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日曜日 午後六時三〇分 Ⅱ


「ハア、ハア、ハア、ハア、疲れたぜー」

「もう、汗でシャツがビチョビチョだ」

「こんなことして、何か意味があるの」

「ギネスなんて嘘じゃないの」

 ――やばい、もうみんな体力の限界だぞ――。

 やはり、駄目なのか……全員に手をつながせて六時三〇分を迎えることは、できないのか――。


「じゃあ、そろそろ、次の曲いってみようか――!」


 ――!

 三〇分も永遠にマイムマイムを踊っていたというのか――。

「そりゃあ――疲れる! 足が棒になる!」

 足が絡まってズッコケる生徒も続出するだろう。


「お前らまだまだ踊れるかー!」

「「イエーイ!」」

「――オクラホマミキサー!」

「「イエーイ!」」

 ――!

 どんなに格好よく曲紹介しても駄目だぞ――! 七面鳥が飛び出した~って可愛らしい(フレーズ)しか思い浮かばないぞー!


 一度足を引きずりながら休憩していた手つなぎ鬼たちも、緩やかな曲にまた戻って来る。手つなぎ鬼同士が手を離さずにオクラホマミキサーを踊るのは……難しそうだ。ずっと同じ相手のままだと……飽きるのも早いだろう――。

 ――俺達も急がなくては――。

 純香と忍者のように足音を消して校内を走り回った。自分たちの教室も確認した。音楽室や理科実験室、潜んでいていつでもグラウンドの状況が確認できる部屋は片っ端から探したが、何も手掛かりが見つからない――。

 ――!

 急にギュッと純香がつないだ手に力を込めた。

 ……どうした? 立ち止まって純香の方を向く。


「今、一階の部屋に明かりが点いたわ」

「――明かりだって?」

 中庭越しの一階の一室に、ぼんやりと明かりが点いている。ひょっとすると、先生達も中へ入って来たのだろうか。今日も六時三〇分に犯人からのメッセージがゲーム機やスマホに表示されるはずだから。

「とにかく行ってみよう」

 汗だくのシャツのボタンを上から二つ外し、明かりの点いた部屋へと急いだ。


 明かりの点いた部屋は、校長室だった……。

 純香が手早くスマホで如月達にメッセージを送る。


 音を立てないように静かに扉を開けと……校長の椅子に座って巧みにモバイルパソコンを操る男の影があった。

「やっぱり、あんたが犯人だったのか……」

「――うわ、びっくりした!」

 校長室でモバイルパソコンを巧みに操っていたのは、この部屋の主……校長先生だった。

「なぜ、ここに?」

 ……。

「それはこっちのセリフだ! 日曜日の午後六時三〇分ちょうどに、どうして校長先生が校長室でインカム付けてコソコソとパソコンをしているんだ」

 ハゲ散らかした頭から粒のような汗をかいている。さっきまでフォークダンスパーティーに参加していたのかもしれない。白のワイシャツに法被(はっぴ)を着て汗が滲んでいる……。

「フッフッフ。ゲームオーバーだな」

 フッフッフ……に、聞き覚えがある。校長の手には武器らしい物は何も握られていなかった。


 コンコン。

「失礼……しまーす」

「ちゅりーす」

 純香が呼んだ慎也と如月がノックをして校長室に入ってきた。一対四なら……もう悪あがきもできないだろう。


「昔は良かった……」

「長くなりそうなら勘弁して下さい」

「話は手短に分かりやすくお願いします」

「校長の話は長すぎるんだよなあ」

「……鬼め」

 たしかに俺達は今、手つなぎ鬼だ。


 ……校長の話はこうだった。

 定年間近になり、どんどん窓際族のように学校での居場所がなくなってきた。自分達が若い頃は、校長先生はなんでも質問に答えてくれ、人生経験も豊富、頼りにされる存在だった。


 ――ところが、インターネットやスマホの急速な普及で一転した。


「ググれば解答が得られるからといって、誰もワシのところへ何も聞きに来んようになった!」

「そりゃあ、そうさ。生徒がわざわざ校長になんか質問する訳がない」

 校長室の敷居が高過ぎるのだ。敷居なんてないが、とにかく、男子トイレの大きい方のように、――簡単には入れないんだ!

 入れないオーラがある。お客さんが来ている時も多々ある。


「そして、さらには授業中も休み時間も、ずっとスマホでオンラインゲームばっかりしおって――!」

「授業中にはやっていません!」

 寝ているけれどなあ……。


「――君たち生徒のことじゃない! ――先生達のことを言っておるんじゃ!」


「先生達が、授業中にゲーム?」

 それは聞き捨てならないぞ。いや、いいことを聞いたぞ。

「そうじゃ! 授業中に教卓に隠してスマホを触っているのを……見てしまったのだ。勤務中だぞよ? 生徒のようにお金を払っているのではなく、給料を貰っている時間なんだぞよ?」

 ぞよぞよ言わないで欲しいぞよ。

「で、その先生を……校長は叱ったんですか」

「……うん」

 うんって……。可愛く頷かないで欲しい。絶対に厳しく叱責していない――。「やめようね」とか「駄目だよ」と注意したくらいなのだろう。


「……去年、一度新任の教師を叱ったら、『あ、校長。これゲームじゃないッスよ。株です、株。校長はやってないんスか』と堂々と答えよった!」

「「……」」

 学校でスマホを使って株をやっていたのか……。給料よりも儲かりそうだ。

「その先生は、今年の四月に移動してもらい……スカッとした!」

 スカッとするなよ……。

 それを生徒の前で言うなよ……。

「生徒ならともかく、一度や二度言って駄目な大人は、もう修正が効かない。子供と違い人格形成された後からでは、修正が効かないのだ」

 校長にとって俺達は……まだまだ子供扱いなのだろう。


「職員会議で注意したら、職員室でスマホを触わる先生が減った代わりに、職員室を出て隠れてトイレや旧校舎や保健室でコソコソスマホを触るようになってしまった。昼休みの職員室は、生徒が来ても先生がいない事態に陥ってしまったのじゃ」

「たしかに、昼休みの職員室はガラガラだ。先生もいないから生徒も来ない」

 生徒会長が言っていた、「生徒のために学校がある」とは……少し違っている。

「それで考えたのだ。先生と生徒が昔のように手と手を取り合う方法を……『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』……を」

 俺達は手をつないだまま校長の話を聞いていた。

「スマホを触る時間よりも、人と人とが手をつなぐ時間の方が人生において大切だってことに気付いてほしかったのじゃ」

「……」


「わしのなすことは……終わった」


 校長はそう言うと、校長室の電話を手にし、ボタンを押し始めた……。

『はい、綿串律警察署です』

 ――! 受話器の向こうから小さくそう聞こえた。

「あ、もしもし、いつもお世話になります。綿串律高校の校長、須賀原と申します」


 ……校長先生は、自首するつもりなのだろう。俺達と話していた時よりも半音くらい高い声で電話をしているのが……なんか違うなあ。


「はい、はい、今回の騒動の原因と犯人が判明いたしましたので御連絡いたします。色々とご迷惑をお掛けしましたが、おかげさまで何事もなく無事解決いたしました。はい。はい、はい?」


 ――何事もなく無事解決だと――!

「ちょっと、まてよ校長先生!」

「ぜんぜん無事じゃないわよ!」

「はいが多過ぎるぞ。最後の『はい?』ってなんだよ!」


 受話器と電話を持ったまま窓際まで逃げるな!


「はい、はい、それではそのように、よろしくお願いします。失礼いたします。はーい。はい、はい」

 ガチャリと手早く受話器を置いた。


「ふー。危ない危ない。警察やマスコミが入ってきたら、学校のイメージがマイナスになってしまうからなあ」

「学校のイメージかよ!」

 校長先生、どれだけゲスいんだ――!


「君たちのイメージでもある」


「「――!」」

 くっ……校長先生……やり手だ。さすがと言えばいいのだろうか。敵わない……。


 椅子にゆっくりと腰を下ろした。

「私の未来にはもう何も残されてはいない。定年退職した後にはリウマチと糖尿と高血圧と戦う日々が残されているだけだ。だが、君たちには……未来がある」

「……」

 校長先生はポッチャリ体型……デブだ。油汗も凄い。頭の頂点から今も汗が流れている。

「だから君たちに、この高校に入ったことを後悔させたくないのだ。違う高校へ行ってればよかったなどと思われたくないのだ」

「……」

「学校内でスマホを禁止にするのは簡単だ。だが、それでは何の解決にもならない。生徒と先生が共に手を取り合い、どうしていくことが一番良いのかを考えて欲しいのだ」

「……」

「それを考えた結果が、校長先生は、『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』だったのか……」


 ただの手つなぎ鬼ごっこじゃなく……「幸せのリアル」が必要だったのか。


「クラス委員の松見君には悪いことをした。わざとアドレスを印刷した裏紙を渡したら、思った通りに新規登録作業を夜な夜な一人でやってくれた。わしの思いを実現してくれると期待しておった。彼もわしと同じでぼっちだったから……」

 校長先生がぼっちって……。

「だが今は違うぜ。松見はさっき、他のクラスの女子と手をつないで楽しそうにフォークダンスを踊っていた」

「それに、校長だってぼっちじゃない。生徒会長だって校長と同じことを言っていた。俺も……手をつないで色々なことが分かった……」

 やり方は無茶苦茶だが……校長先生の気持ちが……なんとなく分かった。


「でも……、やり過ぎだわ。罰則が」

「そうだよ。ヘッドショットって言ったら、殺されるかと思ってしまうだろ――」

 如月と慎也からたまらず反論が出る。たしかに罰則が怖ろしいのは問題だと思う。

「ごめん。そこは、かなり盛ってみた」

「――盛るな!」

 かなり盛るな――!

「本来、ルールも学校内だけで放課後は自由だったのだが、続けても楽しかったじゃろ」

「――じゃろ、じゃねーぞ! この一週間、俺は……俺達は……」


 ……楽しくて楽しくて仕方なかった――。とは、言えなかった。

 校長先生のお陰で楽しかったとは、口が裂けても言えなかった……。



「本日をもって、『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』は無事終了じゃ。だが、君たちが今日、ここでこうして手をつないでいることを、ずっと忘れないでいてほしい」

「……ああ」


 ……忘れられないと思う。この一週間は。

 この校長先生だけは……。


「ところで、校長先生。アニ声出せるんですか」

「フッフッフ、幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ、スタートぉ」

「うわーキモ! やめてくれよ」

 画面から聞こえてきたそのまんまの声じゃないか――! ぜんぜん声を変えていないのにどこからあんな可愛い声が出せるのだ――!

「若い頃から合唱部で喉は鍛えとるんじゃ。まだまだ若者には負けん。フッフッフ、幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこぉ、スタートぉ」

「鳥肌が立つわ」

「やめて!」

「スタートって言うなよ! マジで怖いから!」


 ……俺は校長先生と喋っていたってことか……。ガクッ。


読んでいただきありがとうございます!

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