打ち合わせ
「ほほう。フォークダンスか」
生徒会長は腕を組み直し興味深い表情で反応を示した。
「幼稚園や小学校のときに踊ったフォークダンスって、楽しかったわ。学年が上がる度に男子と手をつなぐのが恥ずかしくなっていったけれど……」
少しずつ握る手に力がこもってくる。恥ずかしいといっているのが恥ずかしいのだろう。その気持ちがよく分かる。
「そうだなあ。小学校の低学年までは音楽に合わせて踊るのが楽しかった。女子と手をつなぐのも恥ずかしくなかった……」
小学校の頃は、手つなぎ鬼ごっこもみんなで楽しんでやっていた……。
「いいんじゃない。フォークダンス、楽しそうよ」
「ああ。俺もフォークダンスくらいなら踊れるぞ。難しいダンスは無理だけどな」
如月も慎也も賛同してくれる。
「だが、フォークダンスではたしかに手を繋ぐが、曲の途中で放してしまうだろ」
「あちゃー。そうだったわ」
順番に相手が換わるダンスもあったはずだ。ずっと同じ二人ペアの曲なんて……なかったかもしれない。
「同じペアでずっと踊るわけじゃなかったか」
「社交ダンスじゃないもんね」
やっぱり駄目か……。いいアイデアだとは思ったのだが。
「でも……」
副会長の光来さんが初めて発言した。
生徒会長や俺達がお弁当を食べる間も、ずっと生徒会長の真横で立っていて……いつお昼ご飯を食べているのだろうかと素朴な疑問が湧き上がるぞ。
「そこは……最初にペアを作ったら、そのままペアは手を離さないようにしてダンスしたら面白いかと思います。手つなぎ鬼ごっこをしながらのフォークダンスパーティーでいかがでしょうか」
「手つなぎ鬼ごっこフォークダンスパーティーか――」
「いいんじゃないかなあ。楽しそうだぞ」
「ああ、楽しそうに聞こえるぞ」
聞こえるは余計だぞ慎也。
「そうね、たしかに楽しそうに聞こえるわ」
楽しそうでいいんだぞ、如月!
だが、漠然とした不安はみんなが気付いている。カップルや仲のいい友達同士はそのルールで問題ないだろうが……。それ以外のプレーヤーはどうすればいいのだ。
「だが、手をつなぎたがらない生徒をどうするかだなあ……」
「それを無理やりつなぐからこそのフォークダンスと手つなぎ鬼ごっこなのだろ」
こんな機会でもなければ、一生、人と手をつなげない大人に育ってしまう……。先週までの俺みたいに……。
お釣りを受け取る時に手と手が触れただけでドキドキする大人に成長してしまう――。
「手をつなぐ相手がいない生徒は、生徒会の力で当日会場に来た順番で強制的に手をつながせる。男同士、女同士になっても文句は言わせない」
生徒会長が言うと本当にできそうなのが怖い。生徒会の力って……なんだ。魔力や磁力のようなものなのか。なにか裏の組織や力を握っていそうで怖い……。先生に成績を下げさせるとか、連絡なしに家庭訪問が来るとか、あいさつ運動に立たされるとか……。
「時間を夕方六時から七時までの一時間に限定したら、なんとかなるんじゃないか」
「そうね、一時間くらいなら手をつなぎ続けてもどうってことない筈だわ」
「なんせ俺達は二十四時間、休まずに手をつないでいるんだからな」
……そうなんだ……。手をつなぐ時間の感覚が、少しおかしなことになっている……。フォークダンスパーティーをしている一時間くらい、屁でもないはず。
なんとか……なるか。
「一度手をつないでしまったら、後は会場のノリと雰囲気で……誤魔化すか。少々暗ければ……なんとかなる」
「会場は校庭? それとも体育館」
今年の梅雨入りはまだ遅そうだ。天気予報では、土日もずっと晴れの予報だったはず。
「人数にもよるが、大勢なら校庭の方がいいだろう。真ん中に盆踊りのやぐらなどを組み、提灯を吊るせばそれなりに雰囲気も楽しめる」
「あ、盆踊りって好き! 盆踊りもしようよ」
いや、盆踊りじゃ趣旨が変わってくるだろ。
「……それは六時三〇分以降だな。手をつないで二人で盆踊りは踊れない」
町内会の盆踊りでも、二人で踊っているところは見たことがない。
「そこまで盛大にやるのなら、プレーヤーだけを対象とせずに全校生徒で楽しむビッグイベントにすればよいではないか」
――全校生徒で楽しむビッグイベント――!
さすが生徒会長だ……。
「学校祭でDJをやっていた音吉三平を呼ぼう。あと、軽音楽部にやぐらの上で生演奏させてみるか」
フォークダンスをDJと生演奏って……どうなるんだろう。ズンズンと低音が響いてきそうだ。
「楽しそうね」
「ああ、楽しそうだ」
「金城君。予算を計算したまえ」
「はい、ただいま」
生徒会室の扉のところに待機していた会計の金城算盤が内ポケットから電卓を取り出し、タンタンと手早く叩く。
「やぐら用の短管とクランプ、ボルトや番線などはあった筈です。紅白幕も準備できますが、学校に提灯はありません。提灯コード四本と提灯、電球を至急購入します。屋外用のPAシステムはありますが、接続と操作方法などは私には分かりかねます」
「よい。音響は音吉三平に任せよう。学校祭の時も殆ど一人でやってくれた」
「声を掛けておきます。それと、屋台や飲み物はいかがなさいますか」
「ジュースと片手で食べられて手が汚れない軽食を学食業者に準備させてくれ。先生用の缶ビールも忘れないように」
「はい」
片手で食べられるものといえば、フランクフルトか……。いや、アメリカンドッグもいいなあ。あの棒のカリカリした部分が……最高だ。むしろカリカリの部分だけでいいと言っても過言ではない――。
「じゃあ、一真にはカリカリの部分だけあげるわ」
「ありがとう」
純香は……やはり優しくて好きだ。
「全校生徒の軽食代込みでも五十万は掛からないでしょう。費用はなんとかなります。なんとかしてみせます」
五十……万円?
「分かった。では発注を頼む」
「はい」
「五十万円も掛かる……のですか」
それほどのお金を生徒会の判断で勝手に使っていいのだろうか。いや、よくないはずだ。
「生徒会に不可能はない。君たちも間違えてはならない。生徒のために学校があるのだ」
生徒のために学校がある――?
……言われてみれば、そうかもしれない。給料を貰っている先生のために学校がある訳じゃない。もちろん校長のためでもない。学校のために生徒がいる……わけがないか。とすると……生徒会長の言っていることは、正しいのか……。
「そうよ。そして、その生徒の象徴が生徒会長、伊吹寿人様なのです」
――違うぞ!
それは微妙に違う気がするぞ――!
「さよう。生徒一人のピンチは、学校のピンチでもあるのだ。一人は皆のため、皆は一人のためなのだ」
生徒会長一人のためにと聞こえるぞ……。
生徒会長が次々と指示を出し、土日のスケジュールと配布用のチラシを手際よくモバイルパソコンで作り始める。俺が三年生になっても、とてもじゃないがこんなことはできないだろう……。生徒会役員の持つスキルが凄すぎて……愕然としてしまう。
「できた」
え、もう? 生徒会室専用に置かれたプリンターから、カラーのチラシが一枚印刷されると、それを手にとり確認する。もう一人の生徒会役員が会長へとスッと近づく。
「段塚君。これを拡大コピーして下校時間までに玄関に貼っておいてくれたまえ。あと、全校生徒分印刷して、なんとしても帰る前に配るのだ――」
「かしこまりました。教頭先生に許可を頂いてきます」
「頼む」
書記の女子が生徒会室を出て行った。
「凄い手際の良さですね」
思わず称賛の声が出てしまった。偉そうにしているだけのことはある……。いや、実際に偉いと思ってしまった。
「有能な生徒会役員達によって私は支えられている。生徒一人にできることは小さくとも、全員が同じ目標に向かって努力すれば不可能が可能になるのだ。そして、そのためには生徒を愛していなくてはならない」
「愛……」
聞いていて思わず歯がうずきそうになるぞ。
「好きな人のために死ねるのが愛ではない。それはただの自己陶酔だ。好きな人のために、絶対に死ねないのが愛だ。君にも分かる時が来るだろう」
「……」
絶対に死ねないのが愛って……。このときはあまりよく分からなかった。
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