純香の部屋 Ⅱ
三人で手をつないで帰るのって、いつぶりだろうか。いや、生まれて初めてだ。
中学、高校はもちろん、小学や保育園の頃もそんな記憶がない。三人で横に並んで歩くと、ハッキリ言って通行の邪魔だろう。歩道ですれ違う人や他の高校の生徒から冷ややかな目で見られる。
俺の手には鞄が二つだ。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
「……お邪魔します」
ガチャリとマンションの扉を開けると、また純香のお母さんが迎えてくる。
「お帰りなさ……おおっと、今日は大人数だわ」
玄関でお母さんが驚きのけぞる。マンションの玄関に高校生が三人手をつないで立っていると、圧迫感がある。
「久しぶりね舞子ちゃん」
「ご無沙汰でーす」
如月は何度か純香の家に来た事があるのか。
「それと、いらっしゃい、榊君」
「ご無沙汰しております」
プッと笑われた。皆に。
昨日は異世界とまで思った純香の部屋だったが、今日は何故か安心してしまう。
はーっと息を吐くと、鞄を一つはベッドの横に置き、もう一つは純香の勉強机の横へと掛けた。昨日もここに掛けていた。
「ありがと」
「どういたしまして。純香こそ両手が使えない状態で歩いて大変だっただろ」
「ううん。ぜんぜん」
……如月が目を細める。
「ちょっと、二人ともなに新婚夫婦みたいなこと言い合っているのよ。それより、もう家に着いたんだから手を放してもいいでしょ」
「ダメよ。罰則が怖いわ」
「え、本当に、本気で手をつなぎ続けるわけ?」
「……うん」
実際に昨日は、本当に本気で手をつなぎ続けた。
「明日まで?」
「……日曜日の夕方六時三〇分まで」
「じゃあ、トイレはどうするのよ」
「手をつないだまま扉の前で待ってた……」
「学校では、旧校舎の職員トイレを使ったわ……」
ゆっくり如月の顔が赤くなってくる。
「今日は……どうするつもりよ。わたしはまだいいとして、問題は純香よ。両手塞がってるのよ」
「――!」
「……ああ、ぬかったわ。すっかりそのことを忘れてた」
天井を仰ぎ見る。純香の顔も同じように赤くなっていく。そして、たぶん俺の顔も赤いだろう。
「便座の蓋を開けられないし、流すボタンも押せない。ウォシュレットも使えないし……あ、お尻も拭けないわ」
……いや、ここでその工程を順に説明しなくてもいいよ。変な想像してしまうから――。
「何言ってんのよ! まず初めにパンツ下ろせないでしょ!」
「――!」
言われてみれば、たしかにそうだ。如月……賢過ぎる――。
「ホントだわ……」
「もういいじゃない。手を放そうよ。絶対に大丈夫だから」
窓にはカーテンが引いてある。遮光カーテンなら外から中の様子は見えない筈だ。だが、そうすると……昨日の努力が水の泡になってしまう。せっかく根性でここまで幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこを続けてきたのに、ここで終わりになってしまう。そこにはまるでギネス世界記録に挑戦するような二人の熱意が……。
「ここでパンツだけ脱いでトイレへ行くって……どうかしら」
「「ないない!」」
トイレトレーニング中の未就学児じゃあるまいし。
「じゃあ、悪いけど舞子、一緒にトイレへ入ってくれない?」
「本気の本気? で、わたしが純香のパンツずらして終わった後に……手探りでお尻を拭くわけ?」
あーイメージが湧かない。考えない考えない。
「だって恥ずかしくて……一真には頼めないわ」
「「――!」」
え、それ、ひょっとして俺も純香の選択肢に入っているのか――。急に汗が吹出してくる。やったー、純香のお尻が触れる~とか、単純に喜ぶべきなのだろうか……。いや、喜べない。喜ぶべきではない――。
「それに、トイレ以外でも問題があるわ。手を放さないのなら、どうやって純香は上着を脱ぐつもりなのよ――」
「「あ! その手があった――」」
声を合わせて言う俺と純香に如月が驚く。
「昨日も服を脱ぐとき、片方の袖のところまで服を脱いでおいて、手をつなぎ換えたのよ」
お風呂で脱ぐときに……って、それ言って大丈夫なのだろうか。さすがに今日はお風呂には入らないと思うが。
「つなぎ換えるのはありなんだ」
「うん。なにも起こらなかったわ」
「っていうか、本当に昨日、二人で手をつなぎ通したんだ……」
「……うん」
「あちゃー。愛だわ。それってガチな」
愛……? ちょっと違うような気もする。
「手をつなぎ換えてもいいのなら話が早いわ。トイレへ行く時や着替える時、ご飯を食べる時も利き手が開くように順番でつなぎ換えればいいのね」
「そうか、無理に左手で箸を持って食べなくても、順番でいいのか」
昨日、俺は必死に左手でご飯を食べ続けた。ポロポロなんどもご飯をこぼした。試練だと思って必死に食べ続けた。
「でも、つなぎ換える時に放さないように気を付けなきゃいけないわ」
「そうね。手をつないでから放すときには十分に気をつけましょ。声を掛け合って」
「ああ」
「じゃあ、もうすぐ六時三〇分になるから、どっちか真ん中と代わってくれない。テレビつけてゲーム機の準備をするから」
「あ、ああ。いいぜ」
如月と手をつないでから純香の手を放した。
こうすると、如月は両手が使えなくなり、俺と純香が片方の手だけ使える。
「うう……両手が塞がるとスマホも見れないし、痒いところを掻いたりもできないのね……」
「どこ、言われたら掻くわよ」
「頭。つむじの二センチ右側」
ポリポリ……純香が如月の頭を掻く。いや、さっきのは冗談なんだろ。
「うーんそこそこ。あ、もうちょっと右」
「ここ?」
「あ、行き過ぎ」
――えーい! 女子同士でイチャイチャするなといいたい。もう 六時三〇分まで時間がないぞ!
「代わりに掻くから純香はゲーム機を立ち上げてくれよ。読み逃すとマズい内容かもしれない」
「分かったわ」
テレビの電源を入れて、ゲーム機の電源を入れた。無料オンラインゲームは、最初のローディングが長いのだ。
「……つむじの右よ」
――本気なのか?
仕方なく如月のつむじの少し右を軽く掻いた。いったい何をやらされているんだろう……。
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