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はやて君の願い

 校舎に入ったものの、いつの間にか一人になっているはやて君。

 ついさっきまで、少し前をことなちゃんが歩いていたはず。

 しかし、ことなちゃんどころか誰もいない。


「こんなことってあるかなぁ?」


 目の前で人がパッと消えたのである。

 そうそうあることではない。


「どうしよう。とりあえず、教室にでも行ってみようかな」


 きっと校舎の何処かにみんなはいる。

 そう思ったはやて君は、教室のある二階へと向かった。

 階段のきしむ音がいつも以上にはっきりと聞こえる。

 普段当たり前のように利用していたが、思った以上に劣化しているのだと実感する。

 むしろ、ギリギリまで解体時期を引き延ばしていたことが不思議なくらいだった。


「二階も廊下には誰もいない」


 はやて君は二年A組の教室の前に立つ。

 そしてがらりと音を立てて戸を引き、中を覗く。


 静まり返った教室の中は、当然誰もいなかった。

 ただなぜか窓が少し開いていて、そこから流れる風によってカーテンがなびいていた。


 いきなりみんなが消えるというハプニングが起こり、忘れかけていたことを思い出す。

 なびくカーテンが、七夕の竹飾りにくくられた短冊を連想させたからだ。


「そういえば、闇の織姫を探してたんだった。僕が言い出したことだけど、この噂ってどこで聞いたんだっけ? いまだに思い出せないや」


 そんな独り言をしながら、はやて君は開いている窓を閉めるため窓際へと向かう。

 するとどうだろう。


 揺れるカーテンの隙間から、女の子が飛び出してきた。


「わぁっ! びっくりした。ことなちゃん、そんなところに隠れてたの……って……ん?」


 身長やちょっとした動きから、はやて君はその女の子をことなちゃんだと思ったが、実際は違った。

 というよりも判別できなかった。


 なぜならその女の子の顔は、暗い闇で覆われていたからだ。


「こんにちは、はやて君」


 女の子は話しかける。

 その声に、はやて君は目を丸くして驚いた。

 その声は、はやて君の好きな声だったから。

 はやて君の好きなことなちゃんの声に、そっくりだったから。


「ことなちゃんじゃないんだよね?」


 問いかけるも、女の子は答えない。

 でもはやて君は思った。

 ことなちゃんなはずはない。

 だって校舎に入る前に会ったことなちゃんはいつも通りだったし。


 だけど、ことなちゃんに似ている理由を考えてみるとするならば、それはきっと。

 はやて君の願いが、ことなちゃんに関連するものだからなのだろうと、はやて君は勝手に解釈する。


「君が僕の願いを叶えてくれるの? 闇の織姫さん」

「どうだろう? はやて君は私に願いを叶えて欲しいの?」

「願いが叶うのは嬉しい。でも、そうだね。この願いは僕自身の力で叶えたいかな」


 はやて君がそう言ったのは、ことなちゃんがきっとできると言ってくれたからだ。


「はやて君の願いは、サッカー部でレギュラーになること」

「そうだよ、知ってるんだね」

「短冊にそう書いたんでしょ?」

「うん。自力で叶えるって言っておきながら変だよね。でもあれは願いというか、決意みたいなものだと思うことにするよ。天の川に誓って、叶えますって」


 どこか誇らしげに話すはやて君を、闇の織姫は静かに見つめていたようだった。


「はやて君のその願い、叶えたい理由は何? どうやって叶えるつもり?」

「理由? それは……サッカー好きだし、上手くなりたいし。試合にも出たいから。だから練習を頑張って……」

「本当にそれだけ? もっと他の理由があるんじゃない?」


 闇の織姫が他の理由を問う時。

 それは願いに潜む悪意を引き出そうとする時だ。

 そしてこの問いは、時にその人物の人格すらも変えてしまう。


 しかし、はやて君にはあまり通用しないようだった。

 返答に悪意は見られなかったのだから。

 はやて君は頭の上に手を置いて苦笑いした。


「君にはどこまでバレてるんだろう? 君の言う通り、他にも理由はあるよ。僕はね、ことなちゃんが好きなんだ。ことなちゃんは、僕がサッカーを始めた頃、とても下手で落ち込んでた時も、ずっと応援してくれてたんだ。バカにせずに、『すごいね』、『頑張ってるね』って。だから僕はそんなことなちゃんに喜んで欲しいんだ。そして伝えたい! 大好きな君のおかげで、レギュラーになれたよって」


 それははやて君の心からの言葉だった。


「でも本当になれるかな? 例えば、既にレギュラーになってる子を蹴落としたいとか思わない? 怪我すればいいのにとか」


 闇の織姫は、願いの闇を探る。


「そんなの絶対に思わないよ! だってそんなの、僕もことなちゃんも望まない」

「そう。それがはやて君の願いに対する気持ちなんだね」


 すると闇の織姫ははやて君に近づき、両肩に手を添えた。

 添えられた手の感触は、はやて君には無い。

 やはり闇の織姫は幽霊のような不思議な存在で、実体がないようだ。

 そしてその手はすり抜けないよう、はやて君の肩のほんの少し上で、浮かせているようだった。


「闇の織姫さん?」

「ねえ、はやて君。君はやっぱり、自分で願いを叶えられる人だ。それに闇の無い綺麗な人」

「どうだろう? その闇っていうのが何を指すのか分からないけど、僕はそんなに完璧じゃないと思うよ」

「そんなことないよ。はやて君は、やっぱりはやて君だから」


 一体何のことなのか、はやて君にはよく分からなかったが、悪い気はしなかった。

 そして闇の織姫の声は、真剣味を込めた口調に変わる。


「でもね、はやて君。世の中、はやて君みたいな人間ばかりじゃない。自分の願いを叶えようとする裏で、他人の不幸を望んでいる人もいる。そしてそれを、君はこれから目の当たりにすることになる」


「どういうこと?」

「闇の願いを叶えようとする者の末路を、見せてあげる」


 よく分からない言葉を伝え、闇の織姫ははやて君の肩から手を離した。

 そして後ろを向くと最後に言った。


「こんなことになっちゃってごめんね。酷なことだとは思うけど、でもこうするしかなかったんだ。大丈夫、君はきっとレギュラーになれるから。だから頑張って! そして……さようなら」

「闇の織姫さん!」


 ことなちゃんそっくりの声は、最後泣きそうなほど弱々しい声だった。

 これから何を目の当たりにするというのだろうか?

 分からないことだらけだが、はやて君にも一つだけ分かることがあった。


 これはきっと良くないことの前兆だと。


 しかし、良くないことの前兆がもっと前に始まっていたのだと、はやて君が気づいたのはもっと後になってからのことだった。


「何が起こるっていうんだろう? とにかく、ここにいてもしょうがないし、校舎を出よう」


 そう思い、はやて君は教室を後にするのだった。

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