水曜日 午後六時三〇分
「ただいま」
「……お邪魔します」
引き戸の扉を開けると、うちの家独特の木と畳の匂いがする。二日ぶりの我が家だが、懐かしい気持ちになる。
「おかえり一真――ってえ!」
母がなんとも間抜けなポーズで驚きを表現する。両手がパーで両頬の横って……驚き方にもの凄く違和感を覚えてしまうぞ。
「友達を連れてくるっていうから……てっきり岬君かと思っていたのに」
「……一真君と同じクラスの椎名純香です」
「あ、これはこれはご丁寧に。母の絹江と申します。いつも息子がお世話になっております」
「母さん。担任の先生じゃないんだから、お世話にもなってないから」
二日間、ごっそりお世話になったのだが……。
「一真が女の子を家に呼んでくる日が来るなんて……嬉しくて嬉しくて」
――嬉しいのか?
純香のお父さんは、見つけたら激怒すると言ってたぞ。
「しかも手までつないで……一真にもようやく春が来たのね」
「……そのことなんだけど」
母にリアル手つなぎ鬼ごっこのことを簡単に母に説明した。そうしなければ、さすがにずっと手を繋いだままなのは不自然に思われるからだ。
「分かってる。母ちゃんは若者のことは何も分からん。だらか何も言わん」
「……」
本当に分かってくれたのだろうか。寛大なのだろうか。
「今晩は、ご馳走を作らないとね」
そう言って台所へと戻っていった。
「優しいお母さんね」
「優しい?」
たしかに、最近になって怒られたことはない。ゲームばかりしていないで勉強するようにとは言われるが、勉強していようが、ゲームをしていようが、それ以上になにかを言われたりされたりすることもなかった。
放任主義なのだろう……うちの親は。
二階の部屋に入ると、俺の布団の横に、もう一つの布団が準備してありドキッとしてしまう。
純香と手をつないでから、ベッドや布団を見ると、どうしても意識過剰になってしまい……耳まで赤くなるような錯覚を起こす。
「ここが一真の部屋なのかあ。なんか異世界だわ」
「……女子から見れば男子の部屋はほとんど異世界だと思うぞ」
飾ってあるのはガンプラ。布団は敷きっぱなし。本棚はオール漫画。出しっ放しのゲーム機。悪臭のするゴミ箱……ゴミは綺麗に捨ててありホッとする。
母は掃除機も掛けてくれたのだろう。二日前の朝よりも綺麗になっている。
「……とりあえず、ゲーム機の電源を入れようか」
「うん」
鞄を勉強机の上に置いて、ゲーム機の電源を入れた。六時三〇分までもう時間がない。
普段はVRゴーグルでゲームをしているのだが、それでは二人で画面を見られない。今日はテレビへケーブルをつなぎ換えた。
「テレビも大きいし」
「恥ずかしい話だが、ゲームするためにお年玉と小遣いをせっせと貯めたんだ」
ほとんどのお金をゲームに費やしているのが恥ずかしい。ゲームに課金はしていないが、他に使い道がないのも悲しい事実だ。
シューティングゲーム、「森でピクピク」のタイトルが現れた。
「男子がハマっているゲームよね。これってどんなゲームなの」
「あ、ああ。敵を倒すゲームなんだけれど」
ゲームをスタートしようとしたとき、あのバナーが現れた。
『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこぉ!』
「「――!」」
甘いアニ声で、その声がしたとき、俺も純香もギュッと手に力が入った。
昨日、純香の家では、声なんて一度もしなかった――。
このゲーム機のメッセージ機能を使って、音声通信を仕掛けてくるのか?
『あのお……聞こえてます?』
「……」
『もしもし……って、あ、これ電話じゃないか』
「……」
一度純香の方を向き、どうするか視線を送ると、一度小さく頷く。話を聞かなくては、相手の情報が何も得られない。
「聞こえている。君はいったい何者なんだ」
『あ、良かった。てっきり無視されているのかと思っちゃった』
無視したい気分だ。
『好きな子と手をつなげましたか? 榊一真様ぁ』
「……」
『あれ、もしもーし。もしもしもしもしい~? あーあー、やだ、また切れちゃったのかなあ』
どうしたらいいんだ。好きな子と今まさに手をつなげていると言えば……相手の思う壺だ。ド壺にはまってしまう!
「……内緒だ」
『え? なんて言いました』
「……だから、内緒だ」
『え、ない……ない……後の方が聞こえないですう』
「だから、内緒だって言ってるだろ!」
『えー! おかしいなあ。他にも鬼のペアがいて、榊一真様がぼっちの筈がないんですけどぉ』
……やはり、すべてバレているのか。
ぼっちって……腹が立つぞ。
『でも安心して下さい! 条件はすべてクリアできていますから、あとは日曜日の午後六時三〇分まで手をつなぎ続け、鬼を一人ずつ増やしていくだけでいいんです! ゴールは目の前です!』
「まだ半分以上あるじゃない」
『あれ、今の可愛い声は、ひょっとして、最初にタッチされた椎名純香様ですか?』
「――!」
純香のこともバレている。
ここにいることもバレているのであれば……うちにいても安心できないってことになる。
「……そうよ」
『いいなあ~。わたしも手をつなぎ続けてくれる人に、タッチされたいなあ~』
「されればいいじゃない。どこの誰だか知らないけれど、好きな人と手をつなぎたければ、自分が最初の鬼になって、『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ~』と言ってタッチすればよかったんじゃないの?」
……その通りだ。
声質は変えているが、話している相手は俺達の学校、クラスに近い人間で間違いない。だったら、わざわざ俺を鬼にして回りくどいやり方をしなくても、自分から鬼を始めれば良かったんだ。
純香ほど……信じ込みやすい女子は他にはいないと思うが……。
『それができれば、こんな回りくどいこと、しなくても済むもん!』
……もんって……やはり相手は女子なのだろうか。微妙に声のトーンが替わっていて男の声なのか判断がつかない。
『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこは、みんなの幸せを目的としたゲームなの。だから、最後に笑うのもわたし。わたしの幸せがなくて、このゲームのクリアはありえないわ』
なんて身勝手な……。
「可哀想な人」
『フッフッフ。なんとでも言うがいいわ。最後に笑うのはわたしよ。フッフッフ』
フッフッフが……アニ声だからぜんぜん迫力がない。そのことに気付いているのだろうか。
画面が切り替わると、文字が一面に映し出された。
「この内容は……昨日のと同じだわ」
「恐らくは、この内容でプレーヤー全員に送り付けているのだろう」
電源が強制的に切れ、ゲーム機が再起動した。
「ひょっとすると犯人には……手を繋ぎたくても繋げない理由があるのかも……」
「え?」
片思いとか……GLやBLとか?
読んでいただきありがとうございます!
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