純香の部屋
純香の部屋は、男子の俺から見れば――異世界だった。
きちんと片付けられて掃除が行き届いた部屋には可愛らしい縫いぐるみや置物が飾られている。明るい白と水色で部屋全体に統一感があり、本棚には難しそうな本や小説が並んでいる。
部屋全体から……純香を感じてしまう。この部屋に比べたら俺の部屋は……とても見せられたものじゃない!
「この部屋、凄くいい匂いがする……」
「……バカ」
さっそく純香はテレビとゲーム機の電源を入れた。俺の持っているのと同じタイプのゲーム機だ。色は白だ。コントローラーも白い。VRゴーグルは使っていないようだ。
「昨日の六時三〇分頃、お嬢様系のゲームをやっている最中に、画面全体に広告バナーが出たのよ」
「お嬢様系?」
俺にとって未知なるジャンルだ。そんなゲームは検索したこともない。
「『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』と大きく書かれたバナーよ。バナーというよりは全画面そればかり」
「あ、それなら俺と同じだ。パステルカラーの可愛らしいバナーだろ」
「そうそう、それそれ! それで、『閉じる』を押しても受け付けず、逆に文字ばっかりが表示されて気持ち悪かったわ。コンピューターウイルスに感染したかもしれないと思ったの」
「で、甘いアニ声で解説が始まったのか」
「え、アニ声で解説? そんなのなかったわ」
微妙に鬼役の俺とは違う内容だったのだろうか……。
「その時の画面がこれよ」
スマホに撮った画面を見せてくれた。細かい字で書かれているが、拡大をすればなんとか読める。
『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ、スタート! あなたは手つなぎ鬼ごっこって、知っていますか……』
最初に書かれている文章は、アニ声で聞いた解説と殆ど同じだ。
だが、途中がまったく違う――。
『「幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ~」と言いながらタッチされたあなたは超ラッキー! なぜなら、あなたは鬼に、ずーっと、ず~っと手をつないでいたいと思われた証拠だからで~す……』
……なんか、頬が熱くなってくる。冗談でとは言え、俺はそんなに深く考えないで純香にタッチしてしまった。鬼として……。手をつないでみたいと思ったのは事実だが、まさかここまで手をつなぎ続けるとは思ってもみなかった。っていうか、今もつないでいる。
画面を一緒に覗き込んでいる純香の顔が……ちょっと近過ぎでドキドキしてしまう。不本意なゲームのお陰でこうして純香の部屋に一緒に居られるのかと思うと、鬼で良かったと思ってしまう。純香のショートボブから、ふんわりフレッシュフローラルのいい香りがする。
『でも、若気の至りや気の迷いが多いのも若者ならでは。つないでいた手を離したくなることもありますよね……』
おいおい、余計なことが書いてあるぞ……。
『そんな時は、次の鬼と次の次の鬼を早目にタッチすれば鬼ペアの変更が成立! めでたしめでたしです。なので、どんどん幸せの手つなぎ鬼ごっごを広めていって下さい!』
――めでたくないだろ! ペア変更って!
つまり……純香の反対の手に一人、俺の手に一人、新しく鬼を捕まえたら俺と純香の手は離さなければならないってことか――。そして鬼同士はもうタッチすることも手をつなぐこともできない。その必要がなくなるから……。
『毎日同じ時間に新たなメッセージが届きます。しっかり読んで下さい』
最後の行に凄く気になることが書いてあった。
「新しいメッセージだって?」
どういうことだ。たまたま表示された広告バナーじゃなかったのか。
「うん。同じ時間って、たぶん六時三〇分だよね」
「……ああ」
時計の針は六時を過ぎたところだ。昨日のメッセージ通りなら、六時三〇分にこの画面に何かが表示されることになる。
「あと三〇分か……」
純香の部屋は、俺の部屋よりも少し広い。フワフワの布団とベッドが置いてあり、なんとなく見てはいけないような気がして目を逸らす。
ソワソワと落ち着かない。何を話していいのかも分からない。純香も……あまり自分からは喋らないタイプなのだ。
チッチッチッチと……秒針の音が聞こえるくらい、部屋が静まり返っていた。
「喉乾いたね、なんか飲む」
「え、ええっと、飲みたいけど……手をつないだままリビングに行けないんじゃないか」
お母さんもいるみたいだし。
「あ、そうか。……そうだ、わたしのアクエリ飲もうか」
黒い鞄とは別のナップサックから姿を現したのは、大き目の水筒だった。
「部活用にいつも多目に入っているのよ」
「サンキュー」
コップがあるわけもなく、水筒に口を付けて二人で飲むと、さらに気まずい空気になった……。
六時半まで、まだ二五分もあるぞ……。
「とりあえず、ネット上で『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』の書き込みがないかを調べましょ。ゲームの広告バナーに出てくるくらいだから、他にも目撃情報や書き込みをしている人がいるはずだわ」
なるほど。
スマホを制服の内ポケットから取り出し、真剣な顔で検索をしていく純香。
「そういえば……もし、俺が本当に今日、ここに泊るのなら……家に連絡しておく必要がある……のか」
「……しなさいよ」
「……」
素っ気ない返事に戸惑う。せめて、「本気にしたの?」とか、「やだ、そんなこと聞かないでよ!」 とかを期待していたのに。
手早くメッセージを母に送った。友達の岬慎也の家に勉強会で泊まると……嘘を書き込んだ。勉強会なんて、あり得る訳がない――あり得ないのに、母から「りょ」の二文字の返信が届き、心境は複雑だった……。
「いいじゃない。信頼されている証拠よ」
「……そうかなあ」
「それより、ネット上にも今のところ何も上がっていないわ。あんなに迷惑な広告バナーや不安になるような表示があれば、たくさん反感の書き込みがあってもおかしくない筈なのに」
「そうだなあ……。もしかすると、ゲームにお金を払っていない非課金のプレーヤーにしか表示されなかったのか」
お金にならない非課金勢にはせめて広告収入ぐらいぶんどってやる作戦なのだろう。
「それでも大勢の目撃証言はあるはずよ。昨日、ゲームメーカーに問い合わせようとしたんだけど、色々と問題があったのよ」
問い合わせることに問題って……。
「どんな」
「まず、わたしは課金していないから正式なユーザーじゃなく、正式ユーザー以外にはサポート対応はしてくれないそうなの。それに……」
「それに?」
「十八歳未満はご遠慮下さいって書いてあったの」
十八禁! 俺がやっているゲームですらR15なのに……。
「――どんなゲームをしていたんだよ!」
「……『執事たちの館にはお姫様のご褒美がタップリ詰まってピクピク』よ」
――なんちゅータイトルのゲームをしていたんだよ!
いや――待てよ。
「それも、ピクピクシリーズのゲームなのが」
「え?」
最近、スマホやパソコン向けのゲーム開発に力を入れているピクピク社。ゲームタイトルに「ピクピク」と入れていて分かりやすい。海外のメーカーらしいが、無料ゲームでも手加減なしのやり応えと独創的な側面から、ゲーム業界で一躍有名になったメーカーだ。
「偶然かどうかは分からないが、俺は「森でピクピク」ってシューティングゲームをしていたんだ」
「……シューティングゲームって、あの、鉄砲とかで敵をやっつけるやつ?」
「ああ」
略すればそんな感じのゲームだ。飛行機で敵機を撃ち落とすシューティングではない。
「子供ね」
「――! 子供じゃない! ……そっちこそ……なんだその、執事の館って……」
十八禁と聞くだけで凄くエッチいゲームを想像してしまう。だが……子供向けではないので俺の負けになるのか?
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