手つなぎ登校
二人でまさか手をつないで登校するなんて……。
昨日の帰りは周りの目に怯えて歩いていたのに、今日の純香はどことなく嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか。
幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ。手をつなぎ続けてさえいれば……たしかに幸せなのかもしれない。手をつなぐ相手が好きな人ならなおさらだ。
だが、そうじゃなかったらどうなるのだろう――。昨日のメッセージでは、鬼は今日、新たに一人増やさなくてはならない。だが、いったい誰を……。
「おはようございます」
「おはよう」
俺の通う綿串律高校では、毎朝校門のところに先生が立ち朝のあいさつ運動をしている。
俺達以外にも……男女が手をつないで登校しているのを見かけるが、あれは普段から付き合っているカップルで間違いない。中には女子と女子、僅かに男子と男子が手をつないで登校するのも見かける。先生と先生はさすがに見たことがない。
手をつないでカップル登校する日がくるなんて……昨日までは夢にも思っていなかった。しかも、純香と……。
「おはようございます」
純香はクラブもやっているから礼儀正しい。
「おはよう。ん、なんだお前ら、いつからそんな関係になったんだ」
都合が悪いことに、今日のあいさつ運動の当番は俺達の担任、賀東幹雄先生だった。柔道部の顧問でガタイもごつく、外国人に伝わりにくい日本なまりの英語を教えてくれる。
俺と純香は「幸せのリアル手つなぎ鬼ごっこ」の最中なのだが……言えるはずもない。信じて貰えないだろうし、説明するのも面倒くさい。
「いや、ええっと、これは……」
校門のところで立ち止まると、純香は気にもせずグイグイ手を引っ張っていく。
「生徒のプライバシーです」
「……あ、そう」
賀東先生は虚を突かれたような顔を見せる。校則に生徒同士が手をつないで登校してはならないとの記載はないのだろうが……あまり褒められた行動ではない気がする。
特に独身の先生からは嫉妬の対象となり、些細な事でも注意されるようになってしまうのだ。
そういったところは、手つなぎ登校のマイナスポイントなのかもしれない。
教室へ入ると、クラス全員の視線が「ぎょぎょ」だった。成績底辺ゲームオタクの俺が成績優秀、女子バレー部の次期キャプテンとも言われている純香と手をつないで入場したのだから。いや、入室したのだから、全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶこと間違いなしだ。
昨日の放課後からくっつけたままの席へ何もなかったかのように座る。真っ先に俺の友達、岬慎也がやってきた。
「ちゅ、ちゅりーっす」
「お、オース」
ぎこちないぞ、日常生活の挨拶までもが!
「おはよう、岬君」
「お、おはよう……椎名さん」
机に座っていても、慎也からはつないだままの手が見える。鞄から筆箱やルーズリーフを片手で机に移す純香は、どう見ても不自然だ。ちなみに、俺の筆箱やルーズリーフはは……昨日から机に入ったままだ。持って帰る必要性を感じていない。教科書もすべて置いたままだ。
「それより一真、昨日はぜんぜんゲームに参加しなかったが、どうしたんだよ」
この握り合った手を見ても、普通にそんな質問ができる慎也が……少し羨ましいぞ。頭の中にはオンラインゲームのことしか入っていないのだろう。
まあ、俺だって昨日まではそうだった。仮に俺と慎也が逆の状態だったら、真っ先に同じ質問をしたことだろう。
「あ、ああ。昨日は色々あってゲームに一度も顔を出せなかったのさ、悪りい悪りい」
ギュッと一度、握った手に力を感じた。たぶん、もっと怪しまれないような言い訳をしなさいと思っているんだろう。
「連続ログインボーナス百日を目指して頑張っていたんだろ。残念だったな」
二人でやっているオンラインシューティングゲーム「森でピクピク」には連続ログインボーナスという特典があり、毎日ゲームに参加し続けることで様々な報酬が貰える。強い武器や防具が手に入ったり、特殊な能力を持ったキャラクターが無料で使えるようになったりする。それを目指して一年の頃から毎日ログインし続けていた。
インフルエンザで学校を休んだ日も、頑張ってログインしたのは記憶に新しい。それが昨日でピタリと止まってしまったのだが……仕方がない。今はもっとリアルなゲームに巻き込まれてしまっている。
「……残念といえば残念だった。でも、その代わりに風呂に入ったりとか楽しイデデデデー!」
純香の握力、強過ぎるだろ! 横顔は平然として一限目の教科書を開いて予習しているが、手に掛かる握力は、尋常ではない――。技術室にある『万力』に匹敵する――! 放して、助けて!
「風呂?」
「イデデデ、あ、いや、家の風呂に入ってて寝落ちしそうになり、のぼせて昨日はゲームどころじゃなかったのさ、ハハハ」
「なーんだ。ハハハ」
やっと力が緩和された。見えない力が。
「ハハハ」
「ハハハ」
そんなに笑えない話なのに、笑ってくれる慎也は優しい心の持ち主だ。ハハハ……。
昨日一日のアリバイを考えておかないといけない。咄嗟に聞かれて答えられるほど俺はアドリブに弱いのがよく分かった。
俺に比べて、純香のアリバイ工作は――完璧だった。
純香の友達、クラスのアイドルとも呼ばれている、如月舞子が一時間目が終ると問い掛けてきたのだ。
「ちょっと純香、昨日の放課後からなんか怪しいって思っていたんだけど、まさか……」
まさか? って、――まさか、リアル手つなぎ鬼ごっこをしていることがバレているのか――。
「うん。そのまさか。昨日からわたしと一真は付き合っているのよ」
「「――!」」
まさかの公言……。
付き合っていることにして……いいんだ。なんか、涙が出そうなくらい嬉しい。いまさら。
「えー、うっそー!。一年の頃から好きな男子なんかいないって言い続けたから、てっきりGLだと思っていたのに……」
GLって……なんだ。ガールズラブのことなのか?
「思うな思うな!」
笑いながらそう答える純香にもポカンとしてしまう。
たしかに女子バレー部は部員同士で仲がいい。ハイタッチやハグ、練習以外のところでもよくやっている。チームワークを私生活から鍛えているとばかり思っていた。
……んん? ってことは、ひょっとして逆に如月がGLなのだろうか。
如月舞子は女子バレー部ではない。純香より背も低く、美人というよりは可愛い系で、クラスの男子からダントツの人気だ。胸も大きい。肩くらいにまでかかる髪をポニーテールにしているだけで、男子のテンションがおかしくなるのを知っている。
「純香てイケメン好きだったのね。……ちょっと意外」
……今、なんとおっしゃった? 純香がイケメン好き? いや、それって俺のことなのか。
「一真、お世辞だから信じちゃダメよ」
それって言わなくてもいい一言ダよ。
「でも、あんまり授業中にイチャイチャしていると、先生に怒られるわよ。それに、昨日部活休んだでしょ。純香らしくないわ」
「あ、舞子、ひょっとして嫉妬?」
「違うもん!」
「……」
嫉妬って……普通でいいんだよな。純香に彼氏ができたから、如月が嫉妬しているで……いいんだよな? まさか俺が純香と手をつないでいるから、「わたしの純香を返しなさいっ」じゃないよな……。
教室に先生が入ってくると、如月は席へと戻った。
「さっき言ったこと、本気にしないでよね」
――ええ! どの部分! ひょっとしてハナッから――!
「え、あ、あああ当たり前だろハハハ」
笑顔が引きつってしまう。もうちょっとツンデレっぽく言って欲しかったなあ……。
なんかこう……もち上げといてドザザザザーっと下げる感が……凹むよなあ。
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この物語はフィクションです。手つなぎ登校は……これも真似して大丈夫です。怒られたら離しましょう。