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帰り道


 六時間目が終わると、一度職員室に顔を出した。

 担任の賀東先生が暇そうに自分の机でペン回しをしているのを見てガッカリしてしまう。他の先生達はみんな静かに机に向かって仕事をしているというのに……。


「先生……その様子じゃ何も分からなかったんですね」

「お。ああ、その通りだ。やれやれ困った困った」

 ぜんぜん困ったように見えないのが腹立たしいぞ。

「分かったことと言えば、職員トイレのガラスが割られた時に使われた弾は9ミリの鉛弾だったのと、外から手洗い場の鏡を狙って割ったとすると、かなり窓に近付いていたってことくらいだ」

 スリングショットの命中精度は銃などに比べれば非常に悪い。遠くから狙って当てられるような物ではないのだ。

「えー。やだ、怖い」

「職員トイレに行けなくなってしまうわ」

 ……それは困る。この手つなぎ鬼状態で普通のトイレには行けない。他の生徒から白い目で見られてしまう。

「割れた教室とトイレの窓ガラスは今日中に修理してもらえるから、お前ら鬼どもは、今週中そのトイレを使ったらいい。他の先生も了承済みだ」

「鬼どもって……酷くないですか、先生」

「酷くない。先生はいつも『面倒くさい仕事を増やすな』と言っているだろ……」

 ……やっぱり酷い。

「何もなければ学校から保護者には連絡しないから、帰っていいぞ」

 うわ、適当……。でも助かる……。


「とりあえず今日も帰って六時三〇分のメッセージを確認しよう。なにかあったらすぐに連絡してくれ」

「ああ、分かった」

「でも十一時以降は、連絡しないでね」

「……あ、ああ」

 なんだその時間指定は……。



 帰り道、純香と手をつなぎながら片方の手で自転車を押して歩いた。


 高校の周辺はわりと都会なのだが、十分も歩かないうちに辺りの風景はみるみるうちに田畑と山ばかりの田舎へと変わる。いくら都市計画で駅を大きくしたりマンションを建てたりしても、この街の過疎化は止められない。みんな東京へ出て行く定めなのだ。



「ねえ、二人乗りしよっか」

「片手つないだままでか? 危ないぞ」

 自転車で転倒して怪我をさせてしまわないか心配だ。

「大丈夫よ。わたし、こう見えて運動神経はいい方なのよ」

「こう見えてって……純香はバッチリそう見えるさ」


 ――いつかこういう日がくると願って……中学の頃から後輪にずっとハブステップを付けてきたのが、今、役に立つ……念願が叶う――! 俺が自転車にまたがると、純香は自分の鞄を自転車カゴに突っ込み、片手をつないだまま後輪のハブステップへと足を掛けた。

 右手でハンドルを握ると、純香とつないだままの左手を右肩へと置く。純香は俺の肩に両手を置く。

「レッツゴー!」

 凄くご機嫌なのが嬉しくなってしまう。自転車の二人乗りができるのは田舎の特権だな。この辺りは車も滅多に通らない農道だ。通るとしても白色の軽トラか、赤色の耕耘機(こううんき)ぐらいだ。水張りが終わった田んぼに映る夕日が、今日ほど綺麗だと感じた日はなかった。


「純香」

「なあに」

 声が聞こえやすいように体をぐっと押し寄せてきてくれる。耳たぶを噛まれそうなくらい顔が近付いてくる。

「如月と慎也をペアにして、本当に大丈夫だったのかなあ」

「……じつはね、昨日の夜、舞子と二人で相談していたの。一真が寝た後もしばらく起きていたのよ、わたし達」

「え」

 しばらく話し声が聞こえたとは思っていたが……。

「男子同士、女子同士の方が生活する上では楽かもしれないけど、いざって時には頼りになる男子が近くにいて欲しいのよ……女子って」

 ……。

 俺や慎也が頼りになるかどうか分からないが……たしかに女子同士は危ないかもしれない。


「舞子に聞いたら、舞子も『岬君ならいいわ』って言ってくれたから、わたしも嬉しかった……」

「え、嬉しかったって」

 それって……。

「もう、そんなの聞かないで。今の話は忘れて」

 後ろから首をギューっと絞められると、自転車がフラフラして危ない――!

「あー忘れた、今のは忘れたから首を絞めないで! こける!」

「アハハ。絶対に内緒だからね、今のは」


 女子の好みって……分からない――。


「一台も車が通らないね」

「ああ。俺の家、山奥の方だからな」

 長い登り坂を二人乗り片手運転って……きつかったりする。背中に汗をかいていそうで、普段はぜんぜん気にならないことを気にしてしまう。

 この辺りはバスも通らない。一番近くのバス停まで自転車で一〇分はかかる。さらにはバスも一時間に一本くらいしか走っていない。

「誰も追ってきていないなら、犯人も付いてきていないのかしら」

 後ろを振り返ると、ちょうど目線の高さに純香の胸があり……後ろが見えない。

 ――すぐに前を向いた。誰もついてはきていない。前にも後ろにも、人っ子一人見当たらない。

「試しに手を放してみるか」

「それはダメ~」

 ギュッと体を押し当ててくる。

「アハハ、冗談だよ」

 頭に当たる感触が……勘弁してほしい。座ってこいでいるのに立ちこぎになってしまうぞ……。


 なんか今、俺達は生き生きしている――。人生で一番楽しい一瞬を満喫しているかのようだ。


 これが……幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ……なのか。


読んでいただきありがとうございます!

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