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祈願成就の惨劇

「へへっ、これでこの自転車は俺様のものだ!」


 真新しい自転車に乗って機嫌の良いかい君。

 緩やかに坂を下り、夕暮れの中風を感じる。


「おっ、はやての奴、まだあんなところを歩いてやがるのか」


 目下に見えたのははやて君だ。

 サッカーシューズの入った袋を肩に下げ、家までの道のりを歩いていた。


 そんな様子を見て、かい君は良いことを思い付いた。

 いや、常識的に考えれば悪いことだろうか。


「接近してからかってやろう。足を狙って怪我をさせるのもいいな。ちょっとサッカーが上手くなってきたからって調子に乗ってるんだよな。この辺で分からせてやらないと」


 悪だくみを思い付いたかい君は、坂道の右側に寄り、自転車の速度を上げていった。

 しかし、おかしい。

 慣れない自転車だからだろうか。

 妙な音がする。

 そして何やら自転車が重くなった気がした。


「何だ? 新品のくせに壊れてんのか?」


 自転車は一般的なものだった。

 強いていうならばギア変速の機能がついているくらいだろうか。


「こいつがおかしいのか」


 その機能を見つけたかい君は、適当にその切り替えスイッチを動かしてみる。

 しかし、妙な音は消えない。

 それどころか何か硬い線が千切れたような音が聞こえる。

 それが良くないことであることは、かい君にも理解できた。


「ブレーキが効かねぇ」


 減速が不能となった自転車。

 ふらふらとしながらも速度を上げていく。


「おい! 止まれよ、止まれよ!」


 その叫びに、自転車が応じることはない。

 ガリガリと音を立てて、無残にも進んでいく。

 こうなってしまった以上、方向を変えて転んででも止まるしかない。

 しかし、その方法も使えなかった。


「どうなってんだよっ!」


 ハンドルが動かなかった。

 新品であるはずなのに、まるでさび付いたかのようにびくとも動かない。

 かい君は完全にパニックに陥っていた。


「何で、何で、何でぇ~! 俺が何をしたって言うんだよ!!」


 その時、かい君の後ろから声が聞こえた。


「だってかい君。それがあなたの願いじゃない」


 その声に聞き覚えがあった。

 闇の織姫だ。


「何でお前が乗って……」

「願いは叶えてあげる。そして見届けてあげるわ。でもね、かい君。あなたが誰かのことを願ったように、あなたも誰かに願われているのよ」

「何を言って……」

「ほら、前見て」


 後ろに気を取られていたかい君は、前を向き気づいた。

 すぐ目の前にはやて君が迫っていることに。

 もうどうすることもできない。

 顔に強風を受けるほど加速した自転車は、はやて君の足に激突した。


 突然やってきた痛みに苦悶するはやて君。

 はやて君は足を抱えると、その場で横たわり気絶してしまった。


 一方、かい君はどうなっただろうか。

 はやて君の足を轢いたかい君は、すぐさま反対方向へ思いっきりハンドルを動かした。

 するとどうだろう。

 さっきまで動かなかったハンドルは、かい君の意思に従って動いたのだった。


 ガタガタと跳ねながらも、自転車は体勢を立て直し、そのままかい君を乗せて走り続けた。

 だがそれも一瞬の事だった。


 かい君がハンドルを向けたのは歩道の反対側。

 すなわち道路側だった。


 道路の右側を逆走する自転車。

 その自転車は、対向してくる大型トラックに正面から衝突したのだった。


 響き渡るブレーキ音。

 ぐにゃりと曲がった自転車と共に宙を舞うかい君。


 かい君が自らの死を覚悟した時、また声が聞こえた。


「おめでとう、かい君。願い事叶ったね」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 今まで誰にも見せなかった涙を流す。

 そしてどうしようもない後悔がかい君の心の中であふれ出した。

 しかし、もう遅い。

 かい君はもっと早く気づくべきだったのだ。


 悲しみの形相のかい君はそのまま地面に叩きつけられ、あたまから血を流して命を失った。


「きゃ~~~~!!」

「あ、ああああ!!」


 その様子を坂の上から見ていた中学生二人は叫び声を上げた。

 しかし、周りには人はおらず気づく者はいなかった。


 そしてその悲惨な状況を確認することで、自分たちが願ったことを思い出した。


「僕が、僕がかい君なんか死んじゃえって願ったからこんなことに」

「つよし君、闇の織姫に会ったの?」

「うん、かい君が怖いから黙ってたけど」

「そんな。でも私も会ったの」

「のどかちゃんも!」

「わ、私も……私も願っちゃったぁ~」


 急に泣き出すのどかちゃん。


「のどかちゃん、何を願ったの?」


 様子がおかしいのどかちゃんに言い寄るつよし君。


「死んじゃえって。はやて君死んじゃえって」

「どうして!」

「仕方なかったのよ! もう、こんなこと願うしか。でも、本当に叶うなんて思ってなかったんだからぁ、うわぁ~~ん!」


 感情を露わにするのどかちゃん。

 つよし君も怯えていた。


 すると何を思ったのか、のどかちゃんは坂から離れるように後ずさりを始めた。


「嫌、嫌……どうしてぇ」


 しかし、のどかちゃんは気づいていなかった。

 坂の横には、校舎の建っているところからグラウンドまで降りるための階段がある。

 彼女の後ずさりしている先はそこへと向かっていたのだ。


「危ない! のどかちゃん!!」


 それに気づいて、つよし君はのどかちゃんの手をとる。

 ただ、その手をとったときには既に、のどかちゃんは足を踏み外していたのだった。

 支えきれない体重がつよし君の手を引っ張る。


 二人はコンクリート製の階段を転がり落ちていく。

 そして幾度となく身体や頭を打ち付けて、そのたびに血痕を残していった。

 転がる速度が徐々に落ち、グラウンドの土の上に二人転がり動きを止める。

 手を繋いだまま、仰向けに倒れた二人は血を流したまま動くことはなかった。


「あーあ、落ちちゃった。でも、あなた達が悪いんだからね」


 血だらけになった二人を階段の上から見下ろしている者が呟いた

 闇の織姫だ。


「のどかちゃん、願いが叶ってよかったね。でも、願いはちゃんと思い出さなきゃ。はやて君なんか死んじゃえ? 違うでしょ? はやて君が死んで、それから自分も死ぬんでしょ? それがのどかちゃんの愛情表現なんだよね? 良かったじゃない。めでたしめでたし」


 闇の織姫は見下ろしながらそっと手を叩いた。

 そして、つよし君の方も見る。


「つよし君も良かったね。かい君死んじゃった。でも、つよし君も死んじゃったね。理不尽だと思う? とばっちりを受けたって。でもね、違うんだよ。みんなみんな勘違いしてる。闇の織姫に願ったから、それが叶ったからこんなことが起きてるって思うの? 違うでしょ? あなた達、私に何をした? 何で何事もなかったかのように過ごせるの? おかしいよね。私にあんなことしておいて、知らんぷりで生きていけると思ってるの?」


 呪詛のような言葉はなおも続く。


「あなた達みたいな人と、一緒に生活するなんて、はやて君がかわいそうだよ。だからね、これは私の願い。命を懸けた願いなんだよ。そして叶った!」


 闇の織姫は両手を広げて、赤く染まったそれに向かって叫んだ。




「おめでとう、おめでとう、おめでとう! みなさん大変仲良く死ねました」

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