職員室
「し、幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこだと?」
俺達の担任、賀東幹雄先生は呆れたような表情を見せた。やっぱり先生なんてものは、生徒の言う事を殆ど信じてくれはしない。
「それで、鬼になったわたし達は、日曜日まで手を放せないんです」
「誰かに監視されていて、手を放した瞬間にスリングか何かで鉛の玉を撃たれ警告されるんだ。だから、昨日も今日も教室やトイレのガラスが割れたんだ」
「信じてくれよ」
先生は両手をパーにして差し出す。
「まあまあ、落ち着けお前ら」
落ち着いていられるか――。
「信じて下さい!」
先生は太い腕を組んで一つ大きく息を吐いた。柔道部の顧問で体格は厳つい。顔も強面ではある。
「実は、先生も『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』なら聞いた事がある。聞いたというか、あれだろ、ゲーム中に突然広告バナーがデカデカと出るやつだろ」
「「――!」」
「えー! 先生もゲームとかやるの?」
「シー! 声が大きい。校長や教頭に聞こえるだろ」
周りを見渡し、他の先生の視線がこちらを向いていないのを確認する。
「……内緒だが、先生も日曜日の夕方六時半くらいに、『執事たちの館にはお姫様のご褒美がタップリ詰まってピクピク』に没頭していたら、急にそのバナーが出てビックリしたんだ」
――! 今、何と言った!
「ええ! 先生もそのゲームやってるんですか!」
「あれって、どう考えても女子向けなのに……」
「ハッハッハ。先生だってゲームくらいするのさ」
「そのゲームが問題だっつーの!」
十八禁だ。いや、年齢制限的には大丈夫なのだろうが……。
「キモイ!」
「こらこら、先生に向かってキモイは酷いぞ。……いや、学生の頃からエロゲーばかりやり過ぎて、飽きてしまったんだ」
「……」
飽きるほどエロゲーをやるなよ。っていうか、女子の前でよくそんなこと公言できる。さすがは先生と称賛すべきか……。
「とにかく、お前らがゴタゴタに巻き込まれたのは分かった。罰則を与えようとしている犯人を見つけて掴まえればいいんだな」
「……まあ、そうなんですが」
手つなぎのままで調査したり追い掛けたりするのが難しい。なによりも、純香や如月が危険な目に遭うのが一番の心配だ。
「今日は手を放さずにいなさい。先生の方でもこっそり調べてみるから」
「どうやって」
「まずは、逃げた足跡が何処へ向かったのかとか、授業中に怪しい人がいないかとかだな」
「二時間、ずっと窓の外を見ていたが、誰も見当たらなかった」
「ハッハッハ、授業を少しは聞け。授業中の生徒一人に見つかるようなら、犯人はとんでもなくどんくさい奴だ」
……なんか、腹立つ。
「無料ゲームのメッセージ機能を乗っ取ったり、広告バナーを無理やり表示させたり、気付かれないように何度もガラスを割ったりするのだから、それなりに悪知恵が働くのだろう」
「……」
たしかに、俺には出来ないことを犯人はやっている。俺はゲームのテクニックでは誰にも負けない自信があるが、そういったプログラミングやハッキングの知識はまったくない。銃やスリングだって実際に使ったことはない。
実戦ではまるで使えないダメな奴みたいで……それが悔しい。
「それと、鬼を必要以上に増やしてはいけないぞ。いくら『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』とはいえ、生徒が大勢手つなぎ鬼になれば、風紀の乱れや授業の崩壊は避けられない。もし、明日も一人は掴まえないといけないのなら……先生達で引き受けよう」
「え、先生が誰かと手をつなぐんですか」
「……生徒を守るためだ、仕方ない。だが安心しろ。明日の夕方までには必ず犯人を捕まえてやるから。ハッハッハ」
「ハッハッハ」
「ハッハッハ」
いや、笑い過ぎ……。
職員室を出ると教室へと戻ったのだが、もう三時間目は始まっているから……教室に入りにくい。トイレで大きい方をしてきたのかと思われてしまう……。
「このままエスケープしちゃおうか」
「駄目よ。ちゃんと授業に出ないと」
「それに、教室で大人しくしている方が安全かもしれない」
嘘か本当か、先生も協力してくれるらしいし……。
「後ろの扉を開けて身を屈めて席へ向かえばバレないかもしれないわ」
純香は……本気で言っているのだろうか。
教室の後ろの扉を開けて、それぞれの机へと手をつないだまま戻ったが、授業は何事もなかったかのように継続された……。
一番後ろの席って、本当にどうでもいいと思われているのだろうか。みんな見て見ぬふりだ……。
トイレで大きい方が長引いたと思われていれば……恥ずかしい。どうでもいいけど……。
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