プロローグ
「神礼祭の優勝者は、王都騎士団魔学所属・リィーエル・サルバドール!よって、願望者の所有権は彼女に授けられる!」
「代弁者様、ありがとうございます。
……風神・エアリィシャフト。地神・ブレイルガルム。水神・ウォーレンスーフィ。火神・フレイアチャルガ。四柱の神を生み、命の大神・アルテマリーヴェ、サルテマリーヴェ。
どうかこの祈りと声を、あなた方に届けたまえ。」
騎士団に所属してから、何度も繰り返し覚えた神への祈り。噛まずに言えるようになったのは、いつ頃だっただろうか。
「良き勇姿であった。我が子たちよ」
「大儀であったぞ。我が子たちよ」
石像へ祈りを捧げると、天空から大神アルテマリーヴェ様とサルテマリーヴェ様が降臨なさった。生身で拝見するのは初めてだけれど、あまりの美しさに息を呑む。
「我は、王都騎士団魔学所属・リィーエル・サルバドールと申します。願望者として、願いを祈る許しを賜りたく存じます」
「……良いでしょう。我らに願いを乞う罪、赦しましょう」
「そなたの願いを、我らに聞かせよ」
「ありがたきお言葉です。……私の願いは——」
一度、言葉を止めて深呼吸をする。大丈夫。この人たちなら、きっと受け入れてくれる。
「……私を、“みんなと同じ人”にしてください」
ざわめきが広がる。きっと、あなたも驚いた表情をしているだろう。これは、ずっと言えずにいた私の秘密。
“私”が目を覚ましたのは、今から15年前のことだった。
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私は、まるでスイッチが入るように目を覚ました。これほどまでにすっきりとした気分は初めてだった。側にいたメイドのメアは、突然黙り込んだ私を心配して慌てている。
代々続く商人、サルバドール家の長女——リィーエル・サルバドール。情熱的な紅い瞳と、白銀の髪。それは家系に存在しない色だった。
けれど、母は浮気などしていないし、私は養子でもない。れっきとした両親の実子。……ただし、“中身”だけは違う。
私はいわゆる「転生者」なのだ。だが、前世の記憶は曖昧で、思い出そうとすると霧がかかったようになる。だけど、確信はある。この体の中に“別の私”がいることを。
リィーエル・サルバドールなんて横文字じゃなかった気がする。年齢も、今の5歳ではなく、成人していたはずだ。それなのに、私は確信している。
……おそらく、「大神の子」という称号が関係しているのだろう。
「メア、私……実はマナが使えるの」
「そうなんですか?……え!? マナを、ですか!?」
とにかく隠そう。『大神の子』なんて称号が知られたら面倒だ。だから、ただのマナ使いとして扱ってもらおう。能力の想像くらいはできる。魔法使いに憧れていたし、将来は騎士団魔学所属になりたいと思っていた。商人は兄が継げばいい。
「落ち着いて、メア。今夜、父様と母様にお話しする」
「……冗談ではないのですね?」
「ええ。私が冗談を言うときは、メアとカロルの関係をネタにするときだよ」
転生だとか前世だとか、普通なら熱を出したり泣き叫んだりするかもしれない。でも私は冷静だった。記憶は曖昧だけど、確信はある。……それに、目の前で慌てているメアの姿を見ると、なぜか落ち着く。
実際、前世(仮)の私の精神が強いからか、ファンタジーの世界に来られて正直テンションが上がっている。今すぐマナを使ってみたいくらい。魔法使いって響き、かっこいいよね。箒に乗ってバーンって。
……まあ、この世界では魔法じゃなくてマナだし、箒にも乗らないけど。
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「父様、母様。大事なお話があります」
「あら、どうしたの?」
「私は……マナが使えます」
にこやかだった母様の表情が固まり、父様は目を見開き、兄様は首を傾げた。
この世界はヒト族、カルフ族、グレム族、オーム族の四種族で構成されている。中でもカルフ族はマナの適性が高く、ヒト族はほとんど持たない。マナ持ちのヒト族は1000人に1人の希少種だ。
そんなヒト族の娘がマナを持っているというのだから、両親が驚かないわけがない。
「冗談ではないのか?」
「はい」
「……そうか」
父様の厳しい顔が、さらに険しくなる。商人として名の知れた父は、今では店頭に立つことは少ないが、人を見る目は衰えていない。私が嘘をついていないと気づいて、考え込んでいるのだろう。
「父様、母様。私は家族を守る騎士になりたい。だから明日、王都へ連れて行ってください」
「……マナ持ちと認定された場合、そう簡単には帰ってこれなくなるのですよ?」
「はい。それでも私は、強くてかっこいい騎士になりたいんです」
それは、私が“目覚める”前からリィーエルとして抱いていた夢。魔法使いに憧れる前世の私の思いと、リィーエルの夢が重なっている。
「明日、俺も王都に行く予定がある。一緒に行こう」
「父様……! ありがとうございます!」
マナを持っているかの判定は、王都の神殿で行われる。詳しい方法は分からないが、マナを“具現化”するのだと聞いた。
突然の告白に驚きながらも、両親は最後に「さすが私たちの子ね」と言って笑ってくれた。私の見た目が人と違っていても、家族だけはいつも味方でいてくれる。そのことが、何よりも嬉しかった。
初投稿になります。
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