手つなぎ登校 Ⅱ
「昨日は一睡もできなかったわ」
「わたしも」
「……」
二人は長くもない髪をくしでとかしながら、少し不機嫌だ。寝不足のようには見えないが、本人がそう言うのなら間違いないのだろう。
なんとか手は放さずにすんだのが奇跡だ。驚いた時や急に電流が走った時に人の筋肉は収縮する側に動くと聞いた事がある。あれのお陰なのだろう。
純香の両親は仕事へと出掛けた後だった。
「朝ごはん、食べよっか」
「うん。あ、美味しそうなパンが一杯ある」
朝ごはんの横にはお昼用に、ラップに包まれたおにぎりまで用意されていた。純香のお母さん、優しくて感謝してしまう。
「いいなあ、純香のお母さん優しくて」
「そんなことないよ。普段はお弁当くらい自分で作りなさいってうるさいんだから」
「ふーん」
「榊君がいるから、いいところを見せたいのよ、きっと」
「あー、わたしも男の子に生まれたかったなあ……。うちもお母さん、鬼よ、鬼」
お母さんって、それほど息子に優しいものなのだろうか……。でも、たしかに父親は娘に優しいのは、純香のお父さんを見ていて分かった気がする。大事にしているのが伝わってくる……。
「じゃあ、学校に行こっか」
手をつないで三人で歩くと、さすがに目立って仕方がない。俺の要望で、真ん中は純香になるようお願いをした。クラスのアイドル、如月と手をつないで浮ついているところを見られるわけにはいかない。
「榊君って、本当に純香のことが好きなのね」
……もう、今更嘘をついてもどうしようもない。
「まあな。なんというか、もう純香しか見えていないのさ。だから幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこなんてバカバカしいゲームに引っ掛かってしまった。二人には悪いと思っている。ごめん」
「ちょっと、急に謝らないでよ」
「恥ずかしいじゃない……」
「だから、必ずきっと犯人を見つけ出してやる。幸せのリアル手つなぎ鬼ごっことか言いながら、ガラスや花瓶を割ったり、脅迫まがいのメッセージを送り付けるなんて、間違っている」
「かっこいい! ただのスケベじゃないのね」
「だから、スケベじゃないって!」
如月も……一日一緒にいて色々なことが分かった。裏表があり一言多いタイプだ。でも、それが分かると一緒にいて楽しい。クラスのアイドルだからって、近付き難い雰囲気だけれど、話してみると凄く面白い。
さて、浮かれた気持ちを引き締めないとな。なんせ、俺達のゲームはまだ始まったばかりだから。
校門から直ぐ近くの自転車駐輪場で俺の友達、岬慎也を待つことにした。
今日も手つなぎ鬼を一人増やさなくてはならない。さらに、分裂をして明日には一人ずつ、計二人を増やすためには、どうしても慎也の協力が必要だった。
数少ない俺の友達の協力が……。
「でも、岬君はあのゲームの広告バナーを見ているのかしら」
「うーん。見ていないとしても、無理やり手つなぎ鬼に参加させるしかないだろう。「森でピクピク」や「モンスターピクピク」をやっているから、プレーヤーとして登録はされているはずなんだ」
強制的に登録されているはずだ……。
「でも……手つなぎ鬼を引き受けてくれるかどうか……」
純香が不安がっている。
「なあに、大丈夫さ。俺達なら少々狙われたってなんとかなる。それよりも純香と如月はしっかり手を放さないように気を付けないといけないぞ」
もし俺が犯人なら……なにが悲しくて男同士を監視しなくちゃいけないのか。
「ちゅりーす。どうしたの、ひょっとして自転車置き場で俺の登場を待っていてくれたの? 嬉しいなあ」
「ああ。急な話だが、慎也は『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』って、知っているか」
乗ってきた自転車から下り、チェーン式の鍵を掛けていた慎也の手が一瞬止まった。
「え、あ、ああ。昨日、初めてその広告バナーを見たぞ。うわ、こんなクソゲー、絶対に誰もやらねーぞって思っていたら、急に画面が切り替わるし――。あれが前に一真が言っていたウイルスかハッキングってやつなんだな。ビビッて電源切ってしまって、せっかく手に入れたレアアイテムがパーになっちまったぜ」
「そうか」
「それより一真、昨日も一度もゲームにログインしなかったみたいだけど、どうしたんだ。故障でもしたのか、頭が」
頭って言うなよ、腹立つだろうが。
「実はな、俺達は、その『リアル手つなぎ鬼ごっこ』の鬼なんだ。鬼になってしまったんだ」
「……熱でもあるのか」
三十六℃はある。平熱だ。
この三人手つなぎの状況を見れば分かるかとも思ったのだが……。やはり慎也は洞察力に乏しい。足りていない。
「そういう訳で、慎也も鬼になってくれないか」
「いいぜ」
次は即答! 単純にバカだ――。
「本当にいいのか? 説明書きを読んだかどうか分からないが、ゲーム終了まで手を放せないんだぞ」
「ああ、俺だって男だ。どんなゲームか知らないが、やるならとことんやってやるぜ! 毒を食うなら手を洗ってからだ――!」
それを言うなら、「毒を食らわば皿まで」だろ――! ガッツポーズを見せて眉毛を片方だけクイっと上げるな!
「だいたい怪しいと思っていたんだ。一真が椎名ちゃんと机の下でコソコソ手なんかつないでいるから、これは絶対何かがあると思ってたんだ。大金を積んだとか」
「こらこら!」
大金を積むってなんだ。
「それで、俺は誰と手をつなげばいいんだ」
「俺だ」
――! ガッシャん! ガシャン、ガシャン、ガシャン、カシャン……。
盛大に自転車小屋でズッコケると、自転車もドミノ倒しのように倒れていく……。
慌てて立ち上がる慎也。その気持ちは分からなくもないが……。
「ちょっとまて――! なにが悲しくて俺が一真と手をつながなくてはいけないのだ。理由を説明せよ」
せよって……。
「だから、鬼を一日一人は増やしていかないと罰則があるんだ。どこの誰だか分からないが、監視していて手を放した瞬間に攻撃してくるんだ。スリングか何かで」
ゲームじゃどうってことないが、リアルで狙われるっていうのは滅茶苦茶怖ろしいのを教えてやりたいぜ――。
「でも、昨日はお前、あんなに楽しそうに椎名ちゃんと手をつないでいたじゃないか……。それに、今だって椎名ちゃんと如月ちゃんと、三人手つなぎ鬼を楽しんでいるじゃないか」
……やっぱり楽しんでいるようにしか……見えないよなあ。
「幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこなんだろお。俺が一真と手をつないで、いったいなんの幸せがあるというんだよお。ボーイズラブに目覚めろとでも言うのかあ……一真の願いなら聞くけどさあ……俺だって、俺だって……幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこをしたいんだよお……」
眉毛をへの字にしてだだをこねるな! 男女ペア―なんて、本来はあってはいけないんだ……。どれほど大変なのか、慎也は知らないだけなのだ。
……それに、もし仮に俺が純香と手をつなぎ続けるとしたら、その時は……。
「いいわよ。じゃあわたしが岬君と手をつないであげる」
「――!」
「――舞子!」
「え」
すっと如月の手が伸びて、鼻水を垂らして泣いている慎也の手に触れた。
「いくわよ、『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』これで、わたしと岬君が鬼になって、分裂すればいいのよね」
「え……本当にいいの?」
涙目で見る慎也が……ちょっと可愛い。でも――。
「マジか」
マジでクラスのアイドルが、なんの取り柄もない慎也と手つなぎ鬼をするのか――。
純香とゆっくり如月が手を放すが……辺りからなにも物音とかは聞こえない……。鬼の分裂は正式なルールだから罰則の対象にはならないのだろう。
――今もどこかから必ず監視しているはずだ。
「は、は、春だ! 五月だけど、春がやってきたぞ!」
「フフ。岬君て面白いね」
「ありがとう如月ちゃん! 俺と一緒なら安心だ。絶対に君を守ってみせる。この手は一生放さないぞ――」
うわー。その脳味噌お花畑な性格が羨ましいぞ。恥ずかしくないのだろうか、如月は。
「一生は無理だと思うわ。じゃあ行きましょ」
「オッケー!」
「「……」」
慎也は手をつないだ反対の手で、鞄をグルグル振り回し、下駄箱へと向かっていった……。
開いた口が……しばらく塞がらなかった。
慎也の弁当……今日はご飯とおかずの境目がなくなっているぞ、きっと。
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