手をつないだまま寝られるのか? Ⅱ
――ブイ―ン……。
ドライヤーの音が……恐怖だ。リビングからの声や物音がまったく聞こえなくなる。しかも今日は二人。舞子の髪は肩まであり、純香よりも時間が掛かる。
両手をつないだままだから、俺はスマホも触れない。足の指でやってみようと思ったが、足が釣りそうになった。
髪を乾かすと、純香と如月は肩を並べて机で勉強を始めた。
「毎日勉強しているって……本当だったんだな」
「え、もうわたし達高校二年生なのよ。今から大学受験に向けて勉強しなきゃ、間に合わないわ」
「そうそう。なりたい職業ややりたい仕事が見つかっていないなら、とにかく進学しなさいって親がうるさいのよ」
うちの親は、「勉強が嫌いならわざわざ高い金を払って大学になんか行くな」と言いやがる。実際に高校ですら授業中は居眠りしているし、帰っても勉強なんかしない。
ゲームばかりしている……。
「大学か……」
机に向かう二人の後ろ姿を見ていると……シャツが裏表逆だったり、前後ろが逆だったりに気付いた。俺も純香に借りた青色のハーフパンツが裏表前後の完璧逆になっているのに気付いた。
……ゲームばかりじゃなく、勉強もしないとマズいのかなあ……。
ちょうど一時間くらい経つと、二人は伸びをした。
勉強はするが夜更かしはしない方が、勉強した内容が身に付くそうだ。試験前の数日だけ徹夜する俺のやり方とぜんぜん違う。
「あー疲れた。終わろっか」
「うーん、これだけで足りているのか不安よね」
「そうそう。やってもやっても出口が見えてこないのよね、勉強って」
なんか取り残された感が……悔しい。明日から俺も、少しずつだが勉強をしたい気分になった。
「じゃあ、歯を磨いて寝よっか」
歯磨きが終ると部屋で純香が座った姿勢で柔軟体操を始めた。
「二日間、部活を休むと体がなまるなあ」
柔らかい体なのはいいが、Tシャツの首回りがゆるく……目のやり場に困る。男子がそういうところを注視するってことに、女子は気付いていないのだろうか。
「純香、胸見えてるよ。榊君からごっそり」
榊君からってのは余計だな。わざと細い目で見ないでくれ。
「――え、ヤダ。ちょっと見ないでよ!」
慌てて胸元を押さえる。
「見てない。見えていない。大丈夫だ……」
半分は嘘だけど……。
柔軟が終ると、純香が腹筋や腕立てを始めた。俺と如月は部活なんかしていない。しいていえば、俺は毎日通学に十キロ近い道のりを自転車で走っているくらいだ。おかげで太らずにはすんでいるが、足以外の筋肉は少ない。胸筋とか、上腕二頭筋とか……。
「わたしも筋トレしているのよね。あと、お菓子も我慢してダイエットしているし」
如月も腕立てを始めた。俺もやろうかと思ったが、二人が腕立てを同時にすると、つないだ手首がおかしな方向に向けられていて……やろうにもできない。
「あーもう駄目だ」
如月が腕立ての姿勢からドテッと潰れた。
「まだたった十回じゃない」
「急にやっても続かないの。それに、せっかくお風呂に入ったのに、また汗をかいちゃうわ」
「いいじゃない。朝、お風呂に入れば」
「――!」
「――やめてくれ!」
朝からお風呂なんて……とんでもない。――一日分の疲れが出るぞ!
「冗談よ。そんな時間ないわ」
「榊君のスケベ」
「……なんで俺がスケベなんだよ」
クスクス笑われた。……悔しいぞ。からかわれてばかりで。
「じゃあ、寝よっか」
ベッドの壁側に如月。隣に純香。ベッドの下に俺の順で横になった。タオルケットが渡されたが、部屋はそれほど寒くない。
「本当に両手つないだまま寝れる? 替わろうか」
如月が純香の心配をしているようだが、替わったところでどうにもならない。誰かが真ん中で両手が塞がるのは三人鬼の宿命……仕方がない。
「じゃあ、どうしても眠れなかったらお願い」
「……俺が替わってもいいから」
「えー、榊君がベッドの隣にいると、何をされるか分からないわ」
……いや、隣に純香がいて、向こうの部屋には純香の両親がいるこの状況下で、如月が怖れているようなことを俺にできるわけがないだろ――。
つないだ手にはまたクシュクシュの髪留めが巻かれているが、ぐいっと引っ張ったら取れる……。
「じゃあ、おやすみ」
「……おやすみ」
電気が消され真っ暗になった。ベッドの上からは小さな声だが純香と如月の声や笑い声が聞こえて……楽しそうだ。
ああ……今日は眠れないのかもしれないなあ。
二人がベッドから落ちてくるのだけは勘弁してほしいところだぞ……。
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