ミア姫との語らい
王城アストラディア、ミア王女の自室———日付の変わる時刻。
ミア=マルクト=エル=ステラは静かに夜景を眺めていた。とても、綺麗な夜景だった。
窓の外には満天の星空が。そして、城下の街並みが見える。
城下町は魔法の灯りが星々の様に皓々と輝き、夜の街を照らしている。
とても綺麗な光景だった。幻想的とすら言えるだろう。
「ふむ、素晴らしき夜景よの」
「!?・・・・・・そうですね、とても綺麗な夜景だと思います」
背後から突然聞こえた声にミアは一瞬びくっと硬直するが、それでも気丈に振る舞い、背後の魔王信長に微笑みを向けた。その精一杯の強がりに、信長も笑みを浮かべた。
「今夜は良い。とても良い夜だ・・・」
「・・・・・・それで、信長様は私に何の用でしょうか?」
「ふんっ、そう急くでない。わしは只、貴様と話がしたかっただけなのだから」
「・・・?話を?」
信長の言葉に、ミアは怪訝そうに首を傾げる。信長はくつくつと笑い、それに頷いた。
「そうよ、此れでもわしは貴様に興味を抱いておるのだ。何故なら貴様は・・・」
言い掛けて、信長は口を閉ざした。そして、何かを考え込む様に顎に手をやり俯く。
ミアは更に怪訝そうに眉をしかめた。
「何故なら?」
「・・・・・・いや、今は良い。時期では無い」
「・・・・・・・・・・・・?」
突然話を終えた信長に、ミアは首を傾げた。しかし、信長は強引に話を変える。
「まあ、良いではないか。それよりも、貴様はこの世界をどう見る?貴様にとってこの世界は何だ?」
「・・・・・・素晴らしい世界だと思います。私は、この世界を愛していますから」
怪訝そうにしつつも、それでも真っ直ぐ信長を見据えてミアは答えた。
ミア王女はこの世界を愛している。それに偽りは無い。故に世界を、人類を魔王アロウの手から守りたいと思ったのである。純粋に、只純粋に・・・この世界を愛している故に。
その答えに信長は満足そうに頷き、そして宣言する様に言った。
「ならば良い。貴様はそのまま貴様の信じるように進め!!わしはわしの覇道を進むのみよ!!」
「っ!?」
そう信長が言った瞬間、部屋の中を黒い風が渦を巻き、気付けば信長の姿が消えていた。
ミアは只、呆然と立ち尽くしていた。
・・・・・・・・・
信長とミアが話をしていた、同時刻———とある部屋での事。
「よいか、信長・・・魔王を自称する愚か者を即刻処断するのだ!!」
「了承しました」
「良いか!!くれぐれも失敗するでないぞ!!失敗すれば私の首が跳ぶと思え!!!」
「くくっ、委細承知」
一人はネリオ伯爵、そしてもう一人は彼に仕える凄腕の私兵だった。その私兵の佇まいから、彼がかなりの猛者である事が理解出来る。
即ち、これは信長を排除する為の密談である。要は、伯爵は信長を暗殺しようと言うのだ。
「くくっ、しかし伯爵もえげつない・・・・・・。自らの出世の為に魔王を利用するとは」
「ふんっ、私は只魔王を自称する愚か者を処断するのみよ。私は何も間違ってはおらんっ」
「くふっ、本当にえげつない・・・」
・・・そう、ネリオ伯爵には裏があった。
要は自分の出世の為に信長を暗殺し、ミア王女を悪漢から救ったという事実を作ろうというのだ。
実に愚かしい。愚昧の極みである。
たちが悪い事に、伯爵は本気で自分こそが正義と思い込んでいる。自分こそが正義である、故に奴こそが不倶戴天の悪であると。本気で妄信しているのだ。
伯爵は妄信する。自身が国王の側近へと昇り詰めるその時を・・・。
しかし、ネリオ伯爵は重大な失敗を犯していた。暗殺するなら、相手に知られてはならない。それは大前提とすら言える重要な事なのだ。
つまり、その大前提が破れれば、暗殺は暗殺たりえない。
しかし、もう遅い。既に手は打たれているのだから。脅威はすぐ傍まで迫っていた。
「ふむ、実に小賢しい事この上ない」
「「っ!!?」」
気付けば、すぐ傍に一人の青年が立っていた。しかし、人間ではない。その青年からは人外、魔物の気配をひしひしと感じるのだ。恐るべき魔の気配を。
「貴様、何者だ!!!」
「わしは魔王信長の影。即ち、信長の分身である」
「っっ!!?」
名乗りを上げる信長の影。ネリオ伯爵は愕然と目を見開いた。対する信長の影は嗤っていた。
伯爵の私兵は屈辱に顔を歪める。
「くっ、おのれえ!!!」
「甘いわ!!!」
剣を抜き、斬り掛かった伯爵の私兵。しかし、信長の影にあっさりと切り捨てられる。
血だまりに転がる、私兵の首。遅れて胴体が崩れ落ちた。
「あっ・・・ああ・・・・・・っ」
へたり込むネリオ伯爵。その表情は絶望に染まっている。この世の終わりとも思える、絶望の表情。
ゆっくりと伯爵に近付く信長の影。その顔は、嗤っていた。相変わらず、嗤っていた。
「何だ?もう終いか?」
「何故・・・どうして・・・・・・」
ネリオ伯爵はぶつぶつと、うわ言の様に何故と繰り返す。どうやら、敗北を悟ったらしい。
嗤う信長の影。刹那、伯爵は闇に呑まれた。伯爵の顔は絶望の極みと呼べる表情をしていた。
部屋の中を、何かを咀嚼する音と魔物の嘲笑う声だけが響き渡った。
ちょっとした豆知識・・・。
信長が第六天魔王と名乗ったのは、武田信玄が天台座主沙門と名乗ったのが原因らしい。
・・・・・・つまり、売り言葉に買い言葉。