ゼアス学園へ
私がリィーエルになって14日目。
とうとう、この日がやってきた。学園生活の始まり。
この世界について思い出したあと、私は「能力を抑える練習」を始めていた。
なんでも想像すれば実現してしまうこの力。ちゃんとコントロールできなければ、とんでもないことになってしまう。
だから練習をしてきたけれど——結果は惨敗。やっぱり、独学じゃ限界があるのかな。
「リィーエル、寂しくなったり辛くなったら、手紙を出しなさいね」
「はい、母様。楽しい話も一緒に送ります」
「ふふ、そうね。楽しみにしているわ。……あなた、道中は気をつけて」
「ああ」
学園までは、父様が送ってくれることになった。母様とは、しばらく会えない。
この寂しさは、私よりもきっと——リィーエル自身のものだ。
「リィーエル! ケガには気をつけろよ!」
「はい。兄様も、お勉強がんばってください」
「おう!」
「メア、今度帰ったら、メアの得意なミルクティーをいただきたいな」
「かしこまりました、お嬢様。ミルクティーと一緒に、クッキーもご用意いたしますね」
ああ、それはとても楽しみだ。
メアが作るクッキーは、甘くて優しくて、ほっぺがとろけそうになる。初めて食べたときのあの味、忘れられない。
「そうだわ、リィーエル。これを学園に持って行きなさい。開けるのは、着いてからね」
「ありがとうございます、母様」
何が入ってるんだろう? 甘い匂いはしないから、食べ物ではなさそう。
中身を当てようと考えていると、「着いてからのお楽しみですよ」と、母様が笑った。
♢✦♢✦♢✦♢✦♢✦♢✦
学園に到着し、父様と別れて理事室の前に立った。
ここまで来る間、警備員さん以外には誰一人とも会わなかった。授業中なのかな?
コンコンコンコン
「入りたまえ」
「失礼します」
中に入ると、まず目に飛び込んできたのは、山のような包装紙の山。ところどころにリボンも見える。恐らくプレゼントだ。
……って、理事長が見えないんだけど。
「えっと……」
「ああ、すまない。そこに椅子を用意したから、座ってくれ」
そう言った瞬間、目の前に“ヒョコヒョコ”と動く椅子が現れた。
椅子が勝手に動いた……これぞ魔法って感じじゃない!? どうやって動かしてるんだろう。
「よし、待たせたな。……まだ座ってなかったのか?」
「し、失礼しました! お初にお目にかかります。ゼアス理事長、リィーエル・サルバドールと申します!」
「ほう……これはまた、しっかりした幼子だな。クラスは……ふむ、特級クラスか」
特級クラス? なにそれ?
「直に分かるさ。そうだな、私はこの学園の理事を務めている、七代目のゼアスだ。私が理事をしているうちに、卒業できるよう頑張りたまえ」
「……はい!」
「説明はフェルに任せよう。フェル」
「失礼します。……メリフェル・G・スカディと申します」
「リィーエル・サルバドールです。よろしくお願いします」
……すごく綺麗な人だ。まさに“貴族”って感じで、キラキラしたオーラが出てる。眩しい。
「フェル、彼女に案内と説明を。ひと通り終えたら、今日は部屋で休ませてやってくれ」
「かしこまりました。失礼します」
「ありがとうございます。失礼いたします」
パタンと扉が閉まり、ふぅ、と息を吐いた。
短い時間だったのに、すごく長く感じた。
理事長というだけあって、威圧感がすごい。
出るときに“ピリッ”とした空気を感じたけど、あれは多分、ステータス鑑定。
「バレないで」と念じたけど……大丈夫だよね?
♢✦♢✦♢✦♢✦♢✦♢✦
「明日は、朝の8時前にコラン先生の部屋へ来るように」
「わかりました。メリフェル様、ありがとうございます」
メリフェル様に案内されて学園を歩き回り、ひと通りの説明を受けて、ようやく部屋へと戻ってきた。
理事長が言っていた「特級クラス」というのは、どうやら“問題児クラス”のことらしい。
上手くやっていけるか、正直ちょっと不安……。
しかも、特級クラスだけは建物が別で、教室の上に寮がある。食堂と運動場だけは他クラスと共通らしいけど、もしクラスの人たちと仲良くなれなかったら……。
だめだ、悪い想像はしないようにしよう。
そういえば、母様からもらった紙袋。
「着いてから開けなさい」って言われてたし、もう開けていいよね?
「……あ」
開けた瞬間、声が漏れた。
中に入っていたのは、母様の手作りコースターだった。
私の好きな“ユノの花”が描かれている、世界にひとつだけのコースター。
母様は、家族全員にそれぞれの好みに合わせたコースターを作ってくれていた。
もともとリィーエル用に作られていたコースターもあったけれど、それには別の花が描かれていたから持っていかなかった。
娘が急に好きな花を変えるなんて、不自然すぎるから——でも、母様はちゃんと気づいていたんだ。
さすが、母様。
「ありがとう、母様」
大切にしよう。
これは、“私”のコースターだ。






