火曜日 午後六時三〇分
三人で「執事たちの館にはお姫様のご褒美がタップリ詰まってピクピク」のタイトル画面を眺めていると、今日もきっかり六時三〇分に、『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』の特大バナーが姿を現した。
「そうそう、これよ。わたしも昨日初めて気付いたの。右上の「✕」を押したら、画面が変わっちゃったけど、ただの宣伝だと思って、字も何も読まずに無視していたわ。まさかこんなの信じて巻き込まれるなんて、夢にも思わなかった」
夢が叶って良かったね、とは言えなかった。
「じゃあ、「×」を押すわよ」
「ああ」
片手にはスマホを持っていつでも写真が取れるように構える。画面にはたくさんの文字が映し出された。
『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ、スタート! あなたは手つなぎ鬼ごっこって、知っていますか……』
「だいたい冒頭の部分は昨日と一緒ね」
「ああ。下の方を拡大してくれないか」
「うん」
画面を下へと動かしていく。VRゴーグルなら下を向くだけで見れるが、テレビ画面の場合は表示を動かさなくては見ることができない。
『一日目に一人。二日目にも一人。その後も鬼は最低一人ずつ増え続けることが条件で、期間中に達成できなければ、達成できなかった鬼には罰則あり』
「今日までのところ、鬼の数は問題ないはずだ。明日、もう一人鬼を増やさなくてはいけないが……」
特に問題なければ、俺の友達、岬慎也に頼もうと思っている。純香と手を放すのは残念だが、背に腹は代えられない。ここにも危険がいっぱいなのだ。お父さんとか……。
慎也なら泊まりに来ても、泊まりに行っても大丈夫だ。男子は男子、女子は女子に分かれて手つなぎ鬼をした方が、日曜日まで生活しやすい筈だ。
「一日一人だけ増やしていくのなら日曜日に八人に増えればいいだけだ。大変だろうが、不可能じゃないだろう」
「でもおかしいわ。それなら、『達成できなかった鬼には罰則あり』なんて書くことないもの。一つの鬼毎に一人ずつ増やさないといけないのよ、きっと」
「……ってことは、……何人になるんだ」
純香が机の上に置いてあったメモ紙とペンをとった。
日 ● 鬼その一。かずま。
月 ○● 鬼その二。かずまとわたし。
火 ○○● 鬼その三。かずまとわたしと舞子。
水 ○○○● 鬼その四。そして分裂。
木 ○○● ○○● 鬼その五と六。
金 ○○○● ○○○● 鬼その七と八。そして分裂
土 ○○● ○○● ○○● ○○● 鬼その九、十、十一、十二。
日 ○○○● ○○○● ○○○● ○○○● 鬼その十三、十四、十五、十六。
「最低でも日曜日には十六人の鬼……八組の手つなぎ鬼に増えてないといけないわ。もし、増やすことができなかったら……」
「罰則か……厳しいなあ」
幸せの手つなぎ鬼ごっことはいえ、誰も鬼になんかなりたくない。罰則があると知れば、みんな逃げ回るだろう。
「それまでになんとか犯人を見つけ出さないといけないってことね。こんなくだらない遊び、幸せでもなんでもないわ」
如月の声には少し怒りが感じられる。つないだ手にも力がこもっている。
「だって、この調子で増え続けるのなら、えーっと、五十三日目で鬼にが一億人を超えるわ。日本人全員が誰かと手をつながないといけなくなるもの。無理よ」
「え、そんなに増えるの。鬼が」
「もうちょっと右をお願い」
「え、ああ」
頭を掻いているのを忘れていた。
「二日に一度とはいえ、鬼が分裂すると増える鬼も倍になるでしょ。甘く見ちゃいけないわ。調子に乗って一週間の期限が伸ばされたりなんかしたら、日本中鬼だらけよ」
そんなに手つなぎ鬼ごっこは怖いゲームだったのか。増え続ける鬼って、怖すぎるぞ――。
表示されたメッセージには、さらに怖ろしい追記がされていた――。
『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこは、幸せを目的としたゲームです。期限までに手つなぎ鬼が手を放した場合、幸せを崩壊させたとして罰則があります。一瞬であれば警告を行い、一定時間を経過すると罰則が執行されますので十分に注意して下さい。また、一瞬であっても回数が重なれば罰則へと変化します』
「……ちくしょう。俺達が今日、少し手を放したことを警告している!」
このマンションの部屋が知られているなら、遠くから監視されているかもしれない。
部屋の中までは見えない筈だが、スマホの小さなカメラでも簡単に監視することが可能なのを考えると、声くらいは筒抜けになっていてもおかしくない。
スマホ、ゲーム機、パソコンや音声認識の家電……あらゆるところにマイクが隠されている。
「ベランダに飛んでくる鳩にも警戒しなくてはいけない。伝書鳩かもしれないから……」
「クルックー、クルックー、って、可愛いよねー」
「可愛いよねー」
……危機感はあるのだろうか……鳩にもそうだが、この女子二人にも……。
――カシャ。
画面をスマホに写真でとった。本当は純香と如月の顔も写真に収めて壁紙に設定したかったのだが……怒られそうだからやめた。二人を鬼にしたのは、元々は俺のせいだし……。
ていうか、最初の鬼って、本当に俺だけだったのだろうか。だったらなぜ、俺なんだ。もし、『幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ』が今世紀最大最悪の大問題ゲームに発展してしまったら、最初の鬼の俺って……リアルにやばいかもしれない。
「……二人ともごめん」
昨日も俺は純香に謝った。今日は如月にもだ……。
「……だから、気にしないで。わたしが罰則怖がっているせいもあるんだから」
「……とりあえずは日曜日までなんだし、手をつないでいれば安全なら問題ないわ。懐かしいゲームをしている感覚で楽しみましょ」
……楽しむって……。
――コン、コン、ココン。
扉をノックする音に、今日もビクッと反応してしまった――。慌ててテレビの電源だけを消す。
「純香、晩御飯よ。それと……二人の分も」
今日も純香のお母さんが晩御飯を部屋に持って来てくれた。二日続けて泊まるなんて、恐縮してしまう。
「あ、すみません」
「ありがとうございます」
「いいのよ。ゆっくりしていってね。純香も一緒にご飯食べられる友達がいて楽しいだろうし」
「ちょっと、お母さん!」
純香が少し恥ずかしそうに怒っている。
……そうか、いつも純香は一人で晩御飯を食べているのか……。一人で食べる晩御飯は……味気ない。一緒に食べられる誰かがいるのなら、一緒に食べた方がいいに決まっている。
大き目のお盆には三人分のご飯と味噌汁とタクアンが乗っている。タクアンが美味しそうだ……。
「それと純香、お母さんは大正琴教室に行ってくるから遅くなるわ」
「……分かってるわ」
「頑張ってきてください。また大正琴聞かせて下さいね」
「いつでも喜んで。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「純香のお母さん、大正琴教室の先生なのよ」
「え、教える方なのか」
それならかなり上手なのだろう。聞いてみたい気もする。
「大正琴だけじゃなくて、ピアノも琴も三味線もエレキギターも弾けるそうよ」
ピアノ……それなら、純香もピアノが弾けるのだろうか……。エレキギターとかも……。
「舞子、お母さんの話はやめて」
「ごめんごめん。それより、あーん」
「「……?」」
「いやいや、三点リーダーにハテナ? じゃなくて、わたし両手が塞がっているんだから食べさせてよ」
如月の性格が……ちょっとまだ掴み切れないぞ。
「はい、あーん」
純香が箸でご飯を口に運ぶと、如月は美味しそうに食べる。
「うふふ、純香の家で食べるご飯って、美味し~!」
「美味しいって、普通の白ご飯よ」
如月が笑顔でパクパクご飯を食べる。子供みたいにあーんを繰り返して……。でも、言われてみればたしかに一人で食べるよりも楽しくて美味しく感じる。左手で箸を使うのにもだんだん慣れてきた。
ガッチャン――。
ご飯を食べていると玄関の扉が閉まる音がした。お母さんが出掛けたのだろうが……。
「――今のうちに、お風呂に入るわよ」
まだご飯を食べている途中なのだが……。グイっと手を引っ張り、如月が立たされると、俺も引っ張り立たされる。
――ちょっと待て、落ち着け。
――風呂だと。この三人手つなぎ鬼状態でか――?
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