魔王降臨
地球とは違う世界、日本とは違う国、とある王国の玉座の間にて儀式は行われていた。
山羊の血で描かれた魔法陣。古代の魔術文字と数式で構成された円陣だ。
宮廷魔術師が八人掛かりで魔法陣を囲み、儀式を実行する。
朗々と紡がれていく言霊。やがて魔法陣が青白く輝き出し、不可視のエネルギーが渦を巻いてゆく。
その光景は幻想的の一言だった。青白い光が幾何学模様を描き、空間を巡る。とても儚く美しい光景。
誰もが息を呑み、この光景に見入った。国王も、王女も、騎士達も、そして宮廷魔術師達でさえも。
気付けば、その中心に信長は立っていた。空間を舞う青白い光の粒子と共に其処に立っていたのだ。
寝間着姿だった筈が、何故か愛用の甲冑にマントを着用した姿で居た。
腰には一振りの太刀を差しており、その手には鉄砲が一丁握られている。どう考えても完全装備だ。
これは一体何事だ?此処は何処だ?この者達は何者だ?
物思いに耽っていると、目の前に身なりの良い少女が片膝を着いて平伏した。
黄金に輝く美しい長髪の少女だった。
「ふむ、わしに何用か?」
「よくぞおいで下さいました、勇者様。私はステラ王国王女ミア=マルクト=エル=ステラと申します」
聞きなれない言葉で話し掛けられたにもかかわらず、その意味がはっきりと理解出来た。
そして、すぐにその理由を信長は理解する。それが、第六天魔王である自身の能力の一端であると。
しかし、と其処で思考を切り替える。
「勇者、わしが勇者だと?」
信長は嘲る様にふくみ笑う。その異様な光景に、ミア王女は後退る。
「あの、勇者様?」
「よもや、魔王たるわしを勇者と呼ぶ者が居ようとわな・・・」
「・・・・・・え?」
その言葉に、ミア王女は理解出来ないかの様な顔をした。いや、脳が理解を拒んだ。
それを信長は愉快そうに見る。
「よかろう、わしの名は織田信長!!欲界を統べる第六天魔王である!!!」
「「「!!?」」」
知らぬのならば理解しろ!!そして恐れ慄くが良い!!
その名乗りに、その場に居た誰もが戦慄する。
当然だ。勇者を召喚する筈の儀式で、あろう事か魔王を召喚してしまったのだから。
信長から発せられる覇気に、騎士達は震え慄く。
ミア王女も最初は怯えた目をしていたが、すぐに口元を引き結び信長を真っ直ぐ見据えた。
その力強い瞳に、信長はほうっと感嘆の息を吐いた。その瞳に、信長はある女性を思い浮かべる。
自身と唯一対等に接しようとした女性。今は亡き、とある女性の姿を。
「ほう・・・実に良い目だ。すばらしい。その瞳に免じて話を聞こう」
「っ!?」
信長のその言葉に、ミア王女は目を見開いて驚いた。思わず信長を凝視する。
「ん?どうした?さっさと話さんか」
くつくつと笑いながら、信長は先を促す。
「っ、わ・・・私達の世界にはアロウという名の魔王が居ます。私達の国、ステラ王国は遥か永い時をこの魔王の脅威に晒されてきました」
魔王アロウ———
極東の島国、魔国ヨモツクニに棲む魔物の王。地獄の底の主とも呼ばれる不滅の魔王。
その力は大陸を砕き、海を割り、腕の一振りで大嵐を引き起こすとも言われる。力の化身である。
その咆哮一つで万の軍勢を薙ぎ払ったとも記録されている。正真正銘の怪物。
故に、彼の魔王を天災と呼ぶ者も数多い。その力は神にも匹敵すると恐れる者も数多い。
破壊者。生きる地獄。不滅の天災。暴力と暴悪と暴虐の化身。様々な名で呼ばれる怪物である。
敵対する者には一切の容赦が無く、腕の一振りで幾万の軍勢を薙ぎ払うその姿はまさしく怪物。
・・・それを聞いた信長は口元を愉快そうに歪めた。
「ほう、それで勇者とやらを召喚しようとした訳か?」
「はい」
「そして、間違えてわしを召喚してしまったと?」
「・・・・・・はい」
ミア王女は悔しそうに唇を嚙む。その瞳には、涙が滲んでいた。
自分達は間違いを犯したのだろうか?勇者召喚などに頼るべきでは無かったのではないか?
頭を過るのは後悔ばかり。しかし———
「面白い」
「え?」
突然信長が呟いた一言に、ミア王女は思わず顔を上げる。信長の顔は喜悦に歪んでいた。
その瞳には怪しい光が宿っている。
「実に面白いぞ。何時の時代も逆境に立たされた時こそ滾るという物よ!!」
「・・・・・・・・・・・・あの、それはどういう意味で?」
ミア王女は耐え切れずに問い掛ける。信長は口元に笑みを浮かべながら、それに答えた。
「うむ、よかろう。わしはお前達に協力しよう」
「っ!!?」
ミア王女はその目を見開き、驚愕する。そして、それは他の皆も同様だ。
全員の愕然とした姿に信長は満足そうに頷いた。その瞬間———
轟音と共に、城が大きく揺れた。かなり大きな揺れだ。
「むっ?」
「っ!?」
揺れは断続的に起きている。そして、玉座の間の扉が勢いよく開かれる。
「陛下!!魔物の群れが大群で押し寄せて来ました。その数、約十万!!!」
「何だと!!?」
玉座の間にかなりの衝撃が走った。そして、やがてそれは混乱に変わる。
王や王女に逃げるよう進言する者、何とか国を守ろうと悲壮な覚悟をする者、いっそ魔物の群れなど滅ぼそうと息巻く者、様々な者が居る。
そんな中、信長は一人ほくそ笑む。丁度良い獲物が来た・・・と。
瞬間、信長の姿が霞の様に消え去る。この混乱の中、それに気付いたのは———
「信長様?」
ミア王女只一人だった。