土曜日 午後六時三〇分
犯人と通話するため今日は俺の家へと帰った。純香は理由を説明し、なんとか親の許可を取った。
「お父さんによろしく伝えておけって」
「よかった」
「後日、正式に御挨拶に伺いますだって」
「うん。うん?」
なんの御挨拶なのだろうか……。お久しぶりですの御挨拶でいいのだろうか。
「ただいま」
「お帰りなさい。純香ちゃんもいらっしゃい」
「またお世話になります。お邪魔します」
「父さんは」
「下でゴロゴロしてるわよ」
台所の横の部屋で部屋着姿で横になりスマホをいじっている。たぶんスマホゲームのバズル&ドラゴンをやっている……。
「ただいま」
「おう、お帰り」
振り返りもしないから、純香に気付いていない。
「そういえば一真、彼女ができたそうだな……」
……ああ、うちの母親って、口が軽いんだなあー。
「あ、ああ」
隣にいるのだが、振り返らないから気付いてもいない。
「うわっちゃー、まさかの2コンボでやられた~!」
「……」
親がスマホゲームをガチでやっていると……ちょっと引くぞ。しかも2コンボって……。となりで純香がクスクス笑っている。
親父がやっとこっちを向くと、初めて純香に気が付いた。
「うお! ひょっとして、彼女を連れて帰ってきたのか――」
「初めまして、椎名純香です」
そう言ってペコリとお辞儀をすると、親父も慌てて正座をした。
「初めまして……榊一茂と申します」
滅茶苦茶照れている。
「純香のお父さんが、俺のお父さんを知っているって言ってたけど、覚えてる?」
組み合ってお世話したとかなんとか……。
「え、椎名さん……」
昔のことだから記憶があやふやなのだろうか。俺達が小さい頃と言えば……十年以上も前のことなのかもしれない。
「あー、椎名さん! 覚えているとも。こっちで一緒に組合をやっていた頃、お世話になったんだ――」
「よかった」
本当によかった。いや、なんだろうこの安堵感……。心のどこかで他人の空似ならどうしようかとドキドキしていたんだ。榊って苗字はこの辺りでは珍しいから間違いないとは思っていたが……。
「懐かしいなあ、一緒に組合で行事を企画したり新聞を書いたりしていたのさ」
組合って……なんだろう。
学校における生徒会のようなものなのだろうか。企画したり新聞書いたりって……父の仕事は新聞記者ではなかったはずだ。
「中でも、『夏の砂浜でサマービーチ!』は大当たりして、たくさんの組合員が来てくれたのさ」
夏の砂浜でサマービーチ! ――ネーミング!
「酷いネーミングね」
「これは椎名さんのお父さんが考えたネーミングだ」
「……」
頬が赤い。恥ずかしい気持ちが伝わってくる。
時計の針が六時三〇分に近付いているのに気が付いた。このまま話していては、今日、この時間に帰ってきたのが無駄になってしまう――。
「ごめん、話しの途中だけど、ちょっと部屋に上がるよ」
「ああ、ごゆっくり」
「今日こそご馳走作るからね」
母も力こぶを作って見せた。
部屋に上がるとテレビとゲーム機の電源を入れる。立ち上がるまで時間がまどろっこしい……。
「俺のゲーム機で犯人と会話ができたのは、ゲームの設定で音声通信を『許可』にしていたからだと思うんだ。それで犯人は通話ができる相手に順々に話しかけ、最初に俺が応じたから鬼に選んだのかもしれない」
オンラインシューティングゲーム「森でピクピク」は通話しながらやらないと不利だからな。
「わたしはいつも通話は『禁止』にしているわ。『執事たちの館にはお姫様のご褒美がタップリ詰まってピクピク』では通話なんか使わないから」
「そうだよな」
普通は通話を『許可』にしておく必要はない。しかし……いつ聞いても意味しげなタイトルだぞ……。略して「執事ピクピク」でもいいのではなかろうか。
「なんでそんなゲームまでオンラインなんだよ。アドベンチャーゲームだろ」
会話を進めてシナリオを解いていくゲームのはずだ。あの絵柄は。
「プレーヤーがたくさんいる方が貰えるポイントが増えて、新しいシナリオ……執事が増えるのよ」
……。
執事が増える……? その執事達に何をさせるのかは……聞かない方がよさそうだぞ。
六時三〇分になると、画面にまた広告バナーが大きく表示された。
この『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』のバナーを見るのも、今日で最後になると願いたいぜ――。
広告バナーの右上にある「✕」をコントローラーで押すと……可愛いアニ声で音声が聞こえ始めた。
『あらあら、昨日は遅かったのに、今日はもう帰ってきているんですかぁ』
「……まあな」
昨日は六時三〇にはまだ学校で準備をしていた。帰ったのも純香の家だった。ひょっとすると犯人は俺が家にいると思い、ずっとパソコンの前で待っていたのかもしれないと考えると……なにかしら話しておいたほうが良かったのかもしれない……。
『何を企んでいるか知らないけど。せいぜい頑張りなさい。ふん!』
ふん! って……ツンデレキャラのつもりなのか。
「『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』なんだろ。全員が手をつなぎ幸せになれば、お前も幸せになれると言ったよな。俺達は、それを叶えてやるだけだ……」
『偉そうにぃ。わたしの幸せなんて考えなくてもいいわよ』
「そっくりそのまま言い返してやるよ。自分の幸せを掴もうとしない人に、他人を幸せになんかできる筈がない。自分を犠牲にして人を幸せにできるなんて思っていたら、大間違いだ」
――誰かのために死んだり殺したりする戦争なんかで絶対に幸せを作れない。戦わないでいい方法、戦いたくない気持ちを育てる事こそが、真の幸せの道筋になるんだ――。
人を殺したり傷つけたりすることは、たとえゲームでもやっちゃいけないことなんだ――。
「俺達は絶対に諦めない。諦めずに必ず『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』をクリアしてやる」
『じゃあ、……頑張れば』
「……」
通話が切れた。
木曜日と同じ内容の文字が画面一面に表示され、電源が切れた。これだけの会話じゃ……何も情報は得られないか……。
頑張るしかない……。頑張らないと幸せは近付いてはこないんだ……。
夕食は四人で座卓を囲んだ。
今年の四月から兄が大学へ進学して家を出ていき、どことなく土曜日の夕食が寂しくなっていたのだが、純香のおかげでパッと明るくなったのが嬉しい。
俺と純香が手をつなぎ続けている理由も……簡単に説明した。信じてくれなくても構わない。それでも手をつなぎ続けるだけだ。
「子供ができても大丈夫よ。お母さんが面倒みてあげるからね。なんちゃって」
「「――おい!」」
――なんてことを言いだすんだ……まったく!
純香が唖然としてリアクションに困っているじゃないか……。
今日も隣り合わせで敷かれていた布団に入った。不安と緊張でいっぱいなのと、絶対に成功させてみせるという決意で……興奮して眠れなかった。自慢じゃないが、俺は本番には弱いタイプだ。
「いよいよ明日……?」
「スースー」
不思議だ。不思議だよな。不思議だと思う。
純香は隣で可愛い寝息を立てて……もう眠っている。今日も一日中、疲れたから仕方がないか。
眠っている間に……キスしちゃおうかと悪戯心に火が付きそうになる。ああー駄目だ。そんな馬鹿なことを考えているから眠れないんじゃないか……。
「ムニャムニャ。いいよ」
「……」
寝言でも……そんなことを呟いてはいけないと、明日起きたら教えてあげなくては……。
「一真なら……いいよ」
ドキッとして顔を覗き込む。
ひょっとすると、起きているのかもしれない。月明かりがカーテンの隙間から射しこむ。閉じた瞼を眺めていると……目が左右に動いているような気がした。やっぱり起きているのではないだろうか。
「スースー」
……。
いや、やっぱり寝ている。つないだ手にも力を感じない。
この機会を逃せば……次はいったいいつ一緒に泊ったりできるのだろうか。だからといって今、純香を抱きしめるのは……フェアじゃない。トラブルに乗じて自分の欲望を叶えようとする愚か者のやることだ。
愚か者の方がいいんじゃね? って……誰だ、俺に語り掛ける悪魔は! ……俺か。人間だって所詮は動物だ。二足歩行だとか知的生命だとかいっても、動物であるのは変わらない。腹が減ったら飯を食べる。眠たくなったら寝る。したくなったら……構わないのではないか。
――否! 人間は動物なんかと同じじゃない! 都合のいいところだけを動物だからと誤魔化して自分の欲望を叶えようとしているだけだ。それは……よくない。動物さん達に謝らなくてはならない。
……なぜ、俺が動物さん達に謝らなくてはならないのだろうか。通学中に毎日吠え掛かってくるアホ犬にも「ごめんなさい。酷いことを考えていました」と言って謝るのか? それこそ純香に軽蔑されるだろう。危ない人に思われるかもしれない。
危ない人って……なんだ。俺のことなのだろうか……。無差別で人を狙おうとしている犯人のような奴のことをいうのではないだろうか。俺は危なく……ない。
よって……。眠っている純香にキスをするなんて……できない……。
「一真も……わたしの執事になりなさい……ムニャムニャ」
――執事!
純香お嬢様の仰せのままに……とでも言えばよかったのだろうか。
「スースー」
馬鹿なことを考えていないで、早く寝よう……。
とにかく明日、すべての決着をつけなくてはならない……。
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