蕾(らい)。
苛々と煙草の煙を吐き出した彼は、黒縁の眼鏡をかけて色っぽく笑った。
「どうせお前、『つまんねぇ奴』って言われてんだろう?」
妖艶なその笑みを向けられた少年は、俯いて下唇を噛みしめる。
「うるせぇ、黙れよ……」
少年の呟きは、遠く離れた部屋の反対側にいる彼には届かないはずだった。しかし、
「お前が俺に命令できるはずがないだろうが、餓鬼。さっさと俺の言うことに従えよなぁ? ほら、あいつを殺してこいって」
彼は耳聡く聞きつけていたようだ。男が指差したのは、二人の間にあるテレビに映った美少女。友達と思われる何人かと楽しげに歩いている。大人っぽく明るい彼女の笑みがアップで画面へと映し出されていた。
「嫌だっ……」
身体を縛られている少年に男がゆっくりと近付いていく。
「何故? あいつが好きだから? どうせお前は遊ばれていただけだぞ?」
顎に手をかけられた少年は、男の近すぎる双眸に映った自分の姿を見ていた。何処にでもいるような、冴えない男の子。
「そんなことあるか。彼女は、僕に笑ってくれたんだ。あの綺麗な笑いは、僕のものなんだ。僕だけの、彼女だ」
少年は、男の瞳に映る自分を睨みつけるようにして反駁する。
男はゆっくりと溜息をつき、
「じゃあ、これを聞く覚悟はあるな?」
と言いながらある音声を再生した。
少年の耳元で鳴っている音声は、どうやら先程の少女とその友達のものらしい。
『あーもぅ、×××うざいんですけど! ちょっと優しくしたらイキナリ彼氏づらとかマジ何なの!?』
『しょうがないよ、だって蕾ちゃん可愛いんだからさ。にしても×××ホントにきもいよね』
『本当きっもいしムカつくし。ライのあとつけてくるんだよ!?』
レコーダーの停止ボタンを押した男は、首を傾けて少年を見る。少年はその黒い目を見開いていた。身体を縛る紐に抗っていた力も抜けて、うなだれる。何しろ、×××とは少年の名前だったのだから。
「嘘だろ? だって、蕾は……!」
呟かれるようにして漏れ出た彼の叫びに、男は紫紺の瞳を艶やかに輝かせた。
「残念だったなぁ。あいつは、そういう女だ、諦めろ」
男の妖しい雰囲気が部屋に滲み出していく。
「ほら、やる気になったか?」
雰囲気に飲まれた少年は、小さく、それでも確かに頷いた。
* * *
くすり、と少女は嗤っていた。
「本当にこいつ、馬鹿なんだぁ」
少女の名は蕾。そう、先ほどのテレビに映っていた彼女だ。整った少女の顔は愉悦感に満ちあふれ、小悪魔のような美しさを醸しだしていた。
「これでお前は満足なのか?」
溜息をつきつつ訊ねるのは、少年を脅していた男だ。少年を追い詰めていた時の雰囲気とは打って変わっている。
「当たり前じゃない? こんな楽しいことはないっての。あんたも楽しんでるんだし良いでしょ」
冷たく吐き捨てる彼女は、明るい色の髪をいじる。
蕾は木箱に腰かけ、足を組んでいた。暗い部屋の中で、彼女の髪と瞳はよく目立つ。髪と同じくらい派手な瞳で男を見つめた後、つまらなそうに目を伏せた。
男は部屋の闇に溶け込んでいるかのよう。気怠げに立ち、少女を見下ろすように眺めている。
「まぁそうなんだけどな。にしてもお前、本当酷ぇ女だよなぁ」
「ライにとっては褒め言葉だってぇ。ライは楽しければ何でも良いの。それにあいつマジ嫌だったしー?」
「……俺は金さえくれりゃ何でもいいけどな。ほら、はやくよこせ」
手を雑に突き出した男に、少女は厚みのある茶封筒を投げた。
「あんたもあんただよ? ライばっかり責めないの」
少女は足をぷらぷらと揺らす。
「あー、早く殺しに来てくれないかなぁ。ヘタレて来なかったりしたらどーしよ。ライ怒っちゃうんだけど?」
少女の手には、血に塗れた包丁があった。




