犯人
「だがちょっと待て、松見が『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』を考え出したんじゃないのか?」
犯人だとばかり思っていた。
「なりすましログインをして事前登録はしたが、あのゲームを考え出したのは僕じゃない。海外の怪しいサイトだと思う」
そんな馬鹿な――。
「なんで海外の怪しいサイトが、日本語なんだ」
「「――!」」
――! じゃねーぞ! どう考えてもおかしいと思え! 怪しいサイトをすべて「海外」に一くくりにして押し付けるんじゃねーよ!
俺もごっそりそう考えていたのは――内緒だ。
「それとさあ、お前って、アニ声出せるの」
「出せない。男だぞ」
……。
「じゃあ、ゲームのメッセージ機能を乗っ取って、俺に話しかけてきたのは、松見じゃないのか?」
「そんなことできる訳ないだろ。僕はただ、日曜日の六時半にはゲームをしていただけなんだ。そしたら急にメッセージが出できて、読んでいたらヘッドホンから声がしたんだ。『あなたは誰にも気付かれずに鬼を監視する、監視員になってもらいますう』と言われたんだ」
「監視員……だと」
「――めっちゃ僕には似合っていると思った」
「……」
「そこは否定しないが……」
真の犯人は松見にも直接話しかけていたのか……。松見の兵器オタクを知っていてそんな指令を出したのだろう。だとすると、やはり同じ高校……同じクラスに別の犯人がいるってことになる。
松見よりもややこしい奴がバックにいるってことになる――。
「『監視員は、鬼が手を放すのを警告し阻止して下さい。自己責任で』 って」
「――自己責任って、全部松見の責任になるってことじゃないか!」
「ああ。だから僕だって、最初は信じていなかったさ。……月曜日、椎名と手をつなぐ榊……お前を見るまではな」
……。
「僕だって信じられなかったさ。『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』の最初の鬼なんてレアな存在が、まさか自分のクラスにいることと、それをやろうとして、まさか隣の席の女子なんかに軽々しくタッチすることと、まさかそれを真に受けて手をつなぎ続ける女子がいるなんてことに……」
「そのまさかなのだが……」
まさかの三連鎖。隣を見ると純香が恥ずかしそうに顔を逸らす。つないだ手が今はちょっぴり恥ずかしい。テヘペロってやつだ。
「だから僕も、あ、これは、リアルなやつだ――と気が付いた。だとすれば、僕は監視員の任務を遂行しなくてはならない――。そうしなくては、どこかからヘッドショットされてしまうと怯えたんだ」
松見も……怯えていたのか……。
「男だろ! 鉛玉で戦えよ!」
――! 慎也は正気で言ってるのだろうか。
「……それで月曜日、手を放したところを警告するために、教室一番後ろの花瓶を割ったんだ。親指と人差し指にゴムを掛けたハンドスリングショットで」
――ハンドスリングショット――! 想像するだけで指が変な方向に曲がりそうだぞ――!
「学校にいる間は気付かれないようについていき、手を離しているのが分かったらガラスを割って警告したんだ。だが、絶対に当たらないように気を付けていた、信じてくれ――」
信じるもなにも、得体の知れない犯人からの罰則が怖いのは……致し方ない。
「じゃあ、教室のガラスの時はどうやったんだ。どうやって、如月が手を放したのを知ったんだ」
「……僕は鞄の中に通信機を入れて持ち歩いているんだ……」
――通信機?
「盗聴器じゃなくて通信機なのか。違いがよく分からないが」
スマホも通信機と呼べるのかもしれないが……。
「……近くの小さな音声を拾って、スマホで聞くことができるんだ……」
盗聴器じゃねーか――!
自分の鞄に入れて持ち歩いているって、それはなんの目的で持ち歩いているんだよ――!
「あとで没収だな」
さらにガクッと松見が頭を前に垂らした。
「……とりあえず、監視員がいないのなら、もう手を放してもいいのかなあ」
「いや、真の犯人がいるってことは、もう少し待った方がいいかもしれない。今日の新しいメッセージに何かしら変化があるかもしれない。それに監視員も……一人とは限らない」
……嫌な予感がする。使い勝手のいい駒を取られれば、何かしらの報復を考えるのが世の悪者の戦法だ。
お決まり……定番……お約束の筈だ。テンプレとは……ちょっと違うか。
「それじゃあ、先生にタッチしておきなさい」
「え、どうしてですか」
賀東先生が腕毛の生えた太い手を出す。あまり触りたくない……。
「監視員はいなくなったが、犯人が捕まった訳じゃない。だとすれば、今日も一人ずつ鬼を増やさなくてはいけないのだろ」
「……はい。鬼が一人ずつ増えないと、罰則があるとメッセージに書いてありました」
「だったら、俺と、生徒指導の西山先生が鬼に加わろう!」
「――え!」
急に話を振られた西山響子先生の眼鏡がズレ下がった。今年から生徒指導をしている若い先生だ。大きな眼鏡と二つに結んだ短い黒髪……まるで生徒のような幼さだ。
「ちょ、ちょっと賀東先生、……聞いてないですよ。手つなぎ鬼ごっごの鬼になれだなんて……」
「生徒が困っているんですよ! ここで先生同士が生徒のために手を取り合って協力せずにどうするというのですか――! そんなの教師失格です――! 人間失格です――!」
お前が失格だ……と言ってやりたい。
熱く語り過ぎる賀東先生……西山先生が好きなのだろう。……単純で分かりやすい性格だ。
「でも先生、三人鬼は大変ですよ」
「真ん中は両手を使えない。服も着替えられない」
「それに、わたし達に一人、舞子のペアに一人、それぞれ先生と手をつなぐと、賀東先生と西山先生は一生手をつなげませんよ」
純香と舞子がクスクス笑っている。賀東先生は手つなぎ鬼ごっこのルールを知らないのだろうか。
「――なんだと! そうか、それはダメだ! つまり……」
賀東先生が生徒指導室内を見渡すと、残りの二人の先生が、露骨に物凄く嫌そうな顔をした。
「いや、嫌だわ。手をつないで生活なんてできないわ」
「そうよ! それに、もし賀東先生と西山先生が手をつなぐと……わたしは南波先生と手をつながなくてはいけないじゃない。女同士になってしまうわ――!」
「いいじゃないですか、この際なんでも」
なんでもって、他人事過ぎて酷過ぎるぞ――。
「ええ? ええ! 女同士でも、いいんですか?」
「わたしだって、男の人と手をつなぎたいのにー!」
おどおどする先生達が見ていて楽しい。
他人事が自分事になったとき、大人でもこれほど動揺するのか……。ここにいる先生はみんな若いのだが……生徒の俺が先生達の心配までしなくてもいいだろう……。
とにかく、頑張ってくれ……日曜日まで。
結局、室内にいた先生四人が手つなぎ鬼にのペアになることになった。
加賀先生と西山先生のペア。北島先生と南波先生のペア。この一組だけは女同士で、レアと言えばレアだ。
「レアというよりレズかもね」
「――ちょっと、西山先生! 生徒の前ですよ」
ペロッと舌をだす西山先生も……ちょっと掴み切れない性格の持ち主だ。賀東先生の腕毛が生えた手を平気で握っている。さすがは大人と称賛するべきなのか。
「ああー最悪だわ。わたしの家、片付いていないのに」
「そんなの、わたしだって一緒よ」
……んん? こうなることを予測して他の若い先生ばかりをこの部屋に呼んでいたのなら……賀東先生は相当の切れ者だ。しっかり西山先生と手をつないで目標を達成している。
……校長先生に怒られても知らないぞと言ってやりたい。「真の犯人」の濡れ衣を掛けてやりたい――。
「よし、解散。お前らは帰っていいぞ」
「……」
ひょっとして、もう邪魔者扱い? 先生達、みんな顔が赤くて……モジモジしている。生徒そっちのけ?
「松見はこれからどうなるんですか」
「ああ、もう少し話を聞いて、六時三〇分になってから帰らせることにする。理由はともかく、窓ガラスを割ったことや、鉛玉を持ち歩いているのは問題だからな。アハハハ!」
いや、先生、そこはぜんぜん笑うところじゃないです――。
「大丈夫かな、あの先生達」
「むしろ、この学校自体が大丈夫か不安……」
進路指導室を出ると、四人で教室へと戻った。今日も昨日と同じように、俺と如月の家でお互いを泊める予定だ。
「いいじゃないの。大人には大人の楽しみがあるかもしれないし~」
顔が赤くなるだろ。なんだその大人の楽しみって……。如月の発言はちょっと……俺と純香には刺激が強過ぎるぞ……。
「先生だって鬼になってみなければ、リアル手つなぎ鬼ごっこの苦労が分からないさ。生徒だけで遊んでいるだけと思われていれば、いつになっても必死に解決しようとしないのさ」
降りかかる火の粉は……? なんとやら~なのさ。
「そうよね。一週間手をつないでいればいいだけだろって……実際にやってみないとこの苦労は分からないわ」
……楽しみも……。
「でも、鬼が増え続けて鬼の中に犯人が紛れてしまったら……危険だわ」
「……そうだな。それもないとは言えない。すでに先生の中に犯人がいるってことも考えられる」
賀東先生が怪しく見えた。……いや、でもあの先生はパソコンが大の苦手だ。
クラス便りも未だに手書きだ――。
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