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手を離したら……負けだ


「娘の手を離せ」


「……」

「離せ」

「……駄目なんです」

「いいから、離せ」

「離せません。この手だけは……離せないんです」

「離せるだろ。離せ」

「嫌です」

「俺が恐くないのか」

 ――!

「恐いです」

「だったら離せ」

「恐くても……離せないんです。純香がつないでくれている限りは……」

「呼び捨てにすな」

 ……すなって……。つないだ手までが小刻みに震える。純香も震えている。何も言えない。

 前に純香がお父さんが怒ると滅茶苦茶恐いと言っていたが……ここまでとは想像していなかった。ゴクリと唾を飲む。

「純香さんがつないでくれている限り……俺はこの手を離しません」

「じゃあ純香。手を離せ」

「……一真が握っている限り、わたしもこの手は離さないわ」

「……だったら、トイレはどうするんだ……」

「……」

「一緒に行きます……」

 いっそう睨みがきつくなる。背筋がこれ以上伸びないくらいピンと伸びてしまう。

「理由を聞いて貰っていいですか」

「聞かぬ。まだ俺が質問をしている最中だろ」

「……すみません」

 理由を聞いて貰えないと、手つなぎしているだけで遊んでいるようにしか見られない……。

「手をつなぎ続けて着替えはどうする気だ! ――風呂は!」

 急に声が大きくなり、怒りを腹の底にまで感じる――。

「一緒に入るわ。っていうか、もう何度も一緒に入ってるし――」

「「――!」」


 ――お父さんの額に青い稲光のような……血管が浮かび上がる――!

 目が真っ赤になり、口から牙が生えてきて、頭の頂点からパックンフラワーが生えてきそうなくらい怒っている――!

 鼻息も荒い――。


 手を離して……逃げたい――。

 今すぐこんなところから逃げ出して、楽になりたい――。

 なんでこんな目に遭わなくてはいけないんだ――。

 罰が当たったのか――!


 今すぐ純香とつないだ手を……離したら、楽になれる……。走って玄関から逃げ出せる。純香だってこれ以上は親に怒られない。俺だって家に帰ってお布団で眠れる……。ここ数日間、熟睡なんてできていない。目の下に熊だって飼っている……。

 犯人の罰則なんて嘘に決まっている。マンションの中、リビングの状況まで分かるはずがない……。

 ――幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこなんて、誰かが作った、ただのゲームだ、お遊びだ――!


「キサマ、名前は」

 ――ギュッとつないだ手に力を入れてしまった。

 キサマって……恐過ぎる……。低い声といかつい顔立ち……滅茶苦茶恐いです。

 足がガクガクして、逃げようにも恐らくは走れません。玄関に辿り着く前に両足をタックルされそうです。

 ……絶体絶命で……気を失ってしまいそうです……。幽体離脱しそうです……。心が身体を追い越していきそうです……。


「さ、さ、榊一真と申します……」

 ピクっとお父さんの眉毛が動いた。

「なに、榊だと?」

 気に障る名前でしょうか。今日から気に障る名前になってしまうことでしょう……お察しいたします。ですが、申し訳ありません。苗字だけは俺にどうすることもできません……。

「ひょっとして、榊一茂さんの息子なのか」


 ……? 聞き覚えのある名前だ。――ああ、一茂って俺の親父の名前だ――。


「はい。え、父を知っているのですか」

 ハッハッハと大きな声で突然笑いだした。――笑い出す声にもビクッと脅えてしまう。

「知っているもなにも、榊一茂さんには会社で組合をやっている頃、お世話になったのさ」


 会社で組合って……ラグビーとかだろうか。スクラムって組み合うし……。


「ハッハッハ、なーんだ、榊さんの息子だったのか。あの時の小さな子供がこんなに大きくなったとは。まあ、うちの娘と同い年だったから当然と言えば当然だな。ハッハッハ」

「……」

 ひょっとして、土壇場で俺は、父親の見えない力で助かったのだろうか……。今日は金曜日だから家に帰ってきているとは思うが……。

 ――親の七光って、こういうことを言うのか――?


「いやー、よその子は成長が早くてビックリしたが、それなら話は早い。こんな娘だが、よろしく頼む」

 お父さんの話――展開が早過ぎて、ちょっとついていけないが……。

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 ひょっとすると、俺と純香とは幼い頃に会ったことがあるのだろうか。その会社の組合ってやつで。

「――って、お父さん、なにをよろしく頼むのよ! 一真も簡単に返事しないで」

「はい」

 純香の顔が真っ赤だった。そして、俺の青ざめていた顔にもようやく血の気が戻ってきた。血が通ってきた……。

 知らないうちに、純香の手をギューっと強く握っていた……。


 『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』のせいで学校内が大変なことになっていることや、手をつなぎ続けなければならない理由を説明したのだが、どこまで信じてくれているか分からない。さらにはそのことを隠していたことと、純香がお母さんに嘘をついたことについては、それからさらに怒られた。

 怒られたのだが……お父さんもお母さんも昔は同じように親に嘘をついたことがあると話してくれた……。子供が大人になるまでにする遊び、悪戯や嘘などは、親などもほとんど経験していることなのだろう。ひょっとすると、二人でお風呂に入るのも……親だって経験しているのかもしれない。


 なんとか今日も純香と無事に手をつなぎながら眠れる……。生きていられて良かった……。


 生きているって、なんて幸せなことなのだろうか……。


読んでいただきありがとうございます!

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