……片手をつないだままだと、大変だ。あまり効果がないのだが、 純香がシュル、トン、シュル、トン、と下着を穿く音が聞こえると、とりあえずは第一関門は突破したのを確信する。


 だが、俺の顔は青ざめていた。もう、お仕舞いだ。純香の恐いお父さんにこんな状況を見られれば……。

 ハーフデッド……半殺しは間違いない。ヘッドショットを食らって死んでしまうよりはマシなのかもしれないが、手をつないだまま半裸の状態で弁解する余地なんてあるのだろうか。絶対に殺されてしまうじゃないか――。ヒック、ヒック……。


「泣かないのよ! まだ時間はあるわ。お父さんはエレベーターを使わずに階段で上がってくるから」

「リアルだよ。その時間の差って数秒か数十秒の違いくらいにしかならないじゃないか」

 高級マンションとはいえ、ここは五階だ――。

「とにかく急いでパンツだけは穿いて。電気を点けるわよ」

「あ、待って」

 パチン。

 俺はちゃんと「待って」って、言ったよね。

「――キャーっぷ!」

 ――叫ばないでって! 慌てて口を抑えていた。シー!

 よく見ると純香もTシャツが後ろ前だし、手をつないでいる側の片袖は通っていないから……露わな姿だった。胸のふくらみから慌てて視線を逸らす。

「ただいま」

 ――! 物凄く低い声。

「おーい、純香、帰っているのか」

「お帰りお父さん。今お風呂から上がったところよ」

「そうか、そうか。覗いちゃおっかなあー」

 あーもう駄目だ! 開いている右手でとりあえず大事な部分を隠す――。

「変態! 警察に通報するわよ」

 変態の言葉に俺までドキッとしてしまうのは何故だろう……。

「ハッハッハ冗談冗談、梯子(はしご)段~」

 トットットと脱衣所の扉は開けずに奥のリビングへと歩いて行ってくれた。

 ――た、助かった――。

「今がチャンスよ」

 リビングへ入ったのが分かると、お風呂から短い廊下を早足で通り、純香の部屋へと転がりこんだ。

「アハハ、良かった。あードキドキした」

「……」

 ドキドキしたどころじゃないぞ。寿命が一回転して九九歳に伸びた気分だ……死んでもおかしくなかった。

 それに、純香のお母さんに口止めしておかなくても良かったのだろうか。急にお父さんが怒り狂って入ってきたら……一巻の終わりではなかろうか。


「大丈夫よ。母親って父親に娘のことは99.9%話さないから……」

「……そっか」


 鵜呑みにしていいのだろうか、その確率を……。


読んでいただきありがとうございます!

ブクマ、感想、お星様ポチっと、などよろしくお願いしま~す!


この物語はフィクションです。手つなぎお風呂は試さないでください!

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