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エピローグ(偽)

 あの事件から数日。


 あの日闇の織姫を探しに行った五人の中で、唯一生き残ったはやて君は、少しずつあの日の真実を知っていった。


 七夕のあの日、ことなちゃんが朝の時点で亡くなっていたのは事実のようだ。

 というか厳密には前日、金曜日の夕方が死亡推定時刻らしい。


 その時間は放課後。

 ことなちゃんは部活に入ってはいないから、帰宅途中に亡くなったのだと思われる。

 問題はその亡くなった場所と状況。


 第七中学校の裏にある、ほとんどだれも立ち入ることのない山中に倒れていたらしい。

 しかも、顔面を人相が分からなくなるほど殴られていた。

 どうやら周辺に転がっていた岩でやられたとのこと。


 ことなちゃんは殺されたのだ。


 周囲にあった足跡はことなちゃんの足跡を除いて三つ。

 どれも中学生くらいの子供の物だったらしい。


 そして後にそれが、かい君と、のどかちゃんと、つよし君の物であることが判明した。


 つまり、あの三人が犯人だったわけだ。


 あの三人の関係性から考えれば、主犯はかい君だろう。

 あとの二人は脅されて、仕方なく参加したとも考えられる。


 しかし、断るべきだった。

 いくら恐怖心があるからといっても、殺人に手を貸すなんて以ての外だ。


 だからこそ考える。

 のどかちゃんやつよし君も、ことなちゃん殺害に乗り気だったのではないかと。

 事実、ことなちゃんの服や顔には、二人の指紋や足跡などが多数検出されている。


 ただこの辺は憶測にすぎない。

 なぜ、ことなちゃんがこんな非道な行いのターゲットになってしまったのかは分からない。

 もしかすると、普段からあの三人にいじめられていたのかもしれない。


 はっきり言えることは、三人が許されない行為を行ったということだ。


 どんな理由があれ、いじめはダメだ。

 エスカレートして殺人なんてもっとダメだ。



『はやて君が、私のことを忘れませんように』



 あの言葉を、ことなちゃんのことを絶対に忘れないと、はやて君は心に誓った。

 そしていじめを許さない、見逃さないとも。



 ※ ※ ※



 ――――一年後、第七中学校・新校舎内。


「てめぇ、むかつくんだよ! ちょっとこっち来いや!」


 休憩時間に響き渡る怒声。

 第七中学校の一年の教室前で、数人の中学生が一人の生徒を囲っていた。

 どうやら一年生が誰かをいじめているようだった。


 周りにいる者は恐怖し、それを傍観することしかできなかった。

 しかし、一人の生徒が近づいてくると状況が変わった。


 生徒の襟首をつかんで脅している主犯格に、横にいる生徒が忠告する。


「やべぇ、番長が来た! もう、やめておけよ。そいついじめても何にもなんねぇよ」

「あ? 何言ってやがる。番長って誰だよ?」

「お前知らないのかよ! 三年のサッカー部のエースだよ」

「それがどうしたんだよ? 何で番長?」

「と・に・か・く! 番長の前でいじめはやばいんだって!」

「はぁ?」


 いまいち理解していない生徒に近づいてきた番長が言った。


「おい、お前何してる?」

「誰、あんた? 別にいいだろ、ちょっと遊んでやってるだけだよ、先輩」

「ふん、そんな風には見えんが」

「な、なあ? お前も俺と遊んでるだけだよな?」


 見苦しくも、いじめている相手に対して、同意を求める。

 これはいじめられている側からすれば脅しと大差ない。

 いじめられていた生徒が頭を縦に振ろうとした瞬間、番長は言った。


「嘘をつく必要はない。苦しいなら、辛いなら、助けを求めろ。どんな些細ないじめも、俺は見逃さない」

「そんな、やだなぁ、いじめだなんて」

「お前の意見は聞いていない! お前がどう思おうと、彼が嫌がっているのなら俺は助ける」


 その正義感に反発したのか呆れたのか、主犯格の生徒は言う。


「はいはい、いじめようとしてましたよ。だけど何が悪いんだよ。そんなの俺達の勝手だろ?」

「そうか、言ってもきかないタイプなんだな、お前」


 この時、番長の中で目の前の生徒の悪質度がアップした。


「マジでやめろよ、番長はマジでやばいんだって」


 横の生徒が止めようとするも、聞く気はないらしい。


「ならばよかろう、言って聞かぬなら実力行使だ」


 右足を一歩後ろに下げ、構える番長。


「出た、あれが番長の黄金の右足だ」


 周りの生徒達がひそひそと話出し、ことの顛末を見届けようと潜む。


「何だ? やるっていうのか……って、うおぉっ!」


 生徒には一瞬何が起きたのか分からなかっただろう。

 真っすぐに蹴り上げられた足が、顔面をかすめ、想像を超えた風が巻き起こる。


 その時、生徒は確信した。

 これは『やられる』と。


「ちょ、先輩本気じゃないですか!」

「ああ、本気だ」


 軽快なフットワークで次々蹴りを繰り出す番長。


「あーあ、俺しらねぇぞ。忠告聞かなかったのはお前の方だからなー」

「お前、こんなヤバイやつだって知っていながら……わぁ」

「知ってるから忠告したんでしょうが」


 ため息をつきながら逃げ回る生徒を見守る生徒。


「だったらいじめる前から止めとけよって!」

「冗談かと思ったんだよ。よりによって、番長が巡回してる休憩時間にやるとか。でもまさか番長の存在を知らなかったなんてな、一年の間でも有名だぞ?」

「マジかよ! ていうか先輩、蹴りはやっ!」

「サッカー部だからな」


 冷静に答える番長。


「その威力、サッカーで培うレベル超えてますって! 風圧やばっ!」


 とうとう生徒は番長に壁際まで追い詰められた。


「す、すみません! 本当に、悪かったです! だから、蹴りだけは、蹴りだけは……」

「ふん、少しは反省したようだな。いいか、俺の前でいじめは許さない。俺の前じゃなくても許さないがな」

「は、はい。もうしません!」

「うん、約束だ。さて、もう休憩時間も終わる。さっさと教室に帰れよ」


 そう言い残すと、番長は自分の教室へと帰っていった。


「さすが番長ね、すごい蹴りだったわ」

「でも実際に蹴りを入れたことはないんでしょ? 少し怖がらせるだけなんだって」

「そういうやさしさのある所が好き!」

「バカ、番長があんたに振り向く確率なんてゼロだっての」

「え~!」


 番長は結構人気だった。


「おい、大丈夫か? まったく」

「すまねぇ」


 壁に背をつけて座り込む生徒に手を差し伸べるその友人らしき生徒。


「番長って本当にヤバイのな」

「何度もそう言ってるだろ? お前が知らなかっただけ」

「でもよ、何でそんなにいじめを無くそうと全力なんだ? サッカー部のエースなんだろ? あんなに強そうだし、いじめとは無縁そうだけど」

「噂によれば、惚れた女との誓いなんだとさ」

「マジかよ、それであんなに……決めた!」


 いじめを咎められた生徒は立ち上がると決意した。


「おい、まさか番長に報復するとか言うんじゃないだろうな?」

「ちげぇよ、そんなこえーことしないし。俺、決めたんだ! 番長の舎弟になる!」

「はぁ! お前が?」

「いいだろ? 俺、あの先輩に気付かされたんだ! そして、今すごく憧れてる」


 その様子を見て、友人は苦笑する。


「お前変わったな」

「ああ、番長が俺を変えたんだ!」



 いつからだろうか?

 第七中学校三年、サッカー部のエースである、はやて先輩は番長と呼ばれるようになっていた。


 暇があれば校舎内を巡回し、いじめを見つけ次第阻止、もしくは指導を行ってきた。

 その甲斐あってか、第七中学校内でのいじめの認識は、その程度に関わらず存在しているだけで悪であるということが広まっていった。

 いじめの件数も大幅に減少。

 これは公になっているものだけでなく、潜在的なものも含めてだ。


 そんな番長に憧れる者も少なくなく、彼の行動に続こうとする者すら出現している。

 田舎の小さな中学校での変化であるが、それでも着実にいじめは減っていったのだった。



 誰もが願いを持っている。

 そしてそれを叶えたいと思っているのだろう。

 しかし、誰かの不幸を踏み台にして成就する願いなどあってはいけないのだ。



 ――――七月七日、七夕。


 番長……いや、はやて君は一つの墓の前に来ていた。

 それは命懸けで大切なことを教えてくれた人。

 絶対に忘れることのできない人。

 そして、大好きだった人の墓だ。


「今年も七夕がやってきたね、ことなちゃん」


 墓石に向かい話しかけるはやて君。


「僕、君みたいな子を再び生み出さないために、頑張ってるよ。それとさ……報告が遅くなったけど、僕の願い……いや、誓いかな? 叶ったんだ、叶えたんだ。君が言ってくれたように、自分の力で」


 はやて君はしゃがみ込むと、花を供えて伝えた。



「僕、サッカー部でレギュラーになれたんだ」



 その報告はあまりにも遅すぎた。

 できれば生きている時にしたかった。

 でも、それはどう考えても無理だったのだろう。


 でも、それでも。

 天国のことなちゃんに伝わるといいなと、はやて君は思った。

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