信長の無双
ステラ王国、王都の前で王国兵士達と魔物の軍勢が対峙していた。
魔物の軍勢、約十万。対する王都の兵士は約千人と僅か。数の上では圧倒的に不利だ。
しかし、逃げる事は出来ない。逃げる訳にはいかないのだ。逃げれば家族や守るべき民達が死ぬ。
背後には守るべき者達。兵士達が逃げられない事を理解しているのか、魔物達がせせら笑う。
王都の兵士達に絶望が充満していく。そんな中、気の抜ける声が兵士達の背後から聞こえた。
「ほうっ、中々面白き事になっておるな」
「「「っ!!?」」」
突如現れたのは、甲冑にマントを来た黒髪に黒い瞳の男。その腰には見た事の無い装飾の剣を差し、その手にはこれまた見た事の無い何かを持っている。如何にも怪しい風体の男だ。
その表情は不敵な笑みを浮かべている。まるで、この状況を愉しんでいるかの様だ。
男の放つ異様な気配に、兵士達は皆ゾッとする。その気配はまるで、魔王が放つそれ。
「きっ、貴様は何者だ!!!」
「ん?わしか?そんな物、今はどうでも良かろう。くれぐれも邪魔をしてくれるな」
「なっ!?」
男はそう言うと、まるで散歩でもするかの様に気軽に戦場へと歩を進めた。
・・・・・・・・・
信長は魔物の群れを眺め、笑みを深める。魔物達はどれもこれも皆異形ばかり。中には、明らかに通常の生態系を大きく逸脱した者も居た。
頭に角を生やした魔物。ぶよぶよと蠢く半透明な不定形の魔物。二足で立つ蜥蜴の魔物。
緑色の肌をした子供の様な体格の魔物。豚の頭をした魔物。その他様々な異形の姿があった。
魔物達から発せられる殺気を信長は心地良く受け止める。瞬間、信長の影が大きく大きく広がった。
大地を覆う信長の影は沸騰した泥の様に、ぶくぶくぼこぼこと沸き立つ。
その異様な光景に、兵士達は戦慄した。中には悲鳴を上げる者も。
そして———
「「「「「オオオオオオアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」」」
影から夥しい魔物の群れ、群れ、群れ。戦場に悍ましい光景が広がる。兵士達に更なる戦慄が走った。
しかし、その魔物達は明らかに通常の魔物とは違った。それは、皆装備を調えていた事だ。
全員が鎧を装備していた事も驚くべき事だが、槍や見た事の無い片刃の剣、良く解らない物を持つ魔物の姿も見られた。中には騎兵と思われる魔物の姿もあった。
それは、完全な魔物の軍隊だった。
その異様な光景に、初めて敵方の魔物の群れに動揺が奔った。それは、或いは魔物が人間の味方に付いたと認識したからかも知れないが。とにかく一瞬、隙が出来たのは確かだ。
信長はにやりと不敵に笑うと、敵の魔物に向けて鉄砲の先端を向けて叫んだ。
「鉄砲隊構え・・・・・・。撃て!!!」
天地を揺るがす轟音が鳴り響いた。魔物の兵が装備していた良く解らない何か、鉄砲から何かが射出されたと思ったら敵の魔物の群れが一斉に弾け飛んだ。
良く理解出来なかった。一体何が起こったのか?解らない。解らない。解らない。
信長は相変わらず笑っている。その笑みは、見る者を心胆寒からしめる。まさしく魔王。
信長は今、魔王としての覇気を纏っていた。
良く見ると、鉄砲隊は三列に並んでいる。先程撃ち終えた者が後ろに回り、最前列の者が鉄砲を構え。
再び響く轟音。魔物の群れが再び弾け飛ぶ。信長の得意とした三段撃ちだ。
更に構えられる鉄砲。響く轟音。弾け飛ぶ魔物達。それがしばらく続く。
やがて、敵の魔物達が半数以下にまで減ると信長は鉄砲隊を下がらせる。
「騎馬隊、続いて歩兵隊・・・進め!!!」
騎兵と歩兵の大軍勢が進軍を始める。その数は軽く十万近くは居るだろう。
もはや、敵に先程までの圧倒的数の優位性は無い。形勢は完全に逆転していた。
敵の魔物の群れが、一人の人間が率いる魔物の軍勢に呑み込まれ。
・・・・・・・・・
「何だ・・・これは・・・・・・?」
蹂躙されていく魔物達の中、呆然と呟く魔物が一匹居た。
魔王アロウより魔物達の指揮を任せられた名も無い悪魔。山羊の頭のバフォメットだ。
固有の名は持っていないがそこそこの実力はあると自負している。だからこそ指揮を任せられたのだ。
しかし、何だこれは。話が違う。理解出来ない。
王都の軍勢はたかだか千人と僅か程度では無かったのか?これでは計算が合わない。
否、そもそも何故魔物が人間の側に付いている?それも並の練度では無い。明らかにかなりの訓練を受けただろう熟練度だ。ありえないだろう。自分は夢でも見ているのか?
魔物が人間の味方に付いたなどという話、これまで聞いた事が無い。明らかに異常事態だ。
敵の魔物達を見る。あの魔物達は皆、装備を調えている。中には知らない武器を装備した魔物も居た。
特に、十万以上は居た筈の魔物の群れを、その半数以上を壊滅させたあの武器は厄介だ。素直に脅威と言っても過言では無いだろう。
———悪魔は魔物達の奥で指揮を執っている男に目を向けた。
果たして、自分にこの大軍勢を抜けて敵将を討つ事が可能だろうか?あの黒髪に黒い瞳の男を。
否、それこそ否だ。出来ないでは無い。やらねばならないのだ。
そうでなければ、魔王陛下に申し訳が立たない。自身の忠誠心の為にも、必ずあの男の首を取る。
そう決意を固めた悪魔は戦場を駆けた。誰より速く。何者よりも速く。戦場を疾駆する。
道を遮る魔物は自身の爪で切り伏せる。例えそれが自身の味方でも、道を塞ぐなら容赦はしない。
切り伏せ、薙ぎ払い、踏み潰し、敵将へと接近する。そんな自分を、敵将は笑って見ている。
「おおおおおおおおおおおおオオオオオッッ!!!」
雄々しい雄叫びを上げ、敵将へと爪を振りかざし切り掛かる。しかし———
敵将の口元が笑みを深めた。瞬間、視界が赤く染まる。身体中を激痛が奔る。
「ぐっ・・・は・・・・・・」
悪魔は幾本もの槍に貫かれ、空中に固定された状態で止まる。大量の血が大地に零れ落ちる。大地が鮮血で赤く赤く染まる。
これは誰の血だ?呆然とする悪魔。知れた事、これは自身の血だ。
敵将の男は尚も笑っている。否、嗤っている。
「貴様っ・・・何者、だ・・・・・・っ!!!」
「わしは第六天魔王、織田信長。異世界より来た天魔なり!!!」
敵将、魔王信長は自身を鼓舞するかの様に高々と名乗りを上げる。悪魔は目を見開き、そして信長をぐっと睨み付ける。その瞳は、せめてもの不屈を訴えていた。
信長はそれを嗤いながら、悪魔の頭にあの恐ろしい武器を向け。
轟音が戦場に響き渡った。それが、悪魔が最後に聞いた音だった。
・・・・・・・・・
誰もが呆然と見ていた。誰もが開いた口を閉じる事が出来なかった。
何だこれは?自分達は夢でも見ているのか?だとしたら、一体これは何の悪夢だ。
誰もがこの魔物の魔物に対する大虐殺に目を疑った。
そう、これは大虐殺だ。こんな終始一方的な戦争などありえない。
そんな空気を他所に、信長は自身が産み出した魔物達へと声を掛ける。
「よくやった、皆の者。さあ、我が血肉へと還るが良い」
すると、魔物達は信長の影へと還って行った。まるで、影の中に沈む様に、影の中に溶け込む様に。
魔物の軍勢は瞬く間に信長の影へと消えていった。
信長は踵を返すと、そのまま王都の中、王城に向かい歩を進めた。誰もそれを止める事が出来ない。
皆、呆然と立ち尽くす。
そんな中、信長の瞳に見知った少女が映り込んだ。ミア王女だ。
ミア王女は顔を蒼褪めさせ、呆然と立ち尽くしている。彼女は見ていたのだ。魔物の大殺戮を。
信長は一瞬、彼女に笑みを向けるとそのまま横を通り過ぎた。
「っ!?」
ミア王女はばっと振り返る。その瞳には信長の後ろ姿が映っていた。
何故だろう?彼女にはその後ろ姿が懐かしく思えた。