副隊長と私
夢を見た。誰かと話している夢だった。誰かはわからない。でも、その人と話している“私”は、とても楽しくて、幸せだった。
「……ん」
「起きたか。具合はどうだ?」
「……フィー? よかった、フィー……無事だったんだね。はじめから……なんて、お母さんの嘘だったんだね」
「なぜ私の愛称を……いや、それより大丈夫か? やはり頭を強く打ったか?」
「なぁに、フィー……やけ……に……」
そこまで言って固まった。……なにしてるんだ、私。私は! リィーエル・サルバドール! 見た目は子ども、中身は大人! 名探偵リィーエル! ……って、言ってる場合じゃない! これは後で困るやつだ、忘れてもらわないと!
「あの、『忘れてください』」
「……すまない、少しぼうっとしていた。大丈夫か? 頭は?」
「はい! 大丈夫です!」
能力想像。それは「そうなればいい」と強く思えば発動するチカラ。想像さえできれば、どんなことでも叶えられる。思えば思うほど、効果は強くなる。……ほんと、チートだよね。
「えっと、あの……あ! わたし、リィーエル・サルバドールと申します!」
「……ふ。失礼した。レディに先に名乗らせるとは。私は王都騎士団副隊長、フィーゼ・L・クラウスラだ」
「れ、れでぃ……」
五歳児に“レディ”なんて……さすがイケメン。ちょっと微笑んだその表情で、胸に矢が刺さった気分。
「サルバドールといえば、騎士団でもお世話になっているサルバドール殿のご息女か?」
「はい」
夢の中で見た人と似ていたから、夢の続きだと勘違いしてしまった。それで、あんな醜態を……。でも、ちゃんと能力が発動していたってことだよね。
「なら話は早い。さっき近くでサルバドール殿を見かけた。……イヌ」
「はいよ」
「あっ……」
「やあ、おチビちゃん。“変態さん”だよ」
「そ、その節は……まことに申し訳ございませんでした……!」
今度は床から“にょきっ”と現れたイヌさん。顔が笑ってない! 思わず土下座して謝った。
「イヌに土下座はいらないよ。だが、サルバドール殿は丁寧な対応で有名だ。そのご息女もそうだとは。素晴らしい家庭だな」
「ニシシ。若旦那は、あのハゲにしか頭下げねぇもんな」
「その方を“ハゲ”と呼ぶな。俺の部下なら、もう少し礼儀を——」
「ハイハイ、わかってますって。我が主様。でも、それより何か用があったんじゃ? それとも……我が主様、幼女趣味が——」
「サルバドール殿に声をかけろ。任務中にご息女を保護したと。遅れるなよ?」
ここからではフィーゼ様の表情は見えなかったけど、イヌさんの言葉を遮ったあの声……相当怖かった。
イヌさん、何も言わずに消えちゃったし。あれ、絶対逃げた。
「……? フィーゼ様、お手が……怪我されてます」
「“様”付けはやめてくれ。私は貴族の前に、ただの騎士だ」
「……わかりました。じゃあ、フィーゼ副隊長。よければその怪我、治させてください」
「舐めてれば治るさ」
私に話すときは“私”、イヌさんと話すときは“俺”なんだ……ズルいな。
いやいや、なにを考えてるの私は! 初対面の人に、そんな気持ち……。
でも、この人がどこか遠くにいるように感じて、少しだけ寂しくなった。
「ヒール……小さな怪我からでも、変な病気になることがあります。だから、小さな傷でもちゃんと治してください」
「……驚いたな。マナ持ちか」
「はい。風の月から学園に入学します」
この世界の暦では、火の月が100日まで。今日は火の月の86日目だから、入学まであと14日しかない。
「寂しくはないのか?」
「……寂しいです。でも、強くなりたい。強くなって、騎士団に入るのが……私の未来です」
「夢、ではなく未来か……ふ。待っている」
「はい!」
早く卒業して、あなたの隣に立ちたい。
この気持ちは、なんだろう。どうして、あなたを見ると胸が苦しくなるんだろう。どうして、あなたが懐かしく感じるんだろう。
笑顔で返事をしながら、私の心は少しだけ、痛んでいた。
コンコンッ
「はい」
「……フィーゼ副隊長。我が娘がご迷惑をおかけしました」
「サルバドール殿、頭をお上げください。こちらこそ、任務中に巻き込んでしまい申し訳ありません。軽傷とはいえ、お嬢様に怪我をさせてしまったのですから」
「フィーゼ副隊長も、父様も……ごめんなさい!」
二人が謝り合っているのを見て、私も慌てて頭を下げた。もともと、ひとりで勝手に父様のところへ行こうとしたのが原因だ。
「リィーエル、帰ったら母様にお説教だ。いいね?」
「はい、父様……」
「門までの護衛は、私がいたします」
「副隊長自らとは……恐縮ですな。だが、その方が娘も嬉しかろう」
「とっ、父様っ……!」
さすが父様……私がフィーゼ副隊長と離れたくないの、見抜いてる。言わなくていいことをサラッと言っちゃうんだから。
フィーゼ副隊長は少し驚いた顔をして、「承りました」と微笑んだ。
……くそ、イケメンめ。眩しすぎる……!
家に戻ると、母様にこってりと説教され、1時間ほど正座の刑に処された。
——子どものうちは、勝手にうろちょろしちゃダメ。心に刻もう。
「学園に通うの?! すっげー!」
「こら、クテル。食事中よ」
「必要なものは準備していただけるそうです。ただ、個人的なものは自分で用意する必要があるのですが……」
私が目覚めて、まだ2日目。大事にしているものは特にない。だから、リィーエルとしての“想い出の品”を持っていきたいんだけど……何が一番大事だったのか、思い出せない。
それに——
リィーエルの“意志”が、どこかあやふやだ。家族を大切に想っていたことはわかる。でも、私が来る前の記憶がぼんやりとしていて、まるで空白みたいだ。
五歳だから? そうかもしれない。でも、なんとなく、それだけじゃない気がする。
「まだ決めかねているので、ギリギリまで考えてみます」
「そうね、それがいいわ」
リィーエルのこと、そして“私”のこと。
今、考えても仕方がない。
とにかく、学園に入学するまでに、この世界のことをもっと知らなきゃ。
サルバドール家は王都から馬車で20分程の距離にある街に住んでいます。
この大陸といえばサルバドール商会!
と言われるぐらいにかなり有名で、王都には2号店と3号店があります。