信長の本音
「嘘・・・だ・・・・・・っ」
ようやく絞り出したその声は、掠れていて上手く言葉になっていなかった。その目は愕然と見開かれて唇はわなわなと震えていた。信じられない、そう明確に表情が訴えていた。
嘘だ・・・。そう、再びその口から声が漏れる。
それも当然の話だろう。光秀が信長に受けた仕打ちは数え上げればキリがない。それ程までに明智光秀という男は追い詰められていたのだ。何時も信長は光秀に辛く当たっていた。
・・・しかし、信長はそれに対し否と答える。それは違うと。
「嘘ではない。わしはお前を誰よりも認めていた。お前と真っ直ぐ向き合っていた。故に、お前の才能を腐らせないよう敢えて厳しく当たっていたのだ」
「・・・それは。では、何故それをもっと早く‼」
言おうとして、光秀はそれを止めた。その答えは、既に明らかだったからだ。
信長は心底呆れたように溜息を吐く。それは、あまりにも簡単な理屈。解りやすい理由だった。
「言えばどうなっていたか?其処からおごりが生じ、傲慢へと発展していく恐れがあろう」
「それは・・・そんな事・・・・・・」
光秀は、それを否定する事が出来なかった。それを否定する言葉を知らなかった。
腐らせたくなかった。故に、厳しく当たっていた。
信長が恐れていたのは其処だ。自身が評価されている事を知り、既に才能を認められている。それを知れば人はおごり高ぶる。自ら才能を伸ばそうとしなくなる。
才能を伸ばそうとしなければ、人は腐るしかないのだ。腐った果実は切り落とさねばならない。
・・・それを、信長は恐れたのだ。故に、信長は敢えて光秀に厳しく当たった。その行動が、後に本能寺の変へと繋がったのは皮肉だが。それは、もはや後の祭りだ。
信長は力なく笑う。それは、呆れや自嘲の念が含まれた複雑な笑みだった。
「全く・・・本当に馬鹿者よな・・・・・・。それに、馬鹿者はわしもか・・・・・・」
「っ、それは・・・‼」
何かを言おうとして、光秀はそれをためらった。何故それを言えようか?裏切り者の自分が、その他でもない自身が裏切った主君を庇おうなどと。それこそ断じて言ってはならぬ事だ。
しかし、それを察して信長は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「所詮、わしも馬鹿者よ・・・。家臣の裏切りは主の責、所詮わしも未熟者という事か・・・」
家臣の裏切りは主の責。それは、何よりも重要な事だ。
家臣が裏切ったなら、それは主が未熟な証拠。その責も果たせないで何が主君か?
そう、自嘲めいた声で信長は断じた。尾張の大うつけ、それはかつて自身が呼ばれた名だ。
それを、今更ながらに思い出した信長はそんな自身を皮肉気に笑った。




