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目覚めて知る事実

 目を覚ました所は、いつもと違う寝室。

 はやて君がそこを病院だと気づくのにさほど時間はかからなかった。


「僕、事故に遭ったんだ。かい君が自転車で突っ込んできて、足を怪我して転んで」


 できるだけ事故の記憶を探る。

 しかし、それ以上のことは思い出せなかった。

 どうしてかい君は自転車で突っ込んできたのか。

 その理由は分からない。

 ただぶつかる直前に見たかい君の顔は、何か鬼気迫ったものがあった。


「いくらかい君でも、嫌がらせであんなことしないよな」


 悪意ある行動だったのではという考えが頭に浮かぶも、すぐに却下する。

 そうこうしていると、病室の扉をノックする音が聞こえ返事をすると一人の医師が入ってきた。


「起きたんだね、具合はどうだい?」


 そう尋ねるこの医師は、はやて君を担当した医師なのだろう。

 いかにも真面目そうな、眼鏡をかけた医師だった。


「あの、僕の足は……」

「痛むかい?」

「いえ、ただ足を怪我したと思うので、どうなのかなって」

「私もそう聞いたのだが、実際は大したこと無いよ。君が気絶したのは別の理由があるのかもしれないね。あと、あざが少し残っているけどそのうち消えるだろう」

「そうですか」


 足のけがは大したことなかった。

 それは、はやて君が一番危惧していたことだったので、はやて君は安堵する。

 ただもう一つ気になることがあった。


「あの、先生」

「何かな?」

「何だか目の調子も悪いみたいなんです。先生の全身が何だか暗く霞んで見えて」

「そうなのかい? う~ん、それは後で検査してみよう」

「ありがとうございます」

「当然のことだよ。おっとそうだ、これを渡しておかないと」


 そう言うと医師は白衣のポケットから白い封筒を取りだした。


「それは?」

「女の子から預かってきた手紙だよ。君に渡してって。ラブレターかな?」

「あはは、からかわないでくださいよ。でも、ありがとうございます」

「それじゃ、また来るけど、安静にしておくんだよ」

「はい」


 医師は手を振ると病室を出ていった。


「ラブレターかぁ。本当にそうだったらどうしよう」


 はやて君は白い封筒を裏返す。

 封筒はハート形のシールで封がしてあり、小さく名前が添えてあった。

 それは『ことなちゃん』の名前だった。


「まさか、本当に」


 少し浮かれるはやて君。

 仮にこれがラブレターで無かったとしても、好きな子から手紙がもらえるのは嬉しいことだ。

 はやて君は早速中を確認しようと、封を開ける。

 しかしその直後、はやて君のお母さんが病室に入ってきた。

 急いで封筒を枕の下に隠す。


「はやてっ!」

「母さん」


 はやて君のお母さんはひどく心配した様子だった。


「大丈夫?」

「大丈夫だよ。心配しなくても」

「あんなことがあったから、本当に心配したのよ」


 お母さんの言葉に、はやて君が疑問を抱く。


「あんなこと?」

「それは……そうね。はやては知らないのよね」

「母さん、何のことだよ。教えて」


 お母さんは少し考えたが、いずれは知られてしまうのだと思い、話し始めた。


「かい君達がね、亡くなったのよ」

「えっ!」


 クラスメイトが死んでしまったという事実にショックを受ける。

 しかし、かい君がぶつかってきたあの出来事から考えると、可能性としては否定できない。

 問題はお母さんの言葉の内容だ。


「かい君達ってどういうこと?」

「それは……のどかちゃんと、つよし君も七夕の日に亡くなったのよ」

「何で! あの二人は歩いて帰ってたはずじゃ」

「不慮の事故で亡くなったそうよ」

「そんな」


 一度に三人もクラスメイトを失うなんて。

 そんなとき、はやて君の頭をよぎるのは、ある共通点だ。

 そう、みんな七夕のあの日、闇の織姫を探しに行ったメンバーだ。


「ごめんね、意識を取り戻して早々にこんなことを伝えることになっちゃって」

「ううん、いいんだ」


 病室が暗い空気に包まれるのを感じ、はやて君は話題を変えようと考える。

 闇の織姫を探しに行ったメンバーで、生きているのは自分と、そしていつの間にかいなくなっていた、ことなちゃんだ。


「そうだ、ことなちゃん。ことなちゃんは、僕のお見舞いに来てくれたんだよね? 七夕の日に会って以来見てないけど、お医者さんが女の子が来てたって…………母さん?」


 いつの間にかはやて君はお母さんに抱きしめられていた。


「ああ、はやて……可哀そうに。気が動転してるのね。それは何かの勘違いよ」

「え?」


 はやて君はなぜそんなにもお母さんが悲観するのかすぐには分からなかった。

 しかし、次の言葉で理解する。


「ことなちゃんはね、あの七夕の日の朝に亡くなっているのよ。だから、会えるはずないのよ!」

「そんな、嘘だろ……」


 あの日の部活帰りに、一緒に校舎へと向かったことなちゃんは、一体何だったのか。

 幽霊だとでもいうのだろうか?


 そういえば一つだけ思う節がある。

 闇の織姫。

 彼女に初めて会ったとき感じたこと。

 闇の織姫は、ことなちゃんによく似ている。

 姿も声もよく似ていた。

 顔は闇に覆われていたが、もしかすると……。


「母さん」

「ああ、はやて……可哀そうに……」

「母さんってば!」

「はっ、何かしらはやて」

「闇の織姫って知ってる?」

「闇の織姫?」

「第七中学校の噂話なんだけど、学校で聞いた話ではなかったような気がするし、だとすれば家で聞いたんじゃないかなって。何か知らない?」


 お母さんは真剣な息子の問いかけに真剣に考えた。

 そして一つの結論に達する。


「それ、闇の彦星じゃないかしら?」

「闇の彦星?」

「ほら、お母さんが第七中学校に言ってた頃、そういう話が流行ったって前に話したことがあるわ。内容までは伝えてないけど。それを間違えて覚えてたんじゃないかしら」

「闇の彦星かぁ。ねえ、それってどんな話なの?」

「今その話をするの? あんまり気乗りはしないわ」

「でも、知りたいんだ!」

「そう。何か事情があるのね。分かったわ」


 お母さんは話し始めた。

 ちょっとした遊び心が生み出した悲惨な事件を。


「闇の彦星っていうのは、ある種いじめの口実を作るために生み出された噂話なの。何か願いを叶えるためには対価が必要で、それをいじめに使ったのよ。例えば、何か大切なものを返してほしければお金を払えとか、殴られろとか」

「そんなの対価でも何でもない」

「ええ、そうよ。それで、その闇の彦星の対象にされたた男の子の中でも、かなりひどくいじめられてた子がいてね。その子に対して要求される対価は、次第にエスカレートしていったわ」

「酷い……」

「それでね、ある日いじめの主犯が言ったのよ。みんなの幸せのために、身を捧げろ、生贄になれって」

「そんなの従えるわけないじゃないか!」


 あまりにも酷い内容に怒りを覚えるはやて君。


「そうね。でも、その男の子はあまりにも真面目で純粋で、そして……」

「母さん?」

「ごめんね。えっと……、それでその子は、七夕の日に学校の屋上から飛び降りて自殺しちゃったのよ。本当に酷い話よね。私が助けてあげられたら良かったんだけど。すごく真面目で頭がすごく良くてね、生きていたらきっとお医者さんになってたわね。お医者さんになるのが夢だって言ってたから」

「そんな話があったんだね。ありがとう母さん」

「はやて、まさかあなたも変な噂に巻き込まれてるんじゃないわよね? 立て続けに友達が亡くなって……」

「母さん、大丈夫だよ」


 本当は大丈夫じゃないのかもしれない。

 しかし、はやて君はお母さんを心配させたくなかった。


「ごめん、不謹慎だったわね」

「本当に大丈夫だからさ。そういえば僕の担当のお医者さんも真面目そうな人だよね。眼鏡かけてて、すごく頭が良さそうで」

「えっ?」


 その言葉に、なぜか急に驚くお母さん。


「どうしたの、母さん」

「担当の先生と話したの?」

「うん、怪我の状態とか色々」

「どんな体型だった?」

「体型? う~ん、やせ形で結構身長高かったよ」


 お母さんはそれを聞き、頭を抱えた。


「あなたの担当のお医者さんは、少し太っててひげの生えた男性よ」

「それって、どういうこと? でも、僕の会った先生は……」

「その先生の容姿は……そんな……」

「母さん?」

「ごめんなさい。一度家に帰るわ。安静にしてなさい」

「うん、母さんも無理しないでね」


 急に様子がおかしくなったお母さんをはやて君は見送った。

 そして、話の内容を整理した。


 クラスメイトが四人も死んでしまったこと。

 しかもその内一人は、朝の内に既に死んでいた。


 そう、ことなちゃんだ。

 でも枕の下にはことなちゃんからの封筒が存在する。

 枕の下に手を差し入れ、隠していた封筒を手にする。


 そして封筒の中に手を伸ばし、中に入っているものを取り出した。


「これはっ!」


 封筒の中に入っていたものは、七夕の短冊だった。

 真っ黒な縦長の画用紙。

 取り出して見た面は裏なのだろう。

 何も書かれていない。

 だからはやて君はそれをそっと裏返した。


「ひぃ……」


 そこには真っ赤な文字が書かれていた。

 それはそう、血だらけの指で書いたように。



『はやて君が、私のことを忘れませんように』



 と。


 それを見て、はやて君は泣いた。

 今までの出来事から考えて、この状況は明らかにおかしい。

 常軌を逸していて、恐怖すべき所なのだろう。

 しかし、それ以上に悲しみが増さっていた。

 改めて感じる、ことなちゃんを失った悲しみが一気にあふれ出す。


「うん、忘れない……絶対に、忘れないから。ことなちゃん、助けられなくてごめんね」


 この日、はやて君は血だらけの短冊を抱きしめたままひたすらに泣いたのだった。

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