王者問答
ステラ王国、王城アストラディア。玉座の間———
其処で、国王は宮廷魔術師が水晶玉に映し出した映像を見ていた。内容はもちろん、信長の戦闘だ。
「ふむ、数多の魔物を産み出し使役する。まさしく魔王の所業よ」
国王の額に冷や汗が一筋。映像には魔物によって魔物が蹂躙される姿が映っていた。
その光景は余りに圧倒的で、そして終始一方的だった。その姿はまさしく魔王。或いは覇王とすら呼べるだろう圧巻な光景だった。
異世界で覇を謳った第六天魔王波旬の姿だ。
その暴威に戦慄していた国王達だったが、直後更なる恐怖が襲う。信長が此方を見たのだ。
「「「っ!!?」」」
『ふむ、わしの姿を勝手に覗くなど不敬ぞ』
そして、此方にかざされる掌。瞬間———
水晶玉が砕け散り、映像が途切れた。砕けた水晶玉が床に落ちる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
冷や汗を滝の様に流す国王。周囲の者達も同様だ。言葉すら出ない。
しばらく沈黙が続く。その静寂が、何より恐ろしい。
もしや、自分達はとんでもない怪物を呼び出してしまったのでは無いか?
今更ながら後悔が過る。しかし、残念ながら後悔している時間も無かったようだ。
玉座の間の扉が勢い良く開かれる。兵の一人が慌てて入ってきた。
「陛下、今すぐお逃げ下さい!!化物が玉座に迫って———」
「その必要は無い」
響き渡る声に、兵はびくっと肩を震わせた。国王と近衛達も冷や汗を流す。
瞬間、兵の影が蠢きぶくぶくと泡立った。
「ひっ!?」
兵は短い悲鳴を上げる。その直後、兵の影から信長は現れ出た。
・・・・・・・・・
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
玉座の間に静寂が満ちる。誰もが言葉を発する事も出来ない。冷や汗を流し、信長を見詰める。
「案内ご苦労であった。実に大義である」
「っ、ひ!!」
恐怖の余り、兵が崩れ落ちる。信長は嗤っている。その笑みが、何より恐ろしい。
誰も兵を責める者はいない。誰もが理解していたからだ。この魔王の恐ろしさを。
信長はそんな空気を無視して国王に瞳を向ける。その視線に射すくめられ、国王は呻いた。
「ふむ、貴様がこの国の王か」
「っ!!」
近衛の一人が不遜極まるその言葉に反応するが、それを国王は片手で制する。
「そうだ・・・。私がこのステラ王国国王、クルト=マルクト=ジ=ステラである」
重苦しい魔王の威圧が制するこの場で、国王クルトは王として堂々と名乗った。その国王としての勇気と意地と誇りの高さに、信長はほうっと感嘆する。
「その勇敢さ、わしは高く評価しようぞ」
「・・・・・・前置きは良い。して、私に何用か?」
クルトは一切油断せず、用件を問う。信長は口元を歪め、邪悪に嗤った。その笑みに、王の額に一筋の冷や汗が流れ落ちる。
怖い。クルトはこの魔王が何よりも恐ろしい。これまでに感じた事もない恐怖を感じた。
「ふむ、では率直に言おう・・・。今夜、日付の変わる時刻にミア姫に会いに来る」
「っ、ミアに何の用だ!!!」
思わずクルトは怒声を上げる。それは、娘を心配する親の感情故に・・・。クルトの緊張が高まる。
しかし、信長はそんなクルトの心情など一切気にしない。
「なに、わしは只あの娘と少し話をしようと言うだけだ。・・・だが、もしわしとミア姫の会話に無粋な邪魔が入るならば・・・・・・その時は解っておろうな?」
そう言って、信長は虚空に溶けて消えた。
「・・・・・・・・・・・・」
再び、玉座の間を静寂が支配した。嫌な静寂だった。
・・・・・・・・・
「陛下!!その様な輩など即刻処断するべきです!!!」
玉座の間を怒声が響き渡る。声を上げたのはネリオ伯爵、ステラ王国に長年仕える伯爵家の当主だ。
現在、玉座の間に居るのは国王クルトと王女ミア、近衛の騎士達と重鎮である貴族達だ。
「しかしな、ネリオよ・・・。そちは先程居なかったから解るまいが、信長ははっきり言って異常だ」
国王の言葉に、近衛の騎士達はそれぞれ頷く。彼らは理解しているのだ。信長の異常さを。
「そんな事など関係ありません!!奴など所詮、魔王を自称するだけの小物でしょう!!!」
ネリオ伯爵は知らない。信長という男の恐ろしさを。それ故、このような大胆な発言が出来るのだ。
そんな哀れな伯爵に、皆は哀れみや侮蔑の視線を向ける。
そんな事などお構いなしに、伯爵は叫び続ける。そんな中、ミアは恐る恐る手を挙げた。
「どうした?ミアよ」
「あの・・・、お父様。私もあの方と対話をしたく思います」
その言葉に、周囲はざわついた。そして、案の定ネリオ伯爵が食いついた。
「っ、いけません姫様!!此処はわたくし共にお任せ下さい!!あのような奴め、わたくしが何とかして処断してみせますとも!!!」
叫び散らす伯爵を無視して、ミアはクルトを見詰める。クルトはそんな娘を悲しげな目で見た。
「本気、なのか?ミアよ・・・」
「はい、お父様・・・。何よりも私もあの方と話したく思うのです」
そう言って真っ直ぐ見詰めるミアの姿に、クルトは少し悲しく思った。
しばらくの間、見詰め合う親子。そして・・・。
「うむ、解った・・・。しかし、くれぐれも気を付けるようにな」
「っ、陛下!!?」
クルトの決断に、ネリオ伯爵は驚愕した声を上げる。対して、ミアはぱあっと顔色を輝かせた。
「ありがとうございます、お父様!!」
「うむ、だがくれぐれも気を付けてな」
そんな親子の会話。しかし、その傍らで伯爵は悔しそうに歯嚙みした。