陽動作戦
いよいよ作戦決行の時間が来た。
「トイレに行こっか」
「ああ」
五時間目が終わると、俺と純香は席を立った。
「お、いよいよ行くのね」
「いよいよって……ただのトイレだぞ」
「ああ、俺達もちょうど行こうと思ってたところさ」
……なんか、平気で連れションみたいになっているのだが、いいのだろうか……。
旧校舎の職員トイレの前で周りに誰もいないのを確認する。
「じゃあ、終わったらここで待っててくれ」
「なにかあったら大声出すんだぞ」
「え、本当に大丈夫なの、本当に手を放しても」
「ああ、大丈夫。久しぶりにゆっくりトイレをしてきてくれ」
「バカ!」
――バリリン、カッシャ―ン!
――女子トイレの扉が開いたとき、またしても窓が割れた――。
「キャア!」
「危ない!」
やはり犯人はどこからか俺達の声を聞いていて外から狙っていたんだ――。普通なら逃げるのが利口だと思うが、ここで逃がせばこの先もずっと危険がつきまとう――。
「待ちやがれ――!」
割れた窓の方へ一目散に走ると、砂利を蹴って逃げる音が聞こえた――。割れた窓を開け窓から外へと飛び出る。
ジャッジャッジャッジャッ――、砂利を蹴って走る音が右側へと向かっている。よし、計画通りだ。
頼むぜ、先生――。
校舎の角まで走っていくと、角を曲がったところで生徒が一人正座させられ、俺の担任、賀東先生が腕を組んで立っていた……。
いつの間に掴まえて正座までさせたんだ――。早過ぎる展開についていけないぞ……神業か――!
「ご苦労さん。榊は教室へ戻ったらいい。放課後、みんなで進路指導室へ来てくれ」
「はあ、はあ、はあ……。はい」
正座させられている生徒の顔は……見えなかった。
職員トイレへ戻ると、純香が心配そうな顔をして待っていてくれた。
「大丈夫だった」
「ああ。おかげで犯人を捕まえることができた」
「よかった」
「で、誰だったんだよ、犯人って」
「……顔は見えなかったが、直ぐに分かる。放課後、進路指導室へこの四人で来てくれと言っていた」
ゴクリと慎也が唾を飲む。
「俺達、別に悪いことしてないよな。ガラスだって割っていないし」
「ああ。俺達は、被害者さ……」
ひょっとすると俺だけは加害者なのかもしれないが……。
純香とまた手をつないだのは……念のためだ。放課後、すべてがはっきりするまでは手をつないでいたいと思ったからだ。
「失礼します」
「入りたまえ」
放課後、俺達四人の手つなぎ鬼は、進路指導室へと向かった。なぜこの部屋を賀東先生が選んだのかは分からない。普通の教室の半分にも満たない小さな部屋で、先生からこの部屋に呼ばれる場合は、「説教部屋」と聞かされていた。その名の通り、中央に椅子が一つだけ置かれ、両手を椅子の後ろで縛られ、体は椅子に黄色と黒の「トラロープ」でグルグル巻きに縛られている……。
口にはガムテープが貼られ、目隠しまでされている……。
隣で仁王立ちする賀東先生は木刀を片手に持っているのだが……いくらなんでもやり過ぎだと思う。
「……やっぱり、お前だったのか」
「そうじゃないかと思ったぜ」
「わたしも、絶対そうだと思っていたわ」
「え、どうして教えてくれなかったのよ」
その男は……俺達のクラス委員、松見幸和だった……。クラス委員が六時間目いなかったのだから……バレバレといえば、バレバレだ。ただ、クラスの他の生徒は誰も知らないだろう……。
「先生、これはいくらなんでもやり過ぎだと思います」
「そうだろ。実は松見が皆に申し訳ないからこうしてくれと言ったんだ」
自分から――! まさかのドS気?
先生はガムテープを一気にはがした。
ピシャ!
「――!」
うわあ……一気に剥がすのが痛そうだ……。これは遠回しな体罰だ。
「……ごめん、みんな……」
物凄く反省しているようで、涙と鼻水を垂らしていた……。
「……ごめんもなにも……」
「薄々は気付いていたさ」
花瓶の時は驚いたからまったく分からなかったが、教室の窓が割れた時、どう考えても生徒の仕業の気がしてならなかった。
「だが、どうやって教室の花瓶を割ったんだ。スリングショットでゴムを引っ張ったりすれば、目立ちすぎて、誰かには目撃されるはずだ」
「ゴムと鉛玉だけを持ち歩いていたのさ……。僕はいつ、どこで、誰に襲われても戦えるように、内ポケットにスリングショット用のゴムと鉛玉を持ち歩いているんだ。今は没収されてしまったけれど」
純粋にあぶね――。没収した賀東先生も複雑な面もちだ……。
「でも、どうやって俺や皆のゲームにメッセージを送り付けたんだ。そもそも、どうやってゲーム内のログインIDとパスワードを入手したんだ」
「……」
「松見……言わないと、ためにならんぞ」
松見がやったことは、学校内の器物破損になる。どんなに言い訳をしても、停学処分はまぬがれないだろう……。
「別のアドレスを……全学年のクラス委員が集まる委員会の時、偶然手に入れたんだ……」
「なんだって?」
「どうやって」
「ま、まさか、学校のサーバーから個人情報を入手したのか――!」
学校のパソコンにメールアドレスを登録すれば、高校からのお知らせや緊急連絡が配信される。そのアドレスを盗み出したというのか――。
「だが、教師が持つすべてのパソコンにはパスワードがかかっている。生徒が簡単には解除できないはずだ。……付箋にパスワードを書きディスプレイの横に貼っていたら、前に校長先生に怒られたんだぞ!」
「ご、ごめんなさい」
いや、校長に怒られたのは賀東先生のせいで間違いないぞ。教師にあるまじき行為だ。
「実は、クラス委員会の時に配られた資料が……裏紙の再利用で、裏側に生徒の個人情報が印刷されていたんです」
「……裏紙に個人情報だと!」
それって、先生達の不手際……だよな。言わないけれど。
「嫌だ! それって、胸囲とか体重とかも書かれたやつなの! ――変態!」
胸を隠すな如月!
「違う! 緊急連絡用のメールアドレスだけだった!」
慌てて弁解する松見。
……だいたい如月、入学してから胸囲なんて測ってないだろ――。……いや、俺達は測った覚えはないぞ。男子だけ測っていないというのなら、そこにはなにかしらの悪意が感じられるぞ――。
「だが、メールアドレスだけ知られても、オンラインゲームでは使えない筈だ」
そもそもゲーム内で使うログインIDとは違うし、パスワードだって分からないだろう……。
「メールアドレスの@マークより前を多用している人が多いことに気付いたんだ。ログインIDやパスワードにメールアドレスと同じ文字を使っている人が実際にはほとんどなのさ」
「「――!」」
言われれば俺も、スマホのメッセージアドレスとゲームのログインIDは同じにしている――。さらには、パスワードまで同じにしている――!
そして、それは俺以外の三人も同じことをしていたようで、みんなの顔が青ざめている――。賀東先生の顔も、青ざめている――。つまり、アドレスもパスワードも全部ひっくるめて同じ派なんだ――!
――たくさん覚えれらないから、全部同じでもいい派なんだ――!
「悪戯のつもりでピクピクシリーズのログインIDにアドレスを入力して同じパスワードを入れてみたら、面白いように『なりすましログイン』ができたんだ。男子も女子も……そして先生達も、大勢がピクピクシリーズのオンラインゲームにハマっていることが分かった」
「……」
「それで……新しいゲームの配信に向けた新規登録期間中に……夜な夜な全員のログインIDとパスワードを入力し、一致した人を登録したんだ。まさか海外の怪しい乗っ取りサイトだなんて……知らなかったんだ」
「その怪しいゲームが、『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』だったってことか」
ゲームというよりは、脅迫文の強制配信だな。音声通信を『許可』にしていたから俺は声も聞かれてしまったってことか。
「幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ……。僕も女子と手をつなぎたかった……。小学校の頃から誰も僕とは手をつなぎたがらなかった。僕は子供のころからエアーガンのグリップとスリングショットだけを握って成長してきたんだ」
松見の隣の席は……如月だ。隣の席の女子と手を握れればラッキーと思ったんだろうな……。
「――僕みたいな兵器オタクなんて、女子に絶対に嫌われるんだ――」
「うん」
「兵器オタクはちょっと苦手かな」
「……」
女子のリアルな声だ……。全員がそうではないだろうが、ほぼほぼほぼほぼ苦手なのだろう。
「バカだなあ……表に出さなきゃいいのさ」
「ああ。隠れ兵器オタクでいいのさ」
俺もそれだったから分かる。気持ちは分かるが、学校に鉛玉を持ってきちゃダメさ。BB弾も一緒さ。
……見つかったら致命的だから。
「人にはそれぞれ性癖ってのがある。だがそれは、知られたくないくらいがちょうどいいんだ。逆に、知られてもいい、知られたいというのならば、それなりの覚悟を決めなければならないのさ」
おいおい、賀東先生は何が言いたいんだ……。なにかしらの体験談なのだろうか、説得力があると感じた。
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