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隣の席の女の子


「おい! ゲームスタートじゃないのかよ」


 真っ暗になった画面からはもう何も聞こえてこない。ゴーグルとヘッドホンを外すと、ゲーム機本体の電源が切れているのに気付いた。

 恐る恐る電源を入れ直すと、通常通りに起動し、「森でピクピク」のタイトル画面がちゃんと表示される。安堵のため息が出た。

「ああー、良かった。ウイルスに感染していた訳じゃなかったんだ」

 試しにゲームをスタートすると、電源が切れる前にプレイしていた状態のままだった。


 いったい何だったんだろう。「幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ」って……。あんなに解説をしてくるから、ちょっとだけ期待していたのも否めない。


一真(かずま)、ご飯やぞー! ゲーム終わって下りて来いよー!」

 一階から父の声が聞こえてきた。土日だけは単身赴任の父が東京から帰ってきている。

「分かったー」

 素早くテレビの電源を切り一階へと下りた。下りるのが遅いと……年甲斐もなくキレるので面倒くさい。


 リビングの四角い座卓には好物の照り焼きチキンと骨付きの唐揚げと、親子丼が並べられていて食欲をそそる。土日は平日に比べ夕食が豪勢なのは……内緒だ。

「いただきまーす」

 さそく親子丼をどんぶりから流し込むように食べる。早く食べ終わってまたゲームをやりたいからだ。

「あらあら、そんなに勢いよく食べると変なところへ入るわよ」

 変なところって、どこだ。……気管のことだろうか。

「それより一真、母さんに聞いたが、ゲームもいいが勉強もしっかりするんだぞ」

 ……一年の期末テストは赤点ギリギリだった。箸が止まってしまう。

「もちろんさ。一年の時より順位を上げるつもりさ」

「ハッハッハ、つもりだけじゃ上がらないから頑張るんだぞ」

「うん!」

 俺は親に反抗したりはしない。


 親のお陰で何不自由なく……WI-FIが使えるからだ。親≒WI-FIと考えると、頭が上がらないだろ……。



 俺が通う綿串律(わたくしりつ)高校は、学力レベルもクラブ活動もすべて普通の、どこにでもあるような高校だ。一学年五クラスで、全校生徒も六〇〇人前後。最近ようやく校舎の耐震補強工事が完了し、塗り直された白い新校舎からは独特の塗料の匂いがする。新しいって感じの匂いが好きだ。

 昨日、あれからまた、「森でピクピク」に没頭してしまい、気付けば朝の二時だった。学校に寝に来ているとバレれば、また親に怒られるだろう。

 教室に入ると自分の席へと座った。窓際最後列という皆が泣いて羨ましがる席を今学期の俺は手にしていた。


「ちゅりーっす」

 高校になってから俺の友達、岬慎也(みさきしんや)が隣の席へ座った。出会った時から気になっているのだが、ちゅりーっすってどこの挨拶だ。……アニメだろうか。

 ちょっと茶色に染めた髪でチャラそうに見える慎也だが、実は俺と同じで真面目なゲームバカで、「ゲームさえあれば生きていける系」だ。

「おーす、昨日はお疲れちゃん」

「一真こそ。その様子だと、あれからまた深夜までゲームしていたんだろ」

「へへ、分かるか」

「月曜日の朝一から机に突っ伏して寝ているのって、一真だけだぜ」

「褒め言葉だと思っておこう」

「思うな思うな!」

 慎也とはよくオンラインゲームをほぼ毎日一緒にやっている。「森でピクピク」はまだ素人で、俺の足元にも及ばないのだが、「モンスターピクピク」だけは桁違いに上手い。このクラス……いや、学校内でも俺達二人はゲームテクニックで一位二位を争っている。

 だから勉強も最下位を争っているのは……内緒だ。


「おはよう」

「あ、ごめん」

 慎也は慌てて立ち上がり、隣の席の主に譲った。


 ショートボブですらりと背が高い絶世の美女……そう思っているのは俺だけかもしれないが、クラスの中の女子でも中の上……いや、中の中……とにかく俺の心だけは鷲掴みにして離さない女子が隣の席に座り、黒い鞄を机の横に掛けた。

 椎名純香(しいなじゅんか)……身長は一七〇センチ、成績優秀でスポーツ万能。友達も普通にいるし、所属している女子バレー部でもみんなに慕われている。

 そう、俺は窓際最後列と憧れの女子の隣の席という、今世紀最高の席を獲得していたのだ――。 ……目を閉じて……薄目を開けるといつでも可愛い純香の横顔が眺められるのは……最高の贅沢だ……。

 こんなに幸せ過ぎると……後が怖い……。

 次の席替えが……怖すぎる……。


 一年の時は違うクラスだったから喋ったことはなかった。俺がこんなに純香のことが好きになったのは、一年の時の学校祭からだった。女子バレー部の催しで、親善試合をする相手側のチームが……まさかのブルマだから見に行こうぜと慎也が誘ってくれたのだ。

 試合の勝敗はどうでもよく、可愛い女子だけを見ている俺達にはなんの羞恥心もなかった。それくらい大勢の男子が体育館に所狭しと押し寄せていた。……ブルマを見るためだけに。

 男って……単純な生き物だとつくづく実感させられた。


 相手チームの方がレベルは高く、一方的な試合に少し飽きてきた頃だった。相手のスパイクをレシーブミスしたボールが急にボ~っと見ていた俺の方へ飛んできたのだ。

「「――危ない!」」

「へ?」

 目の前に飛んできたボールをダッシュで懸命に追い掛けてきたのが純香だった。その時の真剣な表情は、まるで――。

「ハイッ!」

 片手でボールをコートへと弾き返した純香は、勢い余って壁際で見ていた俺に肩から体当たりした。俺の周りの男子は、サッと避けていた――。

「い、痛い」

 壁と純香に挟まれ、か弱い声を出してしまったのが今となっては恥ずかしい。

「あ、ゴメン!」

 それだけを言って純香はコートへと戻ったのだが、ぶつかった時、汗でベトベトになっているユニホームと、試合で熱くなっている体温を感じた――。


 結局、試合は大差で負けた。純香は一人泣いていた。

 一年で試合に出ることができ、こんなにたくさんの生徒に応援されれば、それだけで嬉しいんじゃないのかと思っていた俺は……ただただ恥ずかしく、気付けば涙が流れていた。

 なんか……純香の気持ちが伝わってきてしまって……。

「どうしたんだ、一真」

「なんでもない。花粉症だ、稲刈りの季節は辛いんだ」

 その日から俺は、純香に心を奪われていた……。なんとか純香のために頑張りたいと思っていた……。

 でも、なーんにもできないのが現実なんだよな……。



 ――今はいったい……何時間目で、何の授業をしているのだろう。


 ゆっくり目を開けると、純香の横顔がぼんやりと見える。俺が目を開けたのに気付いたのか、チラッとこちらを見て目が合った。

 ボーっと見ているとまたチラッとこちらを見る。そして教科書の背表紙を見せてくれた。『数学Ⅱ』か……ってことは、もう二時間目か……。我ながら良く寝れたものだ。


 最近では先生も生徒が授業中に寝ていても起こさない。バカな生徒に起こしてまで授業を教えるよりも、真剣に授業を聞く優等生を伸ばす方が皆のためになると気付いたのだろう。WIN―WINの関係なのだと思う。

 二時間目が終わると大きなあくびをして伸びをした。


「ねえねえ、昨日のテレビ見た」

「面白かったね、あの牛の玉袋を口にくわえて走るやつ! きゃっ」

「……」

 俺の隣の席にはいつも純香の友達が喋りに来る。友達が多いのは羨ましいことだ。隣にいる俺まで人気者になったような錯覚に陥る。


「やっとお目覚めか」

 俺に話しかけてくるのは慎也だけだ。クラスにいる友達が慎也一人っていうのが情けない。

 ネット上には名前も顔も知らないゲーム仲間はわんさかいる。わんさかいるが、ほとんど喋ったこともない。定型文を使って挨拶するのが関の山だ。

 女子と話すのにも慣れていない。高校に入ってから女子と話す抵抗値がより一層上がっているのは、やはり部活動もせず毎日ゲームばかりしているせいなのだろう。


「そういえば一真、昨日の六時半くらいに急にお前のキャラが抜けていなくなったが、なにしてたんだ。落ちたのか?」

「ああ……なんか広告バナーが急にデカデカと出やがって、操作出来なくなったんだ」

「はあ? それってウイルスじゃねーのか」

 片方の眉毛だけを起用に上げる。俺にはその表情が上手くできない。

「そう思ったんだけど、しばらくしたら綺麗さっぱり消えて……。電源入れ直したらなんともなかった。一応ウイルススキャンもやってみたけど、何も引っ掛からなかったからたぶん大丈夫だ」

「ふーん」

 怪しそうな目で見るなよ。


 その時は、隣の席からの一つの視線に……気がつかなかった。


読んでいただきありがとうございます!

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