手をつないだまま寝られるのか? Ⅲ
ベッドと違い布団はいい。どさっと上から誰も落ちてこないから安心して眠れる。
「スースー」
「……」
それにしても、俺の部屋なんかで純香はよく眠れるものだ……。暗がりの中、純香の寝顔を眺めている夢のようなひと時に、じんわり幸せを感じる。
つないだ手は今日も軽く紐で結んでいる。幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこが……幸せ過ぎて怖い。
この幸せは、いつか必ず終わりが来る……。日曜日の午後六時三〇分がこれば……手つなぎ鬼ごっこは終了してしまう……。今は一度つないだ手を離さないように頑張っているが、離したらそれを期に二度と手をつなげないような不安感が拭いきれない。
何もなかったような日常に戻り、またゲームに明け暮れる日々を送るのだろうか……。
それは嫌だ。嫌なのだが、だったら俺はどうすればいいんだ……。
「んんー」
「? うおっ」
純香が寝ぼけて俺に抱き着いてくる――! 丸まった布団か抱き枕のように、足まで使って密着されると、純香の体温を感じ……じわじわと汗ばんでくる――。
純香は寝相が……あまりよくないのかもしれない。俺の領土にごっそり不法侵入してきている。
母は下の部屋でとっくに寝ているから、純香の家とは違って安心といえば安心なのだが……、それ故に俺の下心と良心がせめぎ合う――。
「スースー」
……耳元でそれは……よくないです。
「スースー」
これを……あと何時間聞き続けなくてはいけないのだろうか。
「スースー」
誰だ、さっき「息をするのも苦労する」とか抜かしていた愚か者は……、俺だった。可愛い寝息を聞き続けるのも……苦労する!
「ムニャムニャ……あっつい……」
だろうね! 純香も熱いと感じているんだよね! じゃあ、離れようよ。
「それはダメ……ムニャムニャ……」
「……」
なんか、体が密着していると、考えていることが全部伝わっていてしまいそうで怖いぞ……。
人が意思の疎通をするのは、言葉だけに限らない筈だ。手をつないでいるだけで、嬉しい時や不安な時、楽しい時なんかも握り方が変わって気持ちが伝わってくる。こんなに体がくっついていると……本当は考えていることがすべて同期されているのかもしれない……。
……何も考えてはいけない! 無心になるんだ……。
「スースー」
「……」
「スースー」
「……」
「スースー」
「……」
これって地獄だ。極楽という名の地獄だ――。
地獄と極楽は……紙一重なのかもしれない……。
「おはよう、一真」
「……ほえ」
ぼんやり目を開けると、純香が俺の顔を覗き込んでいる。まだ夢を見ているような幸福感……。もう少し寝ていたい。もう少し幸福感に包まれていたい……。
――チュッ。
――! 目が一気に覚めるから――!
昨日の夜、俺と純香は初めてキスをした。そして今朝、二回目のキスをした……。
――そんな感じで、キスってしていいのか――!
たしかに外国人は……ドラマや映画とかでもチュッチュしている。だが、日本のドラマや映画ではどうだろう。ぜんぜんチュッチュしていない――。そりゃそうさ。俳優は本当の夫婦やカップルではないから、したくもない筈だ。
だったら両親はどうだ。チュッチュしていないだろう。一度も見た事がない。結婚式でキスしたのかさえ疑問だ――。
「目、覚めた?」
「はい」
はいと答えて、クスクスと笑われた……。
こうやって……二人の距離って近付いていくのか……。
一階へ下りると、母が朝ごはんの準備をしてくれていた。
「おはようございます」
「おはよう。朝ごはん食べてね」
「ありがとうございます」
俺は頭についた寝癖が手で治らないか試しながら四角い座卓に座った。純香のショートボブは、綺麗に整っている。俺より早く起きてセットしていたのだろう。あの寝相で寝癖がつかない筈がない……。
漬物と味噌汁と軽く焼いた鯖のぬか漬けを……純香は美味しそうに食べていた。
「お弁当、デカ!」
純香の口から思わず本音が飛び出した。
「女の子ってお昼にどれくらい食べるか分からなかったから、とりあえず一真と同じくらい詰めてみたの。おばさんが高校の時にはこれくらいはペロリと食べていたから……」
「自分の頃と比べるなよ……」
母は農家育ちだから、とにかく御飯と漬物さえあればいいと普段から口にしている。
「ありがとうございます」
ハンカチで包んである弁当には重みがあった。……物理的な重みが。
ご飯とおかずの比率に……驚くこと疑いなしだ……。
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