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男子って、どうして殺し合いのゲームが好きなの


 俺の勉強机は、充電器やリモコンが乱雑に置かれ、普段から勉強できるような状態ではない。純香には悪いが、今日の勉強は参考書に目を通すだけにしてもらった。

 明日には片付けたいと思う……。明日も純香がうちに来てくれればの話だが。

「いいわよ。それと、もしよかったらさっきのゲームの続きを見せてよ」

「え、ああ。興味あるのかい? シューティングゲームに」

「ぜんぜん。でも、一真がどんなゲームが好きなのか見てみたいの」

「お、俺の腕前を見たいんだな?」


 ゲーム機とテレビの電源を入れる。学校内では誰にも負けない自信があるんだと意気込んだのが……不味かった。


「よっしゃ! 1キル!」

 片手だと難しいが、ようやく一人目を倒すことができた。

「――!」

 ヘッドショットされた敵が無様に血を流して倒れ、ピクピクと痙攣して動かなくなるのが……不味かった。

「酷い! 残酷だわ。こんなゲームに夢中になっているなんて……」

 こんなゲームと言われると……たしかに残酷なのだが……。

「だったら、純香達がハマっている、『執事たちの館にはお姫様のご褒美がタップリ詰まってピクピク』はどうなんだよ。あれって、十八禁なんだろ」

 俺のやっているR15よりも年齢制限は上じゃないか。

「……十八禁で少しだけエロいけど、人を殺したり、血を流して倒れたり死んだり、そんなザマア要素はないわ」

 ザマア要素……? ザマア要素って……ひょっとして残酷な要素のことなのだろうか。

「しかもそれをネットの人同士で殺し合うなんて……戦争しているみたいじゃない。男子って、どうして殺し合いのゲームが好きなの」

「……」

 たしかに戦争もののゲームは多い。やっていて楽しい。

 人が殴り合うゲームもそうだし、たくさんの人をばっさばっさと切り倒していくゲームも戦争ものだ。位置情報を利用した陣取り合戦のようなゲームも出てきている。

「だけど、戦争以外のゲームもある。モンスターを倒すゲームやゾンビを倒すゲーム。悪者を倒すゲームなら問題ないだろ」

 やっている時は怖いけれど、倒した時にはスッキリする。

「人以外でも……、モンスターやゾンビなら銃や剣で殺して楽しいなんて……間違っているわ」

 今まで楽しいと思いずっと続けていたことを否定されたようで……初めて純香に苛立ちを覚えた。

「じゃあ……どんなゲームならいいんだ。オセロや将棋か」

 畑に種を蒔いて、育てて収穫するゲームか!

「……ごめんなさい」


 下唇を噛んだ純香を見て俺は……自己嫌悪に陥った。

 純香は知らなかっただけなんだ。俺達、男子がどんなゲームに熱中しているのかを。


 ……なのに。


「いや、俺の方こそごめん」

 ゲーム機の電源を切ると、部屋は静かになった。網戸から入ってくる風が、少し肌寒い。


「人を殺したり、傷つけ合ったり、そんなゲームを知らない方が、幸せな世界が作れると思うの……。わたし達を狙う犯人も、ゲームをしている感覚で人殺しができてしまうのなら、その感性は間違っている」

 俺と犯人が同じような人だと言われているようで……悲しい。悲しいのだが、なにも言い返せないのも事実だ。人の頭を吹っ飛ばすようなゲームをやっていて、まともな人間に育つ筈がない。その対象がゾンビやドラゴンでも一緒だ。

 嫌な奴は頭の中でヘッドショットしている……。時々だが、頭の上にライフゲージが見える。ゲームの世界が現実になればいいのにと思うこともある。


 つないだ手からは……純香の温かさが伝わってくる。


「そんなゲームを楽しんでいる一真を見て、ちょっとイメージと違うと思ったの」

「……俺の、イメージ」

「うん」

「……俺のイメージなんて、今見た通りだ。夜中までゲームをやって、先のことなんて考えもせず、ただただ毎日を楽しんでいるだけなんだ」

 恥ずかしいが、それが等身大の俺なんだ。純香に自慢したり誇れることなんて、なにもありはしない。

「ううん。一真は優しいよ。だからわたしは……好きになってしまったの」

「……」

 ……優しいだって?

 ――好きになってしまっただって?


「一真は覚えていないと思うけど、一年の学校祭の時、女子バレー部の催しで、対外試合があったの」

「……覚えているよ」

 忘れる訳がない。あの日から俺は純香のことが好きになったのだから。

「相手チームの方がレベルは高くて試合は一方的だったわ。なんとか踏ん張らないといけないのに、もうチーム全体が諦めモードに入っちゃって、全校生徒の前で綿串律高校の恥をさらしているように感じたの」

 一セットも取れない……一方的な試合だった。

「なんとか一点でも挽回しなきゃと思っていた矢先に先輩がレシーブミスをして、ボールが壁際にまで大きく弾かれた……」

 ドキッとする。

 純香と同じ風景を……俺も鮮明に覚えている。


「懸命に追い掛けてわたしの手がなんとかボールに届いたんだけど、勢い余ってわたしは壁に激突しかけたの……」

 俺の周りの男子は、サッと避けていたが、俺はどんくさかったからよけきれずに純香にぶつかった筈だ。

「そしたら、一真が『あぶねえ―』って、両手で――わたしの体を受け止めてくれた」

「……」


 微妙―に記憶がすり替わっている気がするが……言った方がいいのだろうか。


「一真のお陰でわたしは怪我をせずに済んだの……。試合には負けてしまったけれど、後で絶対にお礼を言いに行こうって心に決めていた。それなのに……わたしは人見知りするから……恥ずかしくて言い出せなかったの。今までもずっと。あの時は……ありがとう、ございました」

「いや……怪我がなくてよかったよ、本当に。実は俺もあの日、必死に頑張っている純香の姿に一目惚れをしてしまったんだ」

 純香は……あの後も、全力で戦い続けていた。気が付いたら声を上げて応援していた……。純香が俺を、応援したい気持ちにさせたんだ。


「……わたし、バレーの試合をしていても思うの。どうして戦っているのかしらって。これって、ちょっと変よね」

「いや、変じゃないと思う。純香は……優しいんだよ」

 純香が優しいんだ……。

「毎日毎日、負けないように、勝つことだけを考えて練習しているの。でも、スポーツも結局は勝ち負けを争うの……。戦争をするくらいなら代わりにスポーツで戦う方がいいとは思うけれど、負けて悔しい気持ちや勝ちたい気持ちは……戦いと変わらない」

「……」


「受験戦争も同じだと思うの。戦い争うから戦争なのよ。誰かに勝たなくてはいけないの」

 スポーツも、勉強も……戦争なのか――。

「知りたい知識を学ぶための勉強の筈が、他人に負けないため、他人に勝つための勉強になっている。受験勉強をしていても、本当にそれが正しいのか分からなくなるの」

「……ひょっとして純香、病んでるのか」


 置いてあった枕を持って、ボンッと叩かれた。


「違うわ、一真が羨ましいのよ。授業中は爆睡しているし、勉強してなくても成績が悪くても、ぜんぜん悩んでない! そんな一真を見ていて、『将来、苦労するに決まっているわ』と思ってしまうわたしの考え方も……絶対に間違えているのよ」

 枕を顔に押し当てて顔を隠す……。

「わたし、どうしたらいいのか分からなくなって、不安なの――」

 純香は、たくさんのことを抱えて悩んだり苦しんだりしている……。何とかしてあげたいのに何もしてあげられない……。

 ……いや、悩んでいる純香に俺が何もしてあげられなくてどうする――!


「ハッハッハ」

「――!」

 突然笑うのはまずかったかな。

「勉強してもしなくても、将来は苦労するのさ。ほら、息するのだって苦労するだろ」

「……息するのに苦労する? なにそれ」

 枕から顔を外して、キョトンとした顔を見せるのが……可愛くて愛しい。


「ああ。苦労すると考えれば、息をするのも心臓を動かすのも、生きているも苦労しているのさ。でも、それを苦労と思わないのは、それができるからなんだ」

「ちょっと、何言っているのか分かんない」

 首を斜めに傾けると、マッシュルームのようなショートボブも傾く。

「……つまり、いま、純香が苦労して勉強していれば、長い人生で同じような苦労なら乗り越えられる。俺みたいに勉強していなかったら、そんな壁が押し寄せてきた時には乗り越えられない。俺は苦労して達成する練習をしていないから……」

 部活動もそうだし、受験勉強だってそうだ。

「じゃあ一真はそんな時、どうするのよ」

「諦める。そして後悔する」

 手をグーにしてガッツポーズを見せる!

「諦めと後悔は自作自演の自業自得なのさ――」

「プッ」

 クスクス笑う純香。こんなに二人で話したのは……初めてだ。純香の気持ちや話が、たくさん聞けて嬉しい。

「だから、純香は諦めて後悔しなくて済むように、今まで通りに勉強をしたらいいと思う。俺も純香を見習って、今日から少しずつでも勉強をしようと思ったのは、誰のためでもない、俺のためなんだ」

 俺が諦めたり後悔したりすることがないように――なんだ。

「こんな変なゲームに巻き込まれて、部活も勉強もまともにできないから焦ってしまうかもしれない。でも、それ以上のことを学ぶことができるのなら、その価値は十分にあるよ。今日、俺は純香の考えや気持ちを知ることができてとても嬉しかった。人の気持ちを知るってことは、教科書にも参考書にも書いてない、大切なことなんだと思う」


「ねえ一真。わたしと……したい?」

「うん」

「即答しないでよ……バカ」

 いや、純香の質問の方がよっぽど突拍子もないぞと反論したいぞよ――!

「もちろん冗談さ。純香が冗談で言っているのも分かる」

 だって、俺達はまだ、キスとてしていない……。

「子供って、欲しい?」

「いや、ごめん、正直それは……まだ早い」

 まだ高校二年生だ。立派に育てていける自信がない。

「男子って……子供が欲しいわけじゃないのに、どうして女子の体を求めてくるの。胸を触ったり、裸を見たかったり」

「……」

 男子は……いつだって競争しているんだ。誰かと……。

 ……ひょっとすると、自分自身と……。


「ごめんね。わたしって、臆病だから本当にわたしのことが好きな人としか……そういうことはしたくないの」

「それは純香が正しいよ。俺が純香と手をつなぎたいと思ったことや、体に触れたいと思うことは、全部が自分の欲望なんだ。そんな欲望に負けてばかりではいけない」

 いつまでも子供のままではいられない。

「でも、純香を守りたいと思ったり、一緒にいたいと思ったり、……いつかは結婚して、子供だって欲しいと思う。でも、今はまだ育てられる自身がない。俺も臆病だから」

 バイトもやった事がない。原動機付自転車の免許だって、持っていない。


「わたし達って、臆病者同士ね」

「仕方ないさ……分からないことだらけなんだから」

「じゃあ……キスだけする?」

 心臓がドキッと音を立てた――。


「……ああ」


 ――物凄く恥ずかしかった。

 わずかに顔を傾けた純香の唇に、そっと唇を重ねた……。


読んでいただきありがとうございます!

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