作戦開始
「ちょっと、トイレに行ってくるよ」
「え、ああ」
一時間目が終ると、俺と純香は手をつないで教室を出た。
「わたしはまだ行きたくないんだけど……」
「ああ俺もさ。念には念を入れて、慎也たちにわざとそう言っておいたのさ」
「?」
廊下の角を曲がり、旧校舎とは別の方へと向かう。
「今までに俺達が犯人から狙撃された場所は教室と職員トイレの二か所だけだ。教室の花瓶と窓ガラス、職員トイレの窓ガラスと鏡。割れたもので共通しているのはなんだと思う」
「え、共通しているところ?」
人差し指の第二関節を唇に当てて考える。純香のこの仕草を見るのが好きだ。
「分からないわ」
「割れるってことさ」
「……」
軽く足首を蹴られた。
「イテテ、冗談だよ。犯人はわざと派手に割れる物ばかりを狙ったのだろうけど、ちょっとふにおちなくて、こうやって見に来たんだ」
クラスの教室が狙えそうな図書室へと来た。中庭を挟んだ向かい側が、ちょうど俺達のクラスの窓になる。
「ここから中の様子って分かるかい。例えば如月と純香や俺が手を握ったり離したりしていたのが見えるかってことなんだけど」
「……うーん。見ようと思えば見えるわ。でも窓が閉まっていれば光が跳ね返って見えにくいわ」
「だよな」
次の休み時間に向かったのは旧校舎の職員トイレの外側だ。
「周囲には何も隠れる場所がないわ」
「ああ。だから割ったのと同時に走って逃げていったのだろう。見つかったらせっかくのゲームが一貫の終わりだからな。よし、次の休み時間は、職員室へ行こうか」
「グアー、ゴゴゴゴ……」
なんで他の先生は眠っている賀東先生を起こさないのだろうか……。これでは給料泥棒甚だしい。授業料の返却を要求したいぞ――。
「先生!」
職員室で休み時間にうたた寝をしていた賀東先生は、ゴツイ体をビクッとさせて目覚めた。
「……一真みたい」
「……それは言わなくてもいいことだよ」
授業中に寝ている俺達がそのまま大人になると……こうなってしまうのかもしれない。生徒に給料泥棒とか言われたら……おしまいだぞ。
「賀東先生、協力してもらいたいんですけど、いいですか」
「え、ああ、いいぞ。なんのことだったかなあ」
「……」
「五時間目の休み時間に……」
「フワー!」
大きなあくびをするな! 他の一生懸命頑張っている先生達が迷惑しますから――!
……あまり頼りにはならないが、一応はやってほしいことを伝えると、教室へと戻った。
「……本当に大丈夫かなあ、賀東先生」
賀東先生は柔道部の顧問だ。腕も首も丸太のように太い。……スネ毛も髭も滅茶苦茶濃い。
「ああ、あの先生ならスリングショットくらいでは怪我しないさ、寝てなきゃ大丈夫だろう。トレロカモミロみたいなものさ」
「……」
三〇歩ほど歩いたところで純香が立ち止まった手を引っ張った。
「どうした?」
「とれろかもみろって……なに?」
真顔で尋ねられると……俺も弱ってしまうぞ……。
昼休みになると、手つなぎ鬼の四人は俺と純香の机に集まりご飯を食べた。
「なあ、ルールでは今日も新しい鬼を捕まえないといけないんだよなあ」
「……ああ」
鬼のペアごとに一人増えなければいけない。だとすると、三人手つなぎ鬼にならないといけない。
「わたし、三人なんて嫌だわ」
「わたしも」
「俺も」
「じゃあ、俺も」
じゃあってなんだよ! 慎也だけが三人手つなぎ鬼を体験していないからかもしれないが、あれは……大変だ。寝返りを打ちたくてもできない。頭も掻けない。スマホも触れない。
「もし鬼を増やすにしても、放課後にしかできない。教室の机の並びで手をつなぐと……後が大変だ」
手つなぎ鬼ごっこができる同意も取らなきゃいけないし、外泊するとなればハードルは飛び抜けて高くなる。タッチしたけれど「無理」と言われたりするのが一番怖いぞ。
「で、うまくいきそうなの? その作戦って」
「うーん。一つの賭けだろうなあ」
「俺達はどうすればいいんだ」
「ああ。なにもしなくて大丈夫だ」
「なんだそりゃ」
ここではあまり話さない方がいいんだ。俺の予想では。
「弁当、デカ!」
「ふふーん。一真のお母さん手作り弁当よ」
中は……七対三でご飯の勝ち……。女子のお弁当にあってはならない比率だろう。
「ご飯大盛だわ!」
「食べられるかしら」
「俺がいくらでも手伝ってあげるよ!」
慎也が名乗り出る。
俺の弁当の中身と同じなのだが、昨日の天ぷらの残りに醤油をかけたのと、朝の鯖のぬか漬けを焼いたものと、卵焼きと漬物って……男子の弁当だな。可愛さが足りない。
「キャー、サツマイモの天ぷらがまた入ってる」
「あー、美味しそー!」
……女子って、サツマイモの天ぷらが好きなのか……?
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、感想、お星様ポチっと、などよろしくお願いしま~す!